日光山輪王寺の参拝録(栃木県日光市)(世界遺産)[国の史跡]

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天空回廊に覆われる三仏堂

天台宗の門跡寺院。平成30年まで大規模修理。

明治の神仏分離令以後、東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称される。
それまでは総称して「日光山」と呼ばれていた。神仏分離については安丸良夫「神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈―」に詳しい。

比叡山「延暦寺」(滋賀県)に「延暦寺」という建物はありません。
山上山下のたくさんの寺院を統合して「比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)」というのです。
「日光山 輪王寺(にっこうざんりんのうじ)」も同じで、日光山全体を統合していました。
明治の神仏分離以降でも本堂・大猷院・慈眼堂・常行堂・中禅寺・護摩天堂・四本龍寺等のお堂や
本坊、さらに十五の支院を統合して出来ており、その全体を指して輪王寺と総称します。

開創は下野国出身の奈良時代の勝道上人によるとされているが、当時の歴史書にはそのような記録は見られないそうだ。

とはいえ、公式にはそうなっている。

日光山は天平神護二年(766年)に勝道上人(しょうどうしょうにん)により開山されました。
以来、平安時代には空海、円仁ら高僧の来山伝説が伝えられ、
鎌倉時代には源頼朝公の寄進などが行われ、関東の一大霊場として栄えました。
江戸時代になると家康公の東照宮や、三代将軍家光公の大猷院廟が建立され、
日光山の大本堂である三仏堂と共にその威容を今に伝えております。

慈覚大師円仁が開山、再興したと伝えられる寺は、関東に209寺、東北に331寺余あるとされる。有名なのが、瀧泉寺(目黒不動)、山形市の立石寺、松島の瑞巌寺、平泉中尊寺、浅草の浅草寺

山号 日光山
宗派 天台宗
本尊 阿弥陀如来、千手観音、馬頭観音
創建年 天平神護2年(766年)
開基 勝道
札所等 下野七福神(毘沙門天)

黒門

黒門は柱も瓦もすべて黒いので黒門という。

護摩堂

大護摩堂には、ご本尊「五大明王」(平安中期作)や「七福神」「十二天」などがお祀りされている。

護摩天堂

三仏堂が国家安泰などの大きな祈祷を行うのに対して、護法天堂は個人の願い事をかなえるための祈祷の場所。庶民のためのお堂。護摩堂ができる前はこちらで祈祷していた。建物は国の重要文化財。

常行堂

輪王寺常行堂

写真ギャラリー

相輪橖

経典が納められている塔。寛永20年(1643年)将軍家光公の発願によって天海大僧正が建造。
天台宗の宗祖最澄の事績に六所の宝塔があり、宝塔を相輪という。日本を法華経の威力によって守るのに東西南北中総の六ヵ所に建立して魔を除けるという鎮護国家の思想から建てられたもの。東は上野国、西は筑前国、南は豊前国、北は下野国、中は山城国、総は近江国の六ヵ所に建てられた。現存するのは三基。比叡山に一つ、栃木県都賀郡の大慈寺に一つ、日光山の輪王寺に一つである。

光妙院稲荷社

鎌倉中期当山二十四世弁覚 僧正が新たに光明院を建立し、日光山の本坊とした。その守護神として稲荷社を勧請光明院稲荷と称す。古くから日光山の五大稲荷として学業成就家業繁栄の祈願に特に信仰されている。

地図

日光の社寺

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