司馬遼太郎の「竜馬がゆく」第4巻を読んだ感想とあらすじ(最高に面白い!)

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覚書/感想/コメント

竜馬二十九歳から三十歳。

フランス艦隊にメタメタに敗北した長州がそれまでの意識の変革を迫られる一方で、薩摩藩と会津藩によって京の政界から追われることになる。幕末期に起きた何度かの大きな揺り戻しの一つである。

この影響が各藩に及び、土佐では山内容堂による勤王党の弾圧が始まった。

前巻で、傑物だが幕末維新では時勢にブレーキをかける役目しか果たさなかった、と斬り捨てられた山内容堂。

この容堂に対して竜馬は好意を持っていない。

『(前略)指導者にありながら、流れを白眼視し、流れにさからい、役にもたたぬ自分の「定見」に必死にしがみついている者は、しょせんは敗北しかない。
(あの方の厄介なことは、自分の才能、度胸にうぬぼれきっているところだ)
と竜馬はおもっている。
だから、カサブタのはった「定見」がひどく自慢なのである。家来はおろか、他の大名が馬鹿に見えて仕方がない。
(わずかに他人よりすぐれているというだけの智恵や知識が、この時勢になにになるか。そういう頼りにならぬものにうぬぼれるだけで、それだけで歴然たる敗北者だ)』

時勢がいよいよ煮詰まり始めるのがこの巻であり、そしてこの巻から徐々に司馬遼太郎氏の考える「竜馬の思想」というものが語られ始めるようになる。

上記の山内容堂に対する見方もそうであるが、次もそうである。

『(前略)竜馬のいおうとしているのは、人間の文明の発展というものに参加すべきだ、そうあれば、三上ヶ岳の不滅の燈明のように、その生命は不滅になるであろう、といいたいらしい。
「それでおれは死なぬ。死なぬような生きかたをしてみたい」
(中略)
竜馬のような種類の生死観のもちぬしたちが日本歴史のなかであらわれてきたのは、幕末の一時期からである。』

この時期からの竜馬に思想的に多大な影響を与えたのが勝海舟である。

『 勝は全身がアタマのような男だ。
(中略)幕末の政局を動かした最大の頭脳だった。維新史は、竜馬、西郷隆盛、桂小五郎など行動家の「行動」だけを追うことで理解しようというのは誤っている。
そこに、つねに、勝の頭脳が存在していた。(中略)
この頭脳は、偏見的な立場をもたない、というので、竜馬だけでなく、薩摩の西郷などもずいぶん勝の意見をきき、西郷の日本をめぐる国際環境の理解は、多くを勝から受けているといっていい。
が、この頭脳は学者の頭脳ではなく、行動力を持っている。』

この勝海舟は大抜擢された幕臣である。

幕末の不思議は、倒幕藩と幕府とで、まるで真逆の人材登用をしていることである。

薩摩、長州、土佐の中で藩の運営に携わっている者は恐ろしく保守的であった。特に薩摩と土佐は御目見得以下の者を藩政に参加させようとしなかった。一方、幕府はそうした連中をどんどん引き上げていった。

革新的な人材登用をした幕府が倒れたというのは歴史の皮肉でしかない。

この勝海舟も幕臣としては思想的に相当変わっている。司馬氏も書いているが、幕臣としては危険思想をもっていた節がある。それは倒幕容認である。

幕府よりも日本を考え、日本を守るために貿易して金を稼いで防衛に当る。この航海貿易論がそのまま具現化しようとしたのが坂本龍馬である。

この当時の武士の感覚として金銭は卑しいものであり、武士が金を稼ぐことを考えてはいけないという風潮があった。

その中において、最初から金を稼ぐことを考えた坂本龍馬は異色であった。

だが、この金銭が卑しいと考える感覚というのは昔からあったわけではなく、江戸時代において育まれた感覚である。徳川幕府が残した遺産の一つである。

徳川幕府が始まる前の戦国期においては、各戦国大名は金銭の獲得のために必死になっていた。戦は金がかかることを知っていたのだ。武田信玄しかり、上杉謙信しかり、織田信長しかり、豊臣秀吉しかりである。戦国期の大大名は金銭的にも恵まれていたのである。

