司馬遼太郎の「街道をゆく 大和・壺坂みち ほか」第7巻を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント


★★★★★★★☆☆☆

特定の技術にたけた者達が住んだ場所を旅する。そういう感じの街道をゆくである。

甲賀と伊賀のみち

伊賀上野城。戦国末期の城で、織田信長の伊賀鎮定後、滝川雄利が築いたもの。その後城主が脇坂氏、筒井氏、藤堂氏となる。

藤堂高虎は家康に信頼された外様の男で、伊賀の国には大きすぎる五層の天守閣を持つ城にしたそうだが、落成と同時に天守閣を取り壊してしまったそうだ。保守感覚に優れた藤堂高虎ならではの思惑があったのではないかということらしい。

甲賀五十三家。戦史に登場するのは室町の乱世の真っ最中、長享元年(一四八七)の近江の乱。足利義政が存命中で、義尚が将軍職にあった。

この義尚が六角高頼を討つための軍を動かした。まだ甲賀五十三家とは言わず、二十七士と言われていた時のことで、この二十七士が六角高頼をかくまった。この後長享元年の十二月に、甲賀衆が夜襲した。そのときの戦ぶりがあまりにも玄妙で、評判になったらしい。

この甲賀の出で最も早く名をなしたのが、滝川一益である。

聖武天皇。東大寺と大仏を遺したひとだが、当時富んでいた国富を一代で傾けてしまう。しきりに土木を興し、都を奈良だけでなく、何度も変えている。

土木工事をおこした権力者の多くは、その子孫がほどなく滅んでいるという。例えば、秦の始皇帝、隋の煬帝、日本の豊臣秀吉など。

現代に住む我々にとって、公共工事の多さは、こうした歴史の中で見ると後世から、傾国の時代と言われてしまうのではないだろうか。ふとそう思った。

大和・壺坂みち

室町期の大和は、ほとんどが興福寺その他奈良の諸大寺の所領で、寺が大名という特殊な国だった。

この大和に今井千軒といわれた商業都市があった。戦国期の堺の豪商で茶人の今井宗久がこの地の出である。

大和高取の大名であった植村氏。わずか二万五千石。家康の代より古い時代から仕えた譜代だが、数奇な功を幾度かたてた家である。

家康の祖父・清康が家臣に殺された時、時の植村新六郎が近くにおり、下手人を討っている。父・広忠が刺されかけた時も、刺そうとした人物を討ち取っている。この後家光の時代にも似たようなことがあったようだ。

熊本城を築いた加藤清正は石積みの名人といわれた。石垣がくずれない。肝心なのは地下水が抜けていく道を造ることにあるそうだが、これが見事で、こんにち補修のために築きなおした新しい石垣は鉄パイプなどを利用して排水に苦労しているというのに、清正の築いたものはそういう無様なことをしないでも堅牢だという。

明石海峡と淡路みち

国家がなかったか、もしくはその影響力がきわめて薄かった時代には、生産手段によって民族が別れていたのではないかと司馬遼太郎氏はいう。

だから、漁業技術をもった民族は、農業民族とは別個に社会を組み、ひろく東アジアに住んで、長い時間をかけ緩慢に流動していたのではないかと。

淡路は小さな島ながら、播磨、摂津、和泉、紀伊、阿波という五カ国と同格の「国」であった。

この淡路にとって大きな存在だったのが、水軍を擁していた紀伊。紀伊の水軍は、源平の時に限らず、陸上の覇権が争われている時にはかならず登場する。例えば雑賀衆。雑賀衆は雑賀水軍を持っていた。

この紀伊から室町の乱世に、淡路島が併呑されたことがある。安宅水軍である。以後、戦国にいたるまで安宅氏が島を支配した。

この最後が安宅冬康である。三好元長の三男で、三好長慶、三好義賢の弟。十河一存、野口冬長の兄。子に安宅信康、安宅清康がいる。

砂鉄のみち

東アジアの製鉄は、ヨーロッパが古代から鉱石によるものだったのに対し、主として砂鉄だった。

砂鉄は、花崗岩や石英粗面岩のあるところならどこにでもある。問題はとかす木炭である。これが馬鹿にならない量である。砂鉄から千二百貫の鉄を得るのに、四千貫の木炭をつかったという。四千貫の木炭というと、ひと山を丸裸にしないと出来ない分量だそうだ。

今日の禿げ山だらけの風景からは想像できないが、古代では、中国や朝鮮でも冶金時代が始まるまでは、鬱然たる大森林が地を覆っていたにちがいない。

古来、精妙な鋼の材料になったのは出雲砂鉄であり、とくに雲伯国境のものがよかったらしい。

古刀が文句なしにいいというのは、製造される過程が良かったのではなく、もととなる玉鋼がよかったのだそうだ。

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本書について

司馬遼太郎
街道をゆく7
大和・壺坂みち ほか
朝日文庫
約三〇〇頁

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目次

甲賀と伊賀のみち
 伊賀上野
 ふだらくの廃寺へ
 甲賀へ
 紫香楽宮趾

大和・壺坂みち
 今井の環濠集落
 高松塚周辺
 植村氏の事
 山坂四十四丁
 城あとの森

明石海峡と淡路みち
 明石の魚棚
 鹿の瀬漁場
 播淡汽船
 海彦・山彦
 宮本常一氏の説
 雲丹
 海の神々
 二つの洲本城
 松と国分寺
 松の淡路
 飯飼の海

砂鉄のみち
 砂鉄の寸景
 山鉄ヲ鼓ス
 和鋼記念館
 乾燥と湿潤
 鉄と古代
 森を慕う韓鍛冶
 出雲の朝鮮鐘
 出雲の吉田村
 菅谷の高殿
 まさご吹く吉備
 鉄の豪族
 崖肌の木炭
 吉井川の鋳物師

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