映画「オリエント急行殺人事件」(2017年)の観賞備忘録(感想とあらすじと情報を添えて)

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アガサ・クリスティとエルキュール・ポアロ

原作はアガサ・クリスティによって1934年に発表された「Murder on the Orient Express」です。

日本語での初訳の題名は「十二の刺傷」でした。その後、題名は「オリエント急行の殺人」または「オリエント急行殺人事件」に改められて出版されています。

アガサ・クリスティの長編として14作目、エルキュール・ポアロシリーズとして8作目になります。

ポアロの初登場はクリスティの処女作「スタイルズ荘の怪事件」(1920年)でした。長編は33編、短編で50編以上に登場し、最後の登場は「カーテン」(1975年)となります。

クリスティ作品の中で代表的な探偵ですが、クリスティ自身はポアロが好きではなかったようです。

原作の評価

1971年:日本全国のクリスティ・ファン(80余名)の投票で5位
1982年:日本クリスティ・ファンクラブ員の投票で3位
1985年:「週刊文春」の東西ミステリーベスト100で34位
1995年:アメリカ探偵作家クラブの「史上最高のミステリー小説100冊」で41位
2012年:「週刊文春」の東西ミステリーベスト100で11位

モチーフとなった事件、出来事

リンドバーグ愛児誘拐事件に着想を得たとされます。リンドバーグ愛児誘拐事件は1932年にアメリカ合衆国で起こった誘拐殺人事件です。

初の大西洋単独無着陸飛行に成功した飛行士チャールズ・リンドバーグの長男チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ・ジュニア(1歳8ヶ月)が、ニュージャージー州自宅から誘拐され、10週間に及ぶ探索と誘拐犯人との身代金交渉の末、死亡して発見されました。

犯人は1934年9月に逮捕されますが、作品は1934年の1月に発表されました。なお、犯人については冤罪説があるようです。

オリエント急行が立ち往生する場面は、クリスティが実際にオリエント急行で体験した出来事がモチーフとなっています。クリスティは1931年イスタンブールから乗り込み、悪天候のためる立ち往生を経験したのです。

オリエント急行

オリエント急行は、国際寝台車会社(日本での通称「ワゴン・リ」社)により1883年に運行が開始されたのが始まりで、同社により2009年まで運行されていました。

他社でも、ヨーロッパとバルカン半島を結ぶ列車を運行しており「オリエント急行」を名乗りました。

ヨーロッパ側の発着地はフランスのパリやカレー、ベルギーのオーステンデなど。バルカン半島側の発着地はトルコのイスタンブール、ギリシアのアテネ、ルーマニアのコンスタンツァ、ブカレストなどです。

第二次世界大戦前までは、王侯貴族や外交官、裕福な商人や旅行者などに愛用されました。最盛期は1920年代から1930年代ですので、まさに映画の時代の時期と一致します。

現在でも、この最盛期のオリエント急行を模した豪華列車の旅が運行されています。

新しいポアロ像

本作では、ケネス・ブラナーが監督と主人公のエルキュール・ポアロを演じていますが、ポアロ役と言えば、デヴィッド・スーシェがあまりにも有名です。

1989年から2013年にかけて、イギリスのロンドン・ウィークエンド・テレビ(London Weekend Television)が主で制作したテレビドラマ「名探偵ポアロ」(Agatha Christie’s Poirot)は、エルキュール・ポアロのイメージそのものでした。

ケネス・ブラナーのエルキュール・ポアロは、デヴィッド・スーシェのポアロと異なり、アクティブでより研ぎ澄まされた印象を与えます。これはこれでとても良いポアロです。

映像の雰囲気も音楽の感じも完全に別物になっており、新しいポアロ・シリーズの誕生を予感させます。

法と正義をめぐる問題

「オリエント急行殺人事件」はこれまでも、映画やテレビでたびたび映像化されてきました。

中東で仕事を終えたポアロが、イスタンブールからオリエント急行に乗り、積雪により立ち往生する列車内でアメリカの富豪ラチェット殺人事件に巻き込まれます。ラチェットは刃物で全身12カ所を刺されるという殺され方をされています。