ある意味、坂本龍馬という人間は、当時の人間が忘れていた感覚を持っていただけなのかもしれない。

金銭感覚に優れていた坂本龍馬であるが、他にも人を引付ける能力が高い。

一つは竜馬が人を使うのが極めて上手であることだ。癖のある神戸塾の連中を束ねきったのもそうした能力を発揮したからであろう。
例えば、陸奥宗光などは次のような具合である。

『(前略)陸奥は、この理屈っぽさと、理のないところでも理をたてる弁口達者のために、仲間とはあまり調和していない。竜馬のような親分の下にいてこそ、息のつける男なのである。』

竜馬は度量の大きな人物であったことがわかる。

また、竜馬の手紙というのも面白い。この当時の志士は頻繁に手紙を残している。そのために多くのことがわかるのだが、竜馬の手紙というのは独特のものだった。よく実家の坂本家の人々に手紙を送っていたようだ。

『「エヘンエヘン、かしこ」
でおわる大得意の文章である。
「このごろは天下無二の大軍学者勝麟太郎といふ大先生の門人となり」
と、大が二つも重なって、乙女姉さんをこけおどししている。その大先生の門人だから自分もえらくなったものだ、というところであろう。』

小説(文庫全8巻)

内容/あらすじ/ネタバレ

幕府軍艦奉行並勝麟太郎は坂本竜馬を待っていた。

名もなき漁村の神戸に勝は竜馬とともに神戸軍艦操練所を立てようとしている。勝は神戸の生島四郎太夫という庄屋屋敷に泊まっている。
軍艦操練所が整備されるのは一年先のことだが、これが官制化されるまで待ちきれず、開所まで私立勝海舟塾としてどんどん塾生を入れて学習させることに決めた。勝も賛成で、竜馬が塾長である。

塾生はどんどん集まり、この中には甥である姉・千鶴の長男・高松太郎も入ってきた。同じく京で助けたおりょうの弟・楢崎太郎も入ってきた。他にも沢村惣之丞、赤づら馬之助こと新宮馬之助、近藤長次郎、千屋寅之助などもやってきた。

こうした中に、紀州藩から脱藩してきた伊達小次郎という青年がいた。ほどなくして陸奥陽之助宗光と名を改めた。

入ってくる連中は一癖も二癖もあるものばかりである。幕閣の中には勝が神戸で不逞浪人を集めて扇動していると言っているものもいる。

兜惣助らが勝野暗殺を狙っているという。この知らせは陸奥陽之助が大和浪人乾十郎から知らされたものであった。

この一件が落着すると、陸奥陽之助は一も二もなく竜馬に随順するようになった。

竜馬は勝と相談した結果、天保山沖にいる幕府の汽船に塾生を見習として乗り込ませることにした。

この頃、長州藩が単独攘夷を断行して、馬関(下関)海峡を通過する外国艦船を砲撃し始めていた。京では急進攘夷派の長州が宮廷を牛耳り、対外決戦、鎖国断行の再勅がくだりそうである。

土佐ではにわかに保守化がすすもうとしている。山内容堂がいよいよ藩政を直接指導することになり、京に入ってきたのだ。そして、容堂が最初にやったのは家中の勤王党の弾圧であった。その噂が神戸塾まで届き、土佐系の塾生に動揺が走った。

竜馬は間崎哲馬、平井収二郎らの切腹を聞いたとき、武市半平太の勤王党は瓦解するなと直覚した。

この様子を竜馬は中島作太郎から聞いた。作太郎も神戸塾に入ってきた。航海修行よりも竜馬に私淑したいらしかった。

長州がフランス艦隊と戦って敗北した。沿岸砲台のみならず、軍艦を失い、さらには陸軍すら敗北を喫した。

この敗戦で、長州藩はすぐに今まで考えていた攘夷の内容が全く無知からきたものであることに気づいた。

翌日には藩庁に維新回天史上の天才・高杉晋作を呼んで起用している。高杉はすぐに奇兵隊の構想を言上した。高杉晋作この時二十五歳。
新選組が竜馬をとめた。この中に信夫左馬之助がいた。竜馬は面倒な奴に遭ったと思った。

