映画「博士の愛した数式」(2005年)の観賞備忘録(感想とあらすじと情報を添えて)

文芸
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感想/コメント

第一回本屋大賞に輝き、50万部のベストセラーに輝いた、小川洋子原作の同名小説を映画化。80分しか記憶の続かない障害を抱えた数学博士と、その家で家政婦として働くシングルマザーの姿を描く。

数学は芸術だという風にいう人もいる。

映画の中でも語られているが、数学の証明には美しいものと、そうでないものがあるのだという。そうしたところから芸術だという風にいうのかもしれない。

私は数学の美しさを理解できる知性を持っていないので、こうした感性が分からない。

だが、数学もしくは数字に古代から人間が並々ならぬ関心を示し、その中に含まれる神秘性を見いだそうとしてきたことは知っている。
例えば占いなどにこうした数字の神秘性を応用したりしていることからも分かると思う。

神秘性と芸術性というのは、おそらくある部分で共通するものがあるのだろう。

絵や彫刻で黄金比率と呼ばれる比率が使われているのもそうした現れだと思う。この黄金比率は、人間が美しく思える比率らしい。だが、なぜ黄金比率だと美しく思えるのか?それ自体が神秘的なものだともいえる。

数学に美しさを見いだせる博士にとっては、個人の持つ固有の数字とは、神から与えられた神秘の数字と思えるのかもしれない。だから、個人の持つ固有の数字にその人の人格などを感じ取るのだろう。

ルートの母の靴のサイズを「24」と聞いて、「潔い数字だ」と微笑むシーンなどはそうしたものなのだろう。

映画の中で語られる数学は人と人を結びつけるための記号でしかない。ただそれだけなのだが、心が温まる。

さて、博士の義理の姉役の浅丘ルリ子。博士と深い関係にあり、博士が交通事故にあった時に自分も足を不自由にしてしまっている。

この義理の姉が家政婦の杏子にみせる嫉妬というのも、一つの見所かもしれない。というより、少し恐い。

恐いのは浅丘ルリ子がである。あまりにもはまっている。

最後の方で、嫉妬の炎を和らげる場面があるが、それでも恐かったのは私だけだろうか?

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あらすじ/ストーリー/ネタバレ

数学教師のルート先生は、新しく受け持ったクラスで、自分の名前の由来を語り始める。それは幼い頃、彼が大好きな博士が名づけてくれた仇名だった。

シングルマザーだったルートの母は、事故の後遺症で交通事故に遭って以来80分しか記憶が持たなくなってしまった数学博士の家で、家政婦として働き始めた。

杏子は最初に博士の義姉から説明を受け、博士が住む離れの問題を母屋に持ち込まないようクギを差される。
当の博士は記憶を補うために着ている背広にいくつものメモを貼り付けていた。

80分しか記憶が続かない上、数学のことだけを考えて生きてきた博士とのコミュニケーションは杏子にとって困難の連続。それでも少しずつ博士との接し方を学んでいく杏子。

同時に彼女は、博士の語る数や数式に秘められた神秘的な美しさに魅了されていく。

ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように約束させる。

そして博士は息子がやって来ると彼のことを(ルート)と呼んだ。ルートと博士はすぐに打ち解け合い、その日から、博士と母、ルートの3人の和やかな日々が始まるのだが…。

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映画情報(題名・監督・俳優など)

HakasenoAishitaSuushiki

博士の愛した数式
(2005)

監督:小泉堯史
原作:小川洋子「博士の愛した数式」(新潮社刊)
脚本:小泉堯史
音楽:加古隆

出演:
博士/寺尾聰
杏子/深津絵里
ルート/齋藤隆成
先生(ルート)/吉岡秀隆
未亡人/浅丘ルリ子

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