室町時代・戦国時代・安土桃山時代年表(1336年~1603年)

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その他の時代
  1. 建武の新政 1333–1336
      1. 1333(正慶2)
      2. 1334(正慶3)
      3. 1335(正慶4)
      4. 1336(延元1)
  2. 南北朝時代 1336–1392
      1. 1336(延元1)
    1. 初代将軍 足利尊氏 1338-1358
      1. 1338(延元3)
      2. 1339(延元4)
      3. 1342(暦応5・康永1)
      4. 1348(正平3)
      5. 1349(正平4)
      6. 1350(正平5)
      7. 1351(正平6)
      8. 1352(正平7)
      9. 1354(正平9)
      10. 1358(正平13)
    2. 二代将軍 足利義詮 1359-1367
      1. 1359(正平14)
      2. 1367(正平22)
    3. 三代将軍 足利義満 1368-1395
      1. 1368(正平23)
      2. 1369(正平24)
      3. 1371(応安4)
      4. 1378(天授4)
      5. 1379(天授5)
      6. 1382(永徳2)
      7. 1383(永徳3)
      8. 1384(元中1)
      9. 1389(元中6)
      10. 1391(元中8)
      11. 1392(元中9)
  3. 幕府安定期 1393–1467
      1. 1394(応永1)
    1. 四代将軍 足利義持 1395-1423
      1. 1397(応永4)
      2. 1398(応永5)
      3. 1399(応永6)
      4. 1400(応永7)
      5. 1401(応永8)
      6. 1404(応永11)
      7. 1408(応永15)
      8. 1411(応永18)
      9. 1412(応永19)
      10. 1416(応永23)
      11. 1419(応永26)
    2. 五代将軍 足利義量 1423-1425
    3. (代)四代将軍 足利義持 1425-1428
      1. 1428(正長1)
    4. 六代将軍 足利義教 1429-1441
      1. 1429(永享1)
      2. 1432(永享4)
      3. 1435(永享7)
      4. 1438(永享10)
      5. 1440(永享12)
      6. 1441(嘉吉1)
    5. 七代将軍 足利義勝 1442-1443
      1. 1443(嘉吉3)
    6. 八代将軍 足利義政 1449-1474
      1. 1449(宝徳1)
      2. 1454(享徳3)
      3. 1455(康正1)
      4. 1457(長禄1)
      5. 1464(寛正5)
      6. 1466(寛正7)
  4. 戦国時代 (応仁の乱 1467-1478) 1467–1590
      1. 1467(応仁1)
      2. 1468(応仁2)
      3. 1470(文明2)
      4. 1471(文明3)
      5. 1473(文明5)
    1. 九代将軍 足利義尚 1474-1489
      1. 1474(文明6)
      2. 1477(文明9)
  5. 戦国時代 (応仁の乱終結~明応の政変 1478-1493) 1467–1590
      1. 1479(文明11)
      2. 1481(文明13)
      3. 1482(文明14)
      4. 1484(文明16)
      5. 1485(文明17)
      6. 1486(文明18)
      7. 1488(長享2)
    1. (代)八代将軍 足利義政 1489-1490
      1. 1489(延徳1)
    2. 十代将軍 足利義材(義稙) 1490-1493
      1. 1490(延徳2)
      2. 1491(延徳3)
  6. 戦国時代 (明応の政変~関東・奥羽惣無事令 1493-1587) 1467–1590
      1. 1493(明応2)
      2. 1494(明応3)
    1. 十一代将軍 足利義澄 1495-1508
      1. 1495(明応4)
      2. 1496(明応5)
      3. 1498(明応7 )
      4. 1499(明応8)