巡視隊の中には副長助勤の藤堂平助もいた。この藤堂平助が翌日竜馬を訪ねてきた。竜馬は藤堂の千葉道場の先輩であり、じかに竹刀をとって教えたこともあった。

この時、竜馬は江戸で暗殺された清河八郎の事情を知っているかと聞いた。竜馬はもはや将来にもああいう人物は出まいと思っている。
信夫左馬之助が出ていったのを藤堂平助は気が付いていた。竜馬を殺そうとしているようだ。

文久三年の夏。

この時期の坂本竜馬は風雲にまだ参加していない。浪人艦隊を作ることが目標である。それで海運業を営み、倒幕資金を作るのである。
大事件が京で起きた。

この年の始め、京は長州、薩摩、会津で動いていた。だが、姉小路公知暗殺事件が起きて薩摩の宮廷勢力がにわかに衰えた。この事件で、下手人が遺棄した刀が薩摩の田中新兵衛のものに間違いないというのがわかった。

田中新兵衛の逮捕には幕命でなく朝命をもってした。それほどまでに幕府の治安能力は落ちていた。当時の京都町奉行は永井主水正尚志(玄蕃頭)であった。

だが、この事件も、田中新兵衛が自らの命を絶ってしまったために真相は闇の中である。不可解な点が多すぎる事件であった。

有害な疑惑を残した終わった事件は、薩人は賊であるという極端な攻撃となって、京の志士たちの間で沸き立った。

そして、これによって薩摩は京都朝廷における政論に参加する資格を失うことになる。これが文久三年の五月。

だが、すぐに薩摩は卓抜した政治能力にものをいわせて盛り返す。長州を失脚させるために会津と手を握るという、奇術的な外交戦略に出た。これが八月。

同月、クーデターが行われる。会津・薩摩が京から長州勢力を放逐した「禁門ノ変」といわれる大政変である。長州は仰天した。一夜でまるで罪人同様の扱いになったからだ。

長州人が薩摩藩に対して決定的な憎しみをもったのはこの時からである。官位をはぎ取られた長州系公卿七人を擁して防長二州へ都落ちすることになった。「七卿落ち」である。

事件後、この詳報が神戸に伝わってきた。陸奥陽之助が竜馬に塾生が動揺しているといった。

土佐からも脱走して長州藩と行を共にした者がいる。五人の土佐郷士で、都落ちした七卿の世話を後々までしていくことになる。

竜馬はこの政変が土佐藩に及ぶことを心配していた。武市は殺されるかもしれない。

竜馬は江戸に向かった。

途中、大坂で天誅組の乱を詳しく聞いた。武装蜂起団には竜馬と繋がりの深い土佐脱藩の連中が主力なっている。吉村寅太郎、那須信吾、池内蔵太など。

あわれなものだ。母藩が旗幟鮮明でないために他藩に頼らざるを得ない。彼らは死ぬであろう。竜馬は思った。だが、無駄死にではあるまい。彼らの武装蜂起は国家と社会を担う能力を失った徳川幕府体制を大きく揺さぶるに違いない。

江戸は恐ろしく不景気である。江戸の人口の半分は武士である。それも勤番の連中が多い。その大半が国もとなどに移ってしまっている。
竜馬は桶町の千葉道場に入った。

翌日、赤坂氷川下の勝海舟を訪ねた。このころ勝は軍艦奉行並に兼ねて海陸備向という新役職についている。

勝は竜馬に大久保忠寛に会わせた。幕臣洋学派の一人であり、隠居して一翁。今年になって再び召し出されて将軍顧問となっている。

大久保一翁は竜馬に会うなり、軍艦のことだろうといった。そして大久保の口から武市半平太が投獄されたと聞かされた。

竜馬が再び大坂に戻った文久三年九月の暮れ。

大事件が待っていた。ひとつは武市半平太の投獄である。いまひとつは、吉村寅太郎らほとんどが闘死したことである。

投獄された武市半平太は竜馬はどうしているかと思っていた。土佐勤王党は三派にわかれた。在藩主義の武市派、脱藩武力蜂起主義の吉村寅太郎派、海軍屋の竜馬派である。この中で残っているのは、竜馬の徒党だけである。累は竜馬にも及ぶに違いないと武市は思っていた。

