大河ドラマ「真田丸」の感想

歴史学雑記
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第1回 船出

見続けるかどうかはともかくとして、久しぶりに大河ドラマを見た。

1582年、真田幸村(真田源二郎信繁)15歳。

真田家が仕える武田家が織田家に滅ぼされようとしているときだった。父・真田昌幸、兄・真田源三郎信幸とともに乱世の荒波を真田丸で乗り出そうという年だった。

ドラマは岩櫃城(いわびつじょう)へ行くはずだった武田勝頼が、結局のところは行かず、小山田信茂の岩殿城へ向かうものの、裏切られてしまうあたりで終わる。

真田家にとって、この年は、主君の武田家が滅ぶだけでなく、織田信長が本能寺の変で急死することによって、信濃のパワーバランスが崩れて飛躍の年となる。

真田家の人々

真田幸村が後年の講談本などで人気を博し、近年ではゲームで人気を博しているが、真田家はしたたかな家系である。権謀術数に優れた家柄ともいえる。

ドラマでどこまで描くかだが、真田家は父・昌幸、信幸、信繁の兄弟だけでなく、昌幸の兄弟、一族の矢沢親子など、一族一丸となって乱世を生き抜くために模索し続けた。

真田家は武田家滅亡後は上杉家に近づく。幸村(信繁)が上杉家の人質となった時期もある。後年、豊臣家の人質にもなっている。

戦の経験という点では兄・信幸に圧倒的に軍配が上がるが、大坂冬の陣・夏の陣で知名度が逆転する。これらに加えて、真田十勇士などでさらに人気が出た。

だが、兄・信幸の方が、全てにおいて数段上だったのではないか。信幸は幸村(信繁)が輝いていた頃は、あえてその存在を小さく見せようとしていたように見える。

真田家は信幸が幕末まで存続させる基礎を築き家名を残した。名君だった。

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第2回 決断、第3回 策略、第4回 挑戦

武田家の滅亡を経て、織田家に臣従する決意を固めるものの、当の織田信長が本能寺の変で明智光秀に襲われ、これからどうする?という状況に追い込まれるのが、第2回~4回まで。

真田信繁(幸村)の義兄・小山田茂誠

第2回で主の小山田信茂(おやまだ のぶしげ)が武田勝頼を裏切ることになったため、同じく裏切らざるを得なくなった小山田茂誠(おやまだ しげまさ)。
真田信幸(のちに信之)と真田信繁(通称:幸村)の姉・松(まつ)の夫。
ドラマでは、小山田信茂が裏切り者として織田家に処分された後、妻・松に会いたくて、真田の庄に戻ってきて、真田兄弟の計らいによって、織田家の人質となる松の側使えとして一緒に安土へ行くことになっている。
将来的には、真田信幸の家臣となるのだが、いったんは北条氏政に身を寄せていたらしい。
さて、ドラマではどう描かれるか。

真田信繁(幸村)の叔父・真田信尹

真田信尹(さなだ のぶただ)。真田昌幸の実弟。のちに分家・旗本真田家の祖となる。
真田家の諜報役のようなところがあった。
本家とは少し距離を置いた活動をしていたようだが、本家の窮地には必ず何らかの手助けをしていた。
当初からそうした立ち位置の役回りだったのだろう。
同じようなのが、実は徳川家にもいる。本多正信の実弟・本多正重である。
本多正信と正重の関係と、真田昌幸と信尹の関係はよく似ている。

さて、今回の大河ドラマは、コメディではないのだが、どことなく諧謔的な場面が多く、ニヤニヤしてしまう。

第3回で真田昌幸と寺島進演じる出浦昌相(いでうら まさすけ)の芝居に見事に引っかかった真田信幸役の大泉洋が、がっつりと落ち込むシーンは、シリアスなはずなのだが、ニヤニヤしてしまった。
しれーっと、敵を欺くためには、まず味方を、と言い放つ真田昌幸演じる草刈正雄のタヌキぶりもいい。

タヌキ同士の対決も面白かった。
第4回で、徳川家康演じる内野聖陽との対決は見ものだった。

このノリでずっと行ってくれると・・・面白いぞ。

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第5回 窮地、第6回 迷走、第7回 奪回

織田信長の急死に伴って、右往左往する真田昌幸。真田家の非常事態である。
上杉につくのか、北条につくのか、それとも、滝川一益に使えるのか。
どういう選択をすれば、いいのか、迷いに迷う真田昌幸。
息子の信幸に大真面目に、「全く分からん!。源三郎、どうすればいいのかこの父に教えてくれぃ。源三郎、教えてくれぃ!」と迫るシーンは、滑稽というよりは悲劇である。
滑稽も、行き着くところに行くと、悲劇になる。