ポアロが最後に2つの説をとなえます。外部の犯行説なのか、犯人への復讐説なのか…。

ポアロは私立探偵ですので、最後は解き明かした結果を伝えて警察へ、そして法の裁きの場へ送ることになります。

警察へ何を伝えるか…。信条に従って真実を伝えるのか、人としての情に従うのか…。

法を守ることを重んじ、法の裁きを受けさせることがポアロの信条です。

ある意味、四角四面なのですが、人の気持ちがわからないわけではありません。そのため、悩むのです。

終盤の法と正義の間で揺れ動くシーンは、映像と音楽も相まって、とても良かったです。

始まり方

デヴィッド・スーシェ版の「オリエント急行の殺人」との対比もとても興味深いと思います。

スーシェ版では、別件の事件で追い詰められた犯人がポアロの眼前で自殺します。

事件は解決しますが、兵士の1人が真相を究明したポアロに上官からの感謝を伝えつつも、一度の過ちで支払った代償は大きく、今回の事件は善人が犯した判断ミスだったが、追い詰められて逃げ場を失ったあげく自殺したと非難します。

そして、イスタンブールでは、街頭で姦婦への石打ち刑(名誉の殺人)が行われているのをポアロは地元の正義が行われたまでと評しました。

この時のポアロは、法に重きを置いています。そして、クライマックスでポアロは寒さと闇の中で法と正義との板ばさみとなり神にすがります。

ケネス・ブラナー版では、エルサレムから始まります。ポアロが依頼されたのは、聖墳墓協会の壁から秘宝を盗んだ犯人を捜すことでした。

エルサレムという場所が示唆に富んでいます。最初に容疑者として挙がるのが3名。「ラビ(ユダヤ教の指導者)」「司祭」「イマーム(指導者)」です。3宗教の指導者です。

ですが、ポアロが暴いた犯人は警部でした。宗教指導者という神の世界ではなく、俗世の法の番人であるはずの警察が犯罪を犯すというものです。

犯罪は常に俗世に生きる人の心の問題であり、神の裁きの問題ではないということが示唆されているように思います。

それがゆえ、ケネス・ブラナー版では、ポアロは神にすがることはなく、俗世である人の心にすべてをゆだねます。

時代背景

時代設定は1930年代です。本作で最初に登場するエルサレムはまだイスラエルの首都ではありません。イスラエルが独立するのが1948年ですので、独立前の時代となります。

世界的には、深刻な経済恐慌の時代でした。1929年9月4日頃から始まったアメリカの株価の大暴落(ブラックチューズデー)から始まり、ほとんどの国は1929年から1930年代後半まで経済恐慌が続きます。映画はまさにそうした時代でした。

一方で、第二次世界大戦(1939年から1945年)へつながる事件が次々に起きていきます。

日本では、1931年に満州事変(柳条湖事件)が起きます。1933年には、国際連盟が日本軍の満洲撤退勧告案を可決したことを受け、国際連盟などから脱退します。

同じ年、ドイツではナチスが独裁政権となり、ヴェルサイユ条約を破棄しドイツの再軍備を宣言し、国際連盟などから脱退します。

映画情報(題名・監督・俳優など)

監督 / ケネス・ブラナー
製作 / リドリー・スコット、マーク・ゴードン、サイモン・キンバーグ、ケネス・ブラナー、ジュディ・ホフランド、マイケル・シェイファー
原作 / アガサ・クリスティー
脚本 / マイケル・グリーン
撮影 / ハリス・ザンバーラウコス
視覚効果監修 / ジョージ・マーフィ
プロダクションデザイン / ジム・クレイ
衣装デザイン / アレクサンドラ・バーン
編集 / ミック・オーズリー
音楽 / パトリック・ドイル

出演
ケネス・ブラナー / エルキュール・ポアロ
ペネロペ・クルス / ピラール・エストラバドス
ウィレム・デフォー / ゲアハルト・ハードマン
ジュディ・デンチ / ドラゴミロフ公爵夫人
ジョニー・デップ / ラチェット
ジョシュ・ギャッド / ヘクター・マックイーン
デレク・ジャコビ / エドワード・マスターマン
レスリー・オドム・Jr / ドクター・アーバスノット
マーワン・ケンザリ / ピエール・ミシェル
オリヴィア・コールマン / ヒルデガルデ・シュミット
ルーシー・ボーイントン / エレナ・アンドレニ伯爵夫人
マヌエル・ガルシア=ルルフォ / マルケス
セルゲイ・ポルーニン / ルドルフ・アンドレニ伯爵
トム・ベイトマン / ブーク
ミシェル・ファイファー / ハバード夫人
デイジー・リドリー / メアリ・デブナム

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