      5. 1500(明応9)
      6. 1503(文亀3)
      7. 1504(永正1)
      8. 1506(永正3)
      9. 1507(永正4)
    2. (再)十代将軍 足利義稙(義材) 1508-1522
      1. 1508(永正5)
      2. 1510(永正7)
      3. 1511(永正8)
      4. 1515(永正12)
      5. 1516(永正13)
      6. 1517(永正14)
      7. 1519(永正16)
      8. 1521(大永1)
    3. 十二代将軍 足利義晴 1522-1547
      1. 1523(大永3)
      2. 1524(大永4)
      3. 1525(大永5)
      4. 1526(大永6)
      5. 1527(大永7)
      6. 1528(享禄1)
      7. 1530(享禄3)
      8. 1531(享禄4 )
      9. 1532(天文1)
      10. 1534(天文3)
      11. 1532(天文1)
      12. 1536(天文3)
      13. 1536(天文5)
      14. 1537(天文6)
      15. 1538(天文7)
      16. 1539(天文8)
      17. 1540(天文9)
      18. 1541(天文10)
      19. 1542(天文11)
      20. 1543(天文12)
      21. 1544(天文13)
      22. 1545(天文14)
      23. 1546(天文15)
    4. 十三代将軍 足利義輝 1547-1565
      1. 1547(天文16)
      2. 1548(天文17)
      3. 1549(天文18)
      4. 1550(天文19)
      5. 1551(天文20)
      6. 1552(天文21)
      7. 1553(天文22)
      8. 1554(天文23)
      9. 1555(弘治1)
      10. 1556(弘治2)
      11. 1557(弘治3)
      12. 1558(永禄1)
      13. 1559(永禄2)
      14. 1560(永禄3)
      15. 1561(永禄4)
      16. 1562(永禄5)
      17. 1563(永禄6)
      18. 1564(永禄7)
      19. 1565(永禄8)
      20. 1566(永禄9)
      21. 1567(永禄10)
    5. 十四代将軍 足利義栄 1568
    6. 十五代将軍 足利義昭 1568-1588
      1. 1568(永禄11)
      2. 1569(永禄12)
      3. 1570(永禄13)
      4. 1570(元亀1)
      5. 1571(元亀2)
      6. 1572(元亀3)
      7. 1573(元亀4)
  7. 織豊時代(安土桃山時代) 1573-1603
    1. 織田政権 1573-1582
      1. 1573(天正1)
      2. 1574(天正2)
      3. 1575(天正3)
      4. 1576(天正4)
      5. 1577(天正5 )
      6. 1578(天正6)
      7. 1579(天正7)
      8. 1580(天正8)
      9. 1581(天正9)
      10. 1582(天正10)
    2. 豊臣政権 1583-1603
      1. 1583(天正11)
      2. 1584(天正12)
      3. 1585(天正13)
      4. 1586(天正14)
      5. 1587(天正15)
      6. 1588(天正16)
      7. 1589(天正17)
      8. 1590(天正18)
      9. 1591(天正19)
      10. 1592(文禄1)
      11. 1593(文禄2 )
      12. 1594(文禄3)
      13. 1595(文禄4)
      14. 1596(文禄5 /慶長1)
      15. 1597(慶長2)
      16. 1598(慶長3)
      17. 1599(慶長4)
      18. 1600(慶長5)
        1. なぜ上杉家は徳川を追わなかったか?
      19. 1601(慶長6)
      20. 1602(慶長7)
      21. 1603(慶長8)