この非常事態において、冷静なのは、真田信幸。
父・昌幸をして、感性ではなく、理屈で動く男。

一方、感性で動くのが昌幸と信繁。
昌幸は、経験に裏付けられた感性があるが、信繁には経験がない。
そのため、この数回は失敗が続く。

安土に人質として送られた姉・松の救出に失敗。
滝川一益に人質として送られた祖母・とりの奪還に失敗。あろうことか、自らが捕らわれてしまう。
いいところがない回である。

真田家の家紋「六文銭」

真田家の家紋は「六文銭」である。
六文とは死後、三途の川を渡るときの船賃である。
この「六文銭」を家紋にしたのは、真田昌幸の父・真田幸隆だといわれている。
家紋を六文銭にすることで、死をいとわない決意で挑んでいることを示そうとしているものだといわれている。

真田幸隆は小県郡の海野氏の出身で、海野平合戦の際に所領を失ってしまう。
その後、武田信玄に仕えて活躍をしたことから、所領を回復して、真田家の礎を築くことになる。
所領を失った無念、そして、奪還にかける決意が「六文銭」につながっていったのではないだろうか。

さて、この「六文銭」は真田家特有のものではなく、真田氏を含む海野氏流支族の家紋や旗印に、六連銭の類似紋である「六連点」(ろくれんてん)が使われるケースがあったことから、六連銭は滋野氏を出自とする海野氏の代表家紋の一つの可能性があるという研究もあるらしい。
とはいえ、有名にしたのは、真田家であることは間違いない。

第8回 調略、第9回 駆引

上杉に近づこうとする真田昌幸。
が、同時に北条へも通じている。
混乱を極める信濃。どの大名家と組むのが得策なのか。
真田昌幸は悩みまくる。

真田信繁は叔父・真田信尹とともに上杉に向かい、春日信達の調略をする。
この調略のやり方に、信繁は戦慄を覚える。

真田昌幸は、調略を利用して、どの大名家も信濃に入り込めないように仕向けた。
上杉と北条が敵対し、北条家と徳川家が敵対している。

信濃は信濃の国衆で治める。
真田昌幸は独立して大名になるか悩んでいた。

そうした中、真田昌幸に助けを求めてきたのが、徳川家康だった。
北条からの圧力を跳ね返すための助けを求めてきたのだ。
これを好機と考えた真田昌幸は、北条軍を見事に撃退して、徳川家康に恩を売った。

だが、あろうことか、徳川と北条が和睦して、手を結んだ…。

人質時代の長い真田信繁

真田信繁は人質時代が長い。
徳川と北条が和睦して、手を結んだあと、窮地に立たされた真田家は上杉家にすがることになるのだが、この時から長い人質生活が始まる。
まずは、上杉家から。そして豊臣秀吉が天下を制すると、人質として大阪に移る。この時期に大谷吉継の娘を正妻に迎えた。

真田信繁が人質となっている間、真田家を拡大させて安定させたのは、父・真田昌幸と兄・真田信幸、そして大叔父の矢沢頼綱らだった。

さて、このドラマ「真田丸」ではまり役は間違いなく真田昌幸役の草刈正雄。
シレーッととんでもないことを言い、とんでもない行動をする。
この食わせ者っぷりがハマりすぎていて怖いくらいだ。

そして、そんな父に翻弄されて、いつも呆然とする真田信幸役の大泉洋もいい。
あの騙されっぷりは、見事!
これほど騙されるのが似合っている俳優は大泉洋以外にいない!!!

第10回 妙手、第11回 祝言

徳川と北条が手を結んだことに動揺する真田家。

一度裏切った上杉家を頼みにするほかない。
だが、上杉家も、だました真田家をやすやすと信用するわけにはいかない。
乗り込んだのは真田信繁。
上杉景勝を説得し、芝居の戦を確約した。

真田が上杉を攻め、返り討ちにあった。
その勢いのまま、上杉は北条を攻めるという噂が広まった。
北条氏政は、真田の沼田攻撃を止め、兵を引いた。
真田の計略が成功した。

今度は徳川家が仕掛けてきた。
室賀正武を調略して、真田昌幸の暗殺を目論んだ。
これを察した真田家は、信繁と梅に祝言を挙げさせ、その場に室賀を招いた…。

出浦昌相

出浦昌相(いでうら まさすけ)=出浦盛清(いでうら もりきよ)

