殺生石の訪問録(栃木県那須町)九尾の狐が閉じ込められているという伝説の地

那須の殺生石史跡・遺跡
この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

九尾の狐の伝説の地

九尾の狐の伝説は、那須野が原で討たれて終わるのだが、この「那須野が原」という言葉を鵜呑みにすると、イメージする殺生石のある場所とのギャップが大きくなる。

実際にあるのは、那須岳への中腹。つまりは、那須高原のど真ん中。観光エリアより上の方にある。

近づくにつれ、硫黄の匂いが立ち込めるので、近づいているのが分かる。那須温泉神社の側にある。

【式内社】那須温泉神社の参拝録(栃木県那須町)殺生石に隣接する古社

那須温泉神社の紹介と写真の掲載。狩野三郎行広が白鹿を追い続け現那須湯本にたどりつき、矢傷を受けた鹿が温泉の湧き口に浸かっているのを発見したのが始まりといわれている。

松尾芭蕉も訪れており「おくのほそ道」に書かれている。おくのほそ道の風景地として国の指定名勝となっている。

鳥羽上皇が寵愛した伝説の女性、玉藻前(白面金毛九尾の狐の化身)が正体をあらわし、数万の軍勢によって殺害され、石となったという逸話がある。

この地で討たれる前段が大田原市の玉藻稲荷神社にある。

それによると、三浦介義明が九尾の狐を追っている中で見失うが、今の玉藻稲荷神社内にある鏡ケ池のほとりであたりを見まわしたところ、桜の木の枝に蝉の姿に化けている九尾の狐が写ったとされる。

これでバレてしまった九尾の狐がこの地まで逃げてきたということである。

玉藻稲荷神社の参拝録(栃木県大田原市)九尾の狐の伝説

玉藻稲荷神社の紹介と写真の掲載。那須には九尾の狐にまつわる伝説がある。もっとも有名なのは、那須岳の殺生石。この神社はひっそりと、それと知られていない、隠れた「九尾の狐」伝説にまつわる神社。

討たれた後に、殺生石になるわけだが、石になっても毒を出して、人々や生き物の命を奪い、住民を悩ませることになる。

至徳2年(1385年)に殺生石を砕いたのが玄翁である。この時に殺生石は各地に飛び散ったとされる。

玄翁によって砕かれた殺生石が飛来したとされる地は3か所の「高田」とされ、美作国高田(岡山県真庭市勝山)、越後国高田(新潟県上越市)、安芸国高田(広島県安芸高田市)、豊後国高田(大分県豊後高田市)、会津高田(福島県会津美里町)のいずれかとされる。

また、異説もある。飛騨では牛蒡種という憑物になり、四国に飛来したものが犬神という犬霊の憑物になり、上野国(群馬県)に飛来したものがオサキという狐の憑物になったという。

岡山県真庭市勝山の玄翁の開山による化生寺境内には、殺生石の石塚がある。

玄翁が開山したとされる福島県白河市表郷中寺常在院境内には、殺生石の破片と言われる石が祀られている。

スポンサーリンク

殺生石の風景

遠方からの風景。

看板

殺生石と白面金毛九尾の狐伝説

殺生石の由来

地図

住所:栃木県那須郡那須町湯本

スポンサーリンク

周辺の観光、食事、ショッピング

那須岳の麓に広がる那須高原には見所が他にもあります。食事処や買い物も楽しめます。

登山や散策を楽しむ人も多いです

親子で楽しむなら

美術館もあります

  • 藤城清治美術館…影絵作家として有名な藤城清治氏の作品を約150点展示しています

ベーカリーなどパン関係が多いのも特徴かもしれません

雰囲気のいいカフェもオススメです

食事処など

買い物など

那珂川沿い

那須岳山麓を源としひたちなか市と東茨城郡大洗町の境界部で太平洋に注ぐ那珂川沿いは歴史街道でもある。

東山道と那珂川が並走していたとみられる一帯には重要な史跡・遺跡が点在している。

  1. 那須官衙遺跡(国指定史跡)
  2. 唐の御所(国指定史跡)
  3. 那須国造碑(国宝)
  4. 那須神田城跡

そして、那珂川を下っていくと、河口の南側と北側に格式の高い名神大社が鎮座している。北にあるのが酒列磯前神社で、南側にあるのが大洗磯前神社である。祭神は酒列磯前神社がスクナヒコナで、大洗磯前神社がオオクニヌシである。国造りの神である。

Do NOT follow this link or you will be banned from the site!
タイトルとURLをコピーしました