映画「獄(ひとや)に咲く花」(2009年)の観賞備忘録(感想とあらすじと情報を添えて)

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感想/コメント

秀逸なのが、家族、弟子たちとの別れの晩の場面です。

「人には、それぞれふさわしい四季、春夏秋冬というものがある。今まさに四季が備わり、花を咲かせ、実をつけるその時が来たのだと思っている。」

席を同じくする家族、弟子たちの誰ひとりとして師・吉田松陰が生きて戻ってくることはないことを知っていました。いや、本人もそれを知っています。

知っていながら、希望に満ちた顔で送られていく吉田松陰。

国を憂え、人を愛し、教え、ただ、そのことのためだけに生きた、まさに滅私奉公の人生を送った男です。

江戸時代の末期、安政の大獄で、この「幕末最高の教育者」は、三十歳の若い命を絶ちました。

安政の大獄で死んだのは、吉田松陰の他に、橋本左内、頼三樹三郎、梅田雲濱などで、当時の幕末初期における思想的な指導者ばかりです。

逆に、三十歳の若い松陰を処刑しなければならないほど、その影響力は大きかったともいえます。

この吉田松陰がその教育者としての資質を発揮したのが、この映画の舞台ともなっている野山獄でした。獄囚たちから先生と呼ばれるまでになってしまうのです。

吉田松陰は、頭でっかちの学者ではありません。その生涯において、途方もない距離の旅をしています。

松陰は学者にはなるな、学んだことを実践せよと教えます。それは己に課したことでもありました。

そして、「大切なのは、今あなたが何をしているか、これから何をするかが大事なのであって、過去にあるものではありませんよ。」ともいいます。

この熱い吉田松陰を前田倫良は好演しています。

そして、その松陰に心を開いてゆき、荒んでいた心を少しずつ和らげていく高須久役の近衛はなもよかったです。

高須久の顔つきも、最初と最後では全然異なるのだから、まさに好演です。

あらすじ/ストーリー/ネタバレ

野山獄。

長州藩の士分のための為の牢獄。

収監された者には刑期がなく、ひとたびここに入ると、生きて出られた者は多くなかった。

安政元年。黒船が来航し、時代が大きく変わろうとしていた。

長州は萩にある「野山獄」に一人の男が送られてきた。唯一の女囚である高須久は、新しく送られてきた男と出会った。

「私は昨晩よりこの野山屋敷預かりとなりました吉田寅次郎と申す浪人者で」と名乗った男は、黒船でのアメリカ密航を計画に失敗して送られてきたのだった。

野山獄にやってきたその日から、寅次郎は獄囚たちと関わろうとした。

それを疎んじていた獄囚たちは、やがて常に前向きな寅次郎の姿に次第に影響を受けてゆく。

和歌の上手な吉村善作を先生に歌会を開き、富永弥兵衛から書道を教わるなど、分け隔てのない寅次郎の行動により、獄舎の雰囲気も明るくなっていった。

久はそうした寅次郎に惹かれていった。

久は寅次郎に投獄された理由を打ち明けた。彼女は淫蕩で収監されていた。夫を亡くした寂しさを紛らわせようと、屋敷で旅芸人に音楽を演奏させたことを身内から咎められたのだった。罪名が真実を覆い隠し、彼女の言葉に耳を傾けるものはなかった。寅次郎は久にこういう。

「大切なのは、今あなたが何をしているか、これから何をするかが大事なのであって、過去にあるものではありませんよ。」

寅次郎をひどく悲しませたのは、共に囚われた仲間の獄死だった。志を高く持っていても、友を一人救うことすらできない…。

安政二年。自宅蟄居の身となって出獄した寅次郎は私塾「松下村塾」を開き、久坂玄瑞、高杉晋作などの人物を育てる。

その中で、久たちの出獄を周囲に働きかけた。

幕府の外交政策を批判し、老中暗殺を企てた容疑で寅次郎は再び野山獄へ送られる。

二度と会えなくなる予感に、寅次郎を想って歌を詠む久。

そして安政六年。寅次郎は江戸に送られた、世に言う「安政の大獄」だった。

映画情報(題名・監督・俳優など)

獄(ひとや)に咲く花
(2009年)

監督: 石原興
製作総指揮: 前田登
原作: 古川薫「野山獄相聞抄」
脚本: 松下隆一、水野青洞
音楽: 加羽沢美濃

出演:
高須久 / 近衛はな
吉田寅次郎(吉田松陰) / 前田倫良
福川犀之助 / 目黒祐樹
瀧 / 赤座美代子
富永弥兵衛 / 池内万作
弘中勝之進 / 勝村政信
源七 / 仁科貴
河野数馬 / 本田博太郎
吉村善作 / 神山繁

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