建武の新政 1333–1336

1333(正慶2)

  • 記録所、恩賞方、雑訴決断所、武者所を設置する
  • 後醍醐天皇は隠岐を脱出、名和長年を頼る
  • 後醍醐天皇が光厳天皇を廃し京都に帰る
  • 護良親王(後醍醐天皇の子)が征夷大将軍となる
  • 足利尊氏が六波羅探題を攻め落とし、新田義貞が鎌倉を攻め幕府が滅びる

1334(正慶3)

  • 建武の新政
  • 後醍醐天皇による親政で延喜・天暦の治を理想とする武士よりも貴族・寺社を重んじた為、武士の不満が高まる
  • 二条河原落書き
  • 護良親王が鎌倉に流される
  • 報国寺(鎌倉市)創建

1335(正慶4)

  • 延元の乱(足利尊氏が後醍醐天皇の政権に対して挙兵)
  • 足利尊氏は時行を破り鎌倉に入り反旗を翻す
  • 箱根・竹ノ下の戦い(足利尊氏が新田義貞を破る)
  • 北条時行が鎌倉を攻め(中先代の乱)、足利直義は護良親王を殺して京都へ逃げる
  • 北条時行の反乱で幕府の再興を果たしたが、足利尊氏によって20日間で滅びた

1336(延元1)

  • 後醍醐天皇は吉野に移る(南北朝時代の始まり)
  • 光明天皇が即位する(北朝)
  • 足利尊氏が建武式目を定める
  • 足利尊氏が入京する
  • 後醍醐天皇は比叡山へ
  • 足利尊氏は京都に入り光明天皇を擁立
  • 足利尊氏は室町幕府を開き、建武式目を定める
  • 湊川の戦い(足利尊氏を迎え撃ち楠木正成は湊川で戦死)
  • 多々良浜の戦い(足利尊氏は菊池武敏を破り九州を固める)
  • 豊島河原合戦(足利尊氏と新田義貞・北畠顕家の戦い足利尊氏は九州へ敗走)
論点
  • 2019年阪大:足利尊氏が発表した建武式目は、いかなる政治状況の下で定められ、北条泰時が制定した御成敗式目とどのように性格が異なるのか、また、室町幕府は御成敗式目をどのように扱ったのかを問われました。
  • 2005年阪大:南北朝の内乱が日本の中世に与えた影響について問われました。
  • 2003年東大:南北朝内乱当時の武士の行動の特徴と、南朝は政権としては弱体でしたが南北朝内乱は全国的に展開し長期化した理由が問われました。
  • 1991年東大:後醍醐天皇が政治改革でめざしたものと、北畠親房が天皇の政治に対して、どのような立場からどのような批判をもっていたが問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

南北朝時代 1336–1392

1336(延元1)

  • 後醍醐天皇は吉野へ逃れる(南朝)

初代将軍 足利尊氏 1338-1358

1338(延元3)

  • 石津の戦い
  • 足利尊氏が征夷大将軍になり京都に室町幕府を開く
  • 藤島の戦い
  • 新田義貞(南朝)と斯波高経(北朝)の戦い北朝の勝利
  • 北畠顕家(南朝)と高師直(北朝)の戦い北朝の勝利
  • 北畠顕家は和泉で、新田義貞は越前福島で戦死
  • 北畠親房ら吉野へ帰還
亡くなった人物
  • 新田義貞

1339(延元4)

  • 義良親王が吉野に帰り即位、後村上天皇となる
  • 尊氏が暦応寺(翌年に天龍寺と改称)を建立
  • 北畠親房「神皇正統記」
論点
  • 1990年一橋:13世紀の慈円「愚管抄」、14世紀の北畠親房「神皇正統記」、18世紀の新井白石「読史余論」のそれぞれの歴史のとらえ方の特徴について、その時代の思潮や政治動向と関わらせて問われました。
亡くなった人物
  • 後醍醐天皇

1342(暦応5・康永1)

  • 天龍寺造営費の獲得の為、天龍寺船を元(モンゴル)に渡航(貿易)

1348(正平3)

  • 四條畷の戦い
  • 楠木正行が高師直と河内四条畷で戦い戦死
  • 崇光天皇即位(北朝)
亡くなった人物
  • 楠木正行

1349(正平4)

  • 関東の統治機関である鎌倉府が出来る
  • 鎌倉府の初代・鎌倉公方は足利基氏
  • 補佐役として関東管領(主に上杉氏一族の世襲)が置かれる
論点
  • 2016年阪大:室町幕府は東国を支配する地方機関を関東に設置しました。京都の将軍権力との関係に留意しつつ、その機関はどのようなものであり、いかなる展開過程をたどったのか問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

1350(正平5)

  • 観応の擾乱
  • 足利政権の内乱(足利直義・高師直が死去)
  • 尊氏の子足利直冬が九州で挙兵、尊氏は追討のため出京
  • 足利直義が南朝に降る
亡くなった人物
  • 足利直義
  • 高師直

1351(正平6)

  • 足利尊氏・義詮が一時的に南朝方に降伏
  • 北朝は崇光天皇を廃す

1352(正平7)

  • 観応の半済令
  • 後光厳天皇即位(北朝)
  • 戦乱の為、守護が年貢の半分を徴発可能になり、守護の支配力が強まり守護大名と発展する

1354(正平9)

亡くなった人物
  • 北畠親房

1358(正平13)

