大円寺の参拝録(東京都目黒区)元祖山手七福神の大黒天

大円寺の本堂史跡・遺跡
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江戸三大大火の火元

目黒不動の恵比寿様の次に現れたのが弁天様の蟠龍寺に続いて大黒様の大円寺(だいえんじ)。

このお寺が最後で、次が散歩終点の目黒駅。

下目黒にある天台宗の寺院で山号は松林山。本尊は釈迦如来。

大黒天を祀り、山の手七福神のひとつ。

七福神を巡る|元祖山手七福神
元祖山手七福神だいたい約2時間30分のコース。途中休み休みでゆっくりめぐるのがおすすめ。東急目黒線不動前駅 ⇔ 東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線白金高輪駅不動前駅(10分) ↓瀧泉寺(目黒不動)(恵比寿神)(20分) ↓蟠竜寺(岩屋弁財天

江戸時代の寛永年間(1624年 – 1644年)に湯殿山修験道の行者大海が創建したのに始まるとされる。

1772年(明和9年)2月に発生した大火(明和の大火・行人坂火事)の火元となった寺であることから、江戸幕府から再建の許可が得られなかった。

wikipediaによると

明和の大火(めいわのたいか)とは、明和9年2月29日(1772年4月1日)に江戸で発生した大火災である。
明暦の大火、文化の大火と共に江戸三大大火の一つといわれる。目黒行人坂(現在の目黒区下目黒一丁目付近)から出火したため、目黒行人坂大火とも呼ばれる。

火元
「明暦3年、明和9年、文化3年各出火記録控」によると、出火元は目黒の大円寺。放火犯は武州熊谷無宿の真秀という坊主。火付盗賊改長官である長谷川宣雄長谷川宣以の父親)の配下によって明和9年4月頃に捕縛された。6月22日(1772年7月22日)に市中引き回しの上、小塚原で火刑に処された。

被害
2月29日(4月1日)13時頃に目黒の大円寺から出火した炎は南西からの風にあおられ、麻布、京橋、日本橋を襲い、江戸城下の武家屋敷を焼き尽くし、神田、千住方面まで燃え広がった。一旦は小塚原付近で鎮火したものの、18時頃に本郷から再出火。駒込、根岸を焼いた。30日(2日)の昼頃には鎮火したかに見えたが、3月1日(3日)の10時頃馬喰町付近からまたもや再出火、東に燃え広がって日本橋地区は壊滅した。
類焼した町は934、大名屋敷は169、橋は170、寺は382を数えた。山王神社神田明神湯島天神、東本願寺 (台東区)、湯島聖堂も被災した。
死者は1万5000人、行方不明者は4000人を超えた。老中になったばかりの松平定信の屋敷も類焼した。

江戸時代後期の1848年(嘉永元年)になって薩摩藩主島津斉興の帰依を得て、その菩提寺としてようやく再建された。
明治に入り隣接した明王院がこの寺に統合されている。

東京都目黒区下目黒1丁目8−5

宗派:天台宗
本尊:釈迦如来

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