立花道雪:鬼道雪と呼ばれた大友家の軍神

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立花道雪(たちばな・どうせつ)略歴

永正13年(1516)~天正13年(1585)。70歳。戦国時代の武将。

立花道雪で知られるが、生涯で立花姓を使ったことはない。戸次鑑連(べっき・あきつら)。幼名は八幡丸。号は道雪。戸次親家の子。

娘に誾千代、誾千代の夫に高橋紹運の長男・立花宗茂を婿養子として迎える。

戸次氏は、平安末期以来の家柄で、大神姓戸次氏の戸次惟澄が鎌倉時代になって豊後守護大友能直に所領を譲り(一説には能直の孫重秀を養子とした)、重秀から大友系戸次氏が始まった。

大友家の重鎮

戸次鑑連は大友義鎮(宗麟)の加判衆で勇将として知られる。道雪は、若くして雷にうたれて足を傷つけたため手輿に乗って軍陣の指揮をしたとされる。

大友氏の家臣。臼杵鑑速や吉弘鑑理らと共に大友家の三宿老

活躍

永禄6年(1563)毛利との和平に活躍。

永禄11年(1568)筑前国立花城主・立花鑑鎮(あきとし)を討ち、元亀2年(1571)立花の名跡を継ぎ筑前一国を支配した。

天正13年(1585)筑後高良山下北野の陣中に没した。

立花道雪を扱った作品

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