忍者ではないが、忍者を束ねていたようだ。
真田家=真田十勇士が有名で、このドラマでも「佐助」が登場するが、そうした真田家のイメージに合致する人物である。

天正11年(1583年)から真田昌幸・真田信之に仕え、小県郡武石村に30貫文を領し、吾妻奉行を拝命した。更級郡上平城主を務め、岩櫃城では最後の城代を務めている。横谷左近とともに吾妻忍び衆を統率して活躍。
https://ja.wikipedia.org/wiki/出浦盛清

真田十勇士は以下の10人。実在の人物がモデルになっているのもある。

  1. 猿飛佐助
  2. 霧隠才蔵
  3. 三好清海入道
  4. 三好伊三入道
  5. 穴山小助
  6. 由利鎌之助
  7. 筧十蔵
  8. 海野六郎
  9. 根津甚八
  10. 望月六郎

そういえば、主人公は真田信繁だった

「真田丸」はすっかり真田昌幸のペースで進んでいるので、主人公が真田信繁(=真田幸村)だったことをすっかり忘れていた。

独善的で(ある意味)いい加減でむちゃくちゃな親父に翻弄される長男・真田信幸や、冷徹な出浦昌相などが脇を固め、ドラマとして面白くなっているため、つい主人公を忘れてしまう。

第12回 人質、第13回 決戦、第14回 大坂

徳川との関係が決定的にダメになったため、再度上杉家によって行く真田家。
人質として真田信繁が春日山城へ行くことになった。
上杉景勝は信繁をかわいがり、己の弱い部分をさらけ出す。

徳川は真田家と対峙せざるを得なくなった。

上田に残してきた梅が子を宿していることが分かった。
生まれたのは女のことだった。

徳川が上田を攻めてきた。
信繁は上杉景勝の計らいにより、一時的に父・兄の元に戻り、ともに戦った。

対する徳川は鳥居元忠が率いる軍勢7,000。真田家は2,000。

戦いは真田家の勝利で終わったが、戦の中で梅が命を落としてしまった…。

上田の戦いが終わったのち、再び春日山に戻った信繁。
上杉景勝のもとに、豊臣秀吉から上洛せよとの書状が届いた。服従せよということである。

景勝はやむなく上洛することにし、信繁を同行させた。
信繁が大阪城に到着した。

そういえば姉の松は?

本能寺の変の際に、明智軍に追い詰められ、断崖から琵琶湖に身を投じてしまったが、助けられた姿は描かれたものの、その後どうしているのだろう?

記憶をなくしてしまっていることになっているので、すっかりご無沙汰となっている姉・松だが・・・。

第15回 秀吉、第16回 表裏、第17回 再会

豊臣秀吉を待っていた真田信繁を、突如現れた秀吉が外へ連れ出した。

秀吉は真田昌幸が上洛の命令に従わないことにいらだっていた。

徳川家康が再び真田を攻めようとしており、上杉景勝には真田昌幸を助けてはならぬと命じていた。それを知った信繁は狼狽した。

それにも関わらず、秀吉はその信繁を護衛役である馬廻(まわり)衆に加えた。真意が分からない。

信繁は秀吉の近くで行動しているうちに、茶々に気に入られてしまう。

家康が真田攻めの準備を終えようとしていた。だが、その矢先で、中止命令が家康のもとに届いた。

秀吉は家康に上洛を促した。

お松

如何していることやらと思っていた、姉の松が、ようやく信繁の前に現れた。

それも出雲阿国の一座の一員として。

第18回 上洛、第19回 恋路

徳川家康が上洛した。

真田昌幸も豊臣秀吉に臣従することを決意する。だが、昌幸は軽く扱われた。

真田信繁が無念な思いを晴らすため秀吉に直談判した。

昌幸と信幸には、嬉しい再会が待っていた。

信繁は茶々と二人きりで大阪城を探索した。

信繁は、奔放に振る舞う茶々に対し好意を抱いてしまう。

九州平定を目前にした秀吉は茶々を側室にしようと考えていた。

一方、家康は信幸と、本多忠勝の愛娘・稲姫との政略結婚を持ち掛ける。

お松

記憶を完全に失っていたが、昌幸、信幸、信繁、きりが過去の出来事を話して、思い出させようとするが、さっぱり思い出さない。

それにしても、皆の記憶にある松は、あまりいいものではなかったようで…。

稲姫

本多忠勝の娘・稲姫は小松姫(こまつひめ)で知られる。

真田信政、真田信重、まん(高力忠房室)、まさ(佐久間勝宗室)らを生んだ。

松代藩主は真田信之(信幸)が初代で、真田信政が2代目。

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