亡くなった人物
  • 足利尊氏

二代将軍 足利義詮 1359-1367

1359(正平14)

  • 足利義詮が2代目将軍となる
  • 筑後川の戦い
  • 懐良親王(南朝)と少弐頼尚(北朝)の戦い(南朝の勝利で九州地方は南朝が支配)

1367(正平22)

  • 鎌倉公方足利基氏没
  • 足利氏満が鎌倉公方を継ぐ
  • 高麗の使者が来て倭寇の禁止を求める
  • 南北朝和睦の話し合いが決裂
亡くなった人物
  • 足利基氏(鎌倉公方)

三代将軍 足利義満 1368-1395

論点
  • 2012年阪大:足利義満は花の御所や北山殿を拠点にさまざまな政策を展開して政治的な安定を図りました。足利義満が行った政治のうち、朝廷や外交にかかわる政策について問われました。
  • 2011年東大:室町幕府の運営や重要な政務の決定に参画した守護には、中央における職制上の地位にもふれながら、どのような共通点がみられるか、また、今川・上杉・大内の各氏が、在京を免除されることが多かったのはなぜか、義持の時期における安定は、足利義満の守護に対する施策によって準備された面がありますが、その施策の内容を問われました。
  • 2010年京大:足利義満の時代はどのような時代であったかをいくつかの側面から問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

1368(正平23)

  • 応安の半済令が定められる
  • 足利義満が3代目将軍となる
  • 長慶天皇即位
  • 幕府が皇室領以外の荘園に半済を行う

1369(正平24)

  • 明の使者が来日、倭寇の禁止を求める

1371(応安4)

  • 後円融天皇即位(北朝)

1378(天授4)

  • 足利義満が京都室町通に花の御所を造営

1379(天授5)

  • 康暦の政変
  • 斯波氏が細川頼之を失脚させる

1382(永徳2)

  • 後小松天皇即位

1383(永徳3)

  • 後亀山天皇即位

1384(元中1)

亡くなった人物
  • 中条兵庫頭長秀(剣豪)(近世剣術諸流の三大源流の一つ念流に連なる、中条流平法の祖)

1389(元中6)

  • 土岐康行の乱(足利義満が土岐氏を陥れる謀略で土岐康行が敗死、土岐氏の守護領国は3国から1国になる)
亡くなった人物
  • 土岐康行

1391(元中8)

  • 足利義満が細川頼之を呼び戻す
  • 足利義満が山名氏を陥れる謀略で山名氏清、山名満幸を滅ぼす
  • 山名氏の守護領国は11国から3国に激減する
  • 明徳の乱(幕府が山名氏清を討つ)
亡くなった人物
  • 山名氏清
  • 山名満幸

1392(元中9)

  • 明徳の和約(後亀山天皇(南朝)が吉野から京都に帰り三種の神器(八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣)を後小松天皇(北朝)に譲り南北両朝が合一)

幕府安定期 1393–1467

1394(応永1)

  • 足利義満が太政大臣となる

四代将軍 足利義持 1395-1423

1397(応永4)

  • 足利義満が北山に金閣寺(鹿苑寺)を建立

1398(応永5)

  • 幕府、三管領(細川・斯波・畠山)・四職(山名・一色・京極・赤松)の制を整備

1399(応永6)

  • 応永の乱(足利義満が大内氏を陥れる謀略で大内義弘を滅ぼす大内氏の守護領国は6国から2国になるその後、大内盛見によって4国にまで拡大)
亡くなった人物
  • 大内義弘

1400(応永7)

  • 世阿弥元清の「風姿花伝」ができ、この頃能楽が盛んになる
  • 大塔合戦(信濃の支配権を巡る争い)

1401(応永8)

  • 明(中国)と国交の開始
  • 明からの国書では足利義満が日本国王
論点
  • 1989年一橋:近代以前の日本は、東アジア社会の一員として、他の地域と相互に影響を及ぼしあいながら、歴史を展開させてきました。次に掲げた年には、日本の対外関係史上重要な出来事が起きています。そのそれぞれについて、内外の歴史的背景と日本社会への影響を含めて説明が求められました。(1)607年、(2)894年、(3)1401年、(4)1543年

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

1404(応永11)