足軽の岡田以蔵も捕まり、以蔵でくずれるかもしれないと武市は思った。

この武市らを尋問したのが、容堂お気に入りの乾退助、後藤象二郎らだった。そしてついに容堂は罪状否認のまま切腹させた。容堂の生涯の十字架となった処断だった。

竜馬は藩の帰国命令に従わなかったため、自動的に脱藩の身になった。神戸塾の他の土佐藩士もどうようであった。藩など考えるなという竜馬の政治感覚に従ったのだ。

長州の消えた京に置いて、変わった動きをしているとしかみられていなかった竜馬が、武市、久坂、桂の去った後の新しい指導者として目をつけられるようになった。時勢は変わったものであると竜馬は思った。

洛中には勤王浪士二百と竜馬はみている。これを失業者とみた。その二百人の飯を食わさなければならない。この発想が他の指導者と異なる所である。

そこで思いついたのが、北海道の開墾である。屯田兵にするのである。

竜馬は北添佶摩を訪ね、北海道を見物させに行った。

勝は将軍家茂座乗の翔鶴丸に乗って品川沖を出帆した。

勝は文久三年の末の頃には徳川政権もお終いだと見通すようになっている。勝が幕府もダメだと思ったのは、桜田門外の事変かららしい。幕府の歴史的使命がおわったことを冷静に悟り、いかに混乱なく次の政権に移すか、ということを秘かに考え始めていた。

文久四年。二月二十日に年号がかわり元治元年となる。幕末の最も多難な時期に入った。

長州藩は火薬庫のようなものだ。この長州藩の哀れさは、朝廷に嫌われているにもかかわらず、わが藩こそ勤王第一番と誇り、藩の存亡を賭けて異常な行動を続けたことである。

竜馬は長州びいきである。理知的には勝の開国主義に同調し、感情的には長州の勇敢な攘夷活動を支持している。

この長州に対して諸外国が連合艦隊を君で攻撃する動きがあると勝は聞いた。幕府は勝に命じて、外国の外交機関に攻撃を止めさせる工作をさせた。これは申訳程度の工作である。

竜馬は勝に同行して長崎に向かった。

竜馬は長崎をみて使節艦隊の根拠地はここしかないと思った。勝も妙な男である。竜馬が倒幕論者と知りながら、竜馬の成長を助けるために長崎くんだりまで連れてきている。

本書について

司馬遼太郎
竜馬がゆく4
文春文庫 約四二五頁
江戸幕末

目次

神戸海軍塾
物情騒然
東山三十六峰
京の政変
江戸の恋
惨風
片袖
元治元年

登場人物

坂本竜馬
勝海舟
大久保忠寛(一翁)
新谷道太郎…勝海舟の若党
生島四郎太夫…神戸の庄屋
徳川家茂…十四代将軍
陸奥陽之助宗光…伊達小次郎
近藤長次郎…別名:上杉宋次郎
沢村惣之丞
新宮馬之助
千屋寅之助
安岡金馬
高松太郎…竜馬の甥
楢崎太郎…おりょうの弟
中島作太郎
伊東祐亨…薩摩人
北添佶摩
兜惣助
乾十郎
武市半平太
吉村寅太郎
岡田以蔵…土佐の足軽
藤堂平助…新選組
信夫左馬之助…新選組
山南敬助…新選組
土方歳三…新選組
沖田総司…新選組
清河八郎
高杉晋作
久坂玄瑞
桂小五郎
山内容堂
乾退助…後の板垣退助
後藤象二郎
福岡田鶴
お登勢…寺田屋の女将
おりょう(お竜)…楢崎将作の娘
峰吉少年
寝待ノ藤兵衛…泥棒
千葉貞吉
千葉重太郎…貞吉の息子
千葉さな子…貞吉の娘
坂本乙女…竜馬の姉、坂本家三女
坂本権平…竜馬の兄、坂本家嫡男
春猪…龍馬の姪、権平の娘
横井小楠

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