大山参道の訪問録(栃木県那須塩原市)紅葉の風景

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2014年。大山参道 紅葉の風景

今年はiPhone 6で撮影して、加工してみた。

この大山参道のある下永田地区は、明治の元勲大山巌が開いた大山農場の一部だったという。
この一帯には明治初期の日本を支えた人物たちにゆかりのある土地が数多く存在している。

2013年再び。大山参道 紅葉の風景

再び大山参道へ。
今年の紅葉の見納め。

大山巌の死は夏目漱石の死の翌日のことだったそうだ。
当時、新聞の多くは夏目漱石の死を悼んで多くの紙面を彼に割いた。逆に、明くる日の大山の訃報は他の元老の訃報とは比較にならないほど地味なものになったそうだ。
だが、かえってそれが大山と他の元老たちの違いを改めて印象づけることになったそうだ。

国葬では駐日ロシア大使が参列し、これとは別にロシア大使館付武官のヤホントフ少将が直に大山家を訪れたという。
「全ロシア陸軍を代表して」の弔詞だったそうだ。
敵国の軍人からの弔意を受けたのは、大山巌と東郷平八郎の二人だけだった。

2013年。大山参道 紅葉の風景

大山元帥墓所の参道に植えられたモミジの並木。

大山巌は薩摩(現在の鹿児島)出身だったが、栃木県の那須野原の地を愛した。
それもあってか、故郷ではなく、那須に葬られた。遺品は陸上自衛隊宇都宮駐屯地に多数収蔵され、資料館に展示されているという。

2012年。大山参道 紅葉の風景

大山元帥墓所の参道に植えられたモミジの並木。
一帯は、かつて大山巌(元帥、公爵)の農場だった。
大正5年に没するとこの地に墓所が設けられ、参道が整備された。

さて、大山巌(おおやま いわお)は天保13年10月10日(1842年11月12日)生まれで、大正5年(1916年)12月10日に亡くなった。
薩摩出身の武士で明治期に陸軍軍人、政治家として活躍した。
軍人としての階級は元帥陸軍大将。
栄典(位階勲等および爵位)は従一位大勲位功一級公爵。
大警視(第2代)、陸軍大臣(初・2・3・4・6・7代)、陸軍参謀総長(第4・6代)、文部大臣(臨時兼任)、内大臣(第5代)、元老、貴族院議員を歴任した。
西郷隆盛西郷従道兄弟は従兄弟にあたる。

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住所

〒329-2712 栃木県那須塩原市下永田

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