  • 勘合貿易の開始
  • 明との貿易で倭寇対策に勘合を使用(輸入品は銅銭(永楽通宝)・織物・書物など、輸出品は硫黄・銅・刀剣などで、治安対策として倭寇の取締りを強化)

1408(応永15)

亡くなった人物
  • 足利義満

1411(応永18)

  • 明と国交一時断絶

1412(応永19)

  • 称光天皇即位

1416(応永23)

  • 上杉禅秀の乱( 関東管領を巡る上杉氏の反乱、元関東管領の上杉禅秀らが鎌倉公方足利持氏に反抗し鎌倉を攻めるが敗北)

1419(応永26)

  • 応永の外寇(李氏朝鮮による対馬侵攻日本の勝利)

五代将軍 足利義量 1423-1425

(代)四代将軍 足利義持 1425-1428

1428(正長1)

  • 後花園天皇即位
  • 将軍足利義持の後継がくじ引きで将軍が決まる
  • 幕府は足利義持の弟の僧義円(環俗して義宣)を迎える
  • 正長の土一揆(全国的に飢饉・疫病が流行農民による初の一揆で私徳政が実施)
論点
  • 1986年東大:応永35年/正長元年(1428)将軍足利義持から足利義教に将軍が移り変わる際に、徳政が非常に広汎なものとなった背景の事情を3つ以上と、永仁の徳政令との相違点について問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

亡くなった人物
  • 足利義持

六代将軍 足利義教 1429-1441

1429(永享1)

  • 義宣は名を義教と改め、6代目将軍足利義教となる
  • 足利義教の政治は万人恐怖と言われる
  • 尚巴志が琉球王国を建国
  • 播磨の土一揆(政治要求をした一揆鎮圧された)

1432(永享4)

  • 勘合貿易の復活
  • 上杉憲実が足利学校を再興する

1435(永享7)

  • 足利義教が比叡山を焼き討ちにする

1438(永享10)

  • 鎌倉公方(足利持氏)と関東管領(上杉憲実)との対立で足利義教が足利持氏を討伐
  • 永享の乱(関東管領上杉憲実が幕府に反した鎌倉公方足利持氏を攻め、翌年自害させる)

1440(永享12)

  • 結城合戦(結城氏朝が足利持氏の遺児を擁して挙兵幕府側の勝利)

1441(嘉吉1)

  • 嘉吉の土一揆(京都周辺の一揆で幕府が徳政令を実施)
  • 嘉吉の乱(赤松満祐が将軍足利義教を自身の邸に招き暗殺、管領細川持氏は義教の子義勝を将軍にし、赤松満祐を攻め自害させる、守護大名の山名氏などの勢力が拡大)
亡くなった人物
  • 足利義教

七代将軍 足利義勝 1442-1443

1443(嘉吉3)

  • 禁闕の変(後南朝の組織による後花園天皇の襲撃事件)

八代将軍 足利義政 1449-1474

1449(宝徳1)

  • 足利義政が8代目将軍となる正室は日野富子
  • 足利持氏の子成氏を鎌倉公方に任じる

1454(享徳3)

  • 享徳の土一揆が起こり、幕府が徳政令を認める
  • 鎌倉公方足利成氏が上杉憲忠を殺し、関東が乱れる
論点
  • 2018年東大:室町幕府の財政にはどのような特徴があるか。その所在地との関係に注目して問われました。また、徳政令の発布が室町幕府に深刻な財政難をもたらしたのはなぜか。また、それを打開するために、幕府はどのような方策をとったかが問われました。
  • 1989年京大:鎌倉・室町両幕府の徳政令の内容と徳政令が出された動機を比較することが問われました。また幕府によらない徳政についても問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

亡くなった人物
  • 上杉憲忠

1455(康正1)

  • 足利成氏が幕府の追討を受け、下総古河に移り、古河公方と呼ばれるようになる

1457(長禄1)

  • コシャマインの戦い(アイヌ人と倭人の争い)
  • 足利義政が弟の政知を伊豆堀越に派遣し、堀越公方と呼ばれるようになる
  • 太田道灌が江戸城を築く
  • 蓮如が本願寺八世の法主となる

1464(寛正5)

