映画「花よりもなほ」(2006年)の観賞備忘録(感想とあらすじと情報を添えて)

時代劇映画や歴史映画(日本)
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感想/コメント

★★★★★★★☆☆☆
「花よりもなほ」をみた。

岡田准一主演による、剣の腕がからきしダメな侍の仇討ちを描いたコメディタッチの時代劇。

なんと言っても、この映画はラスト・シーンにすべてが凝縮されていると思う。

仇討ちは、父や兄といった尊属を殺害した者に私刑として復讐を許す独特の制度で、日本では中世期ごろから見られ、江戸時代まで続いた。

江戸時代においては、この仇討ちが果たせないと、帰藩かなわないということもあり、追う方は相当の覚悟を持って旅に出たものである。

また、追われる方も日々怯えながら世間から隠れるようにして過ごしていたようだ。

なにせ、追っ手が一人とは限らない。助太刀もあり得るのだ。だからいくら腕に自信があるとは言っても、追われる側は心休まるときがなかった。

だが、果たして、人を憎み続け、恨み続けての人生に意味があるのだろうか?

この映画はそうした感情のむなしさを仇討ちというものを借りて表現しているように思われる。

おさえ(宮沢りえ)の言葉「宗左さんは、心のクソを餅に変えたのです。」は、まさにこうしたところを言い表しているのだろう。(この台詞のモトは孫三郎(木村祐一)の発言から来ているので、どうしたいきさつでそういう発言がでたのかは、映画で確認いただきたい)

また、そで吉(加瀬亮)とおりょう(夏川結衣)の悲哀、因縁も上手くこれを色づけて、さらに、赤穂浪士の討ち入りを描くことによって、上手く対比させている。

こうして、様々な人間の憎しみ、恨みを、主人公の青木宗左衛門(岡田准一)の客観的な視点で捉えることによって、印象的なラストが生きているように思う。

また、度々出てくる「桜は来年も咲くことが分かっているからこそ綺麗に散る」という言葉も印象深い。

主役の青木宗左衛門役の岡田准一もよかったし、脇を固める俳優も個性的であり、よかった。

あらすじ/ストーリー/ネタバレ

江戸時代、元禄15年。生類憐みの令が出ていた五代将軍・綱吉の時代のこと。

貧乏長屋にいつもと変わらぬ冬の朝が訪れた。青木宗左衛門は、敵持ちで、父を斬った金沢十兵衛を追って、信州松本から上府していた。

だが、なかなか金沢を見つけられず、里からの仕送りも途絶えがちになっている。そこで、寺子屋を開き、手習い算術を教えながら暮らすことになる。

そんな青木宗左衛門にも楽しみがあった。それは向かいに住むおさえさんの姿を見ることである。

ある日、青木宗左衛門の剣がからっきしだめであることがばれてしまう。これでは、仇討ちなど無理だと長屋の連中もあきれる。

更に、長屋恒例の仇討ち芝居に仇役として配役されるも、本物の武士が助太刀に入ってしまい、一目散に逃げ出してしまう始末である。

裏長屋には素性の知れない人が流れこむ。

この長屋にも主君・浅野内匠頭の仇を討とうとする赤穂浪士が潜んでいた。

青木宗左衛門はだいぶ前に金沢を見つけていた。金沢は刀を捨てて人足になり、妻子と静かに暮らしていた。やがて、仇討ちとは一体何なのかと思い始める。

そして、おさえが呟いた一言に胸を締め付けられる。「お父上の人生が宗左さんに残したものが憎しみだけだとしたら、寂しすぎます・・・」

実は、おさえもまた亡き夫の仇を持つ身であった。

そして再び冬…

映画情報(題名・監督・俳優など)

Hanayorimonaho

花よりもなほ
(2006年)

監督:是枝裕和
原案:是枝裕和
脚本:是枝裕和
編集:是枝裕和
音楽:タブラトゥーラ

出演:
青木宗左衛門/岡田准一
おさえ/宮沢りえ
貞四郎/古田新太
金沢十兵衛/浅野忠信
平野次郎左衛門/香川照之
伊勢勘/國村隼
小野寺十内/原田芳雄
重八/中村嘉葎雄
おのぶ/田畑智子
おりょう/夏川結衣
青木庄三郎/石橋蓮司
乙吉/上島竜兵
孫三郎/木村祐一
留吉/千原靖史
そで吉/加瀬亮
善蔵/平泉成
お勝/絵沢萠子
寺坂吉右衛門/寺島進

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