  • 後土御門天皇即位

1466(寛正7)

  • 足利義政の側近(伊勢貞親・季瓊真蘂)が追放され、将軍による政治の権力が衰え応仁の乱へと続く
  • 文正の政変
小説

足利義政の時代の「公事」を題材にした小説。

戦国時代 (応仁の乱 1467-1478) 1467–1590

1467(応仁1)

  • 応仁の乱(山名宗全・畠山義就ら西軍と細川勝元ら東軍とが京都で戦う)
  • 足利義視、伊勢に逃げる
論点
  • 2014年東大:応仁の乱は、中央の文化が地方に伝播する契機になったが、そのなかで武士の果たした役割はどのようなものであったかを、乱の前後における武士と都市との関わりの変化に留意しながら問われました。
  • 1981年東大:応仁の乱を境に起こった変化を、東洋学者の内藤湖南の文章を引き合いに問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

1468(応仁2)

  • 関白以下の公家、乱を避け地方の豪族に流寓
  • 雪舟の四季山水図

1470(文明2)

  • 南朝の遺臣、小倉宮の王子を奉じて紀伊で挙兵

1471(文明3)

  • 古川公方と堀越公方が伊豆三島で戦う
  • 朝倉敏景が越前の守護になる
  • 蓮如が越前古崎道場を建てる
  • 東常緑が宗祗に古今伝授する

1473(文明5)

亡くなった人物
  • 山名持豊(宗全)
  • 細川勝元

九代将軍 足利義尚 1474-1489

1474(文明6)

  • 一休が大徳寺住職になる
  • 加賀国で一向一揆が起こり、守護富樫政親の兵と戦う
  • 足利義政、朝鮮に書を送り、明の勘合符を得る
  • 山名政豊と細川政元が和睦

1477(文明9)

  • 応仁の乱が終結(大内政弘・畠山義就ら西軍諸将が領国に帰る)

戦国時代 (応仁の乱終結~明応の政変 1478-1493) 1467–1590

1479(文明11)

  • 蓮如が山科本願寺を建てる

1481(文明13)

亡くなった人物
  • 一休宗純

1482(文明14)

  • 足利義政が東山銀閣寺の造営を始める
小説

銀閣寺建立をめぐる小説です。

1484(文明16)

  • 畠山政長と畠山義就の軍が宇治で戦う

1485(文明17)

  • 山城国一揆(山城の国人・農民が団結して両畠山軍を追い出し、8年間自治を行った)
  • 慈照寺東求堂建立

1486(文明18)

  • 太田道灌、主君上杉定正に暗殺される
  • 雪舟の山水長巻
亡くなった人物
  • 太田道灌

1488(長享2)

  • 実蒔原の戦
  • 高尾城の戦(長享の一揆)
  • 須賀谷原の戦
  • 高見原の戦
  • 加賀一向一揆(守護・富樫政親を追い払い約100年の間、自治を行うようになる)
論点

2005年京大:新たに各地で成立した都市と、伝統的な都市における新しい展開が問われました。この都市の発達を、要因に触れつつ、具体的に述べる問題でした。

→堺などに代表される港町などの商業都市や、有力寺院の門前町、戦国大名の城下町や、従来の都市である京における町衆の自治などです。加賀における自治はこうした一例です。

亡くなった人物

(代)八代将軍 足利義政 1489-1490

1489(延徳1)

  • 足利義政が銀閣寺を建立

十代将軍 足利義材(義稙) 1490-1493

1490(延徳2)

  • 銀閣寺の完成
亡くなった人物
  • 足利義政

1491(延徳3)

  • 伊勢長氏(北条早雲)、伊豆を占領

戦国時代 (明応の政変~関東・奥羽惣無事令 1493-1587) 1467–1590

1493(明応2)

  • 伊勢宗瑞(北条早雲)、伊豆討入り
  • 明応の政変
  • 管領・細川政元が10代目将軍足利義材を廃して、足利義澄を11代目将軍とする

1494(明応3)

亡くなった人物
  • 上杉定正

十一代将軍 足利義澄 1495-1508

1495(明応4)

  • 鎌倉大地震
  • 伊勢宗瑞(北条早雲)が小田原城を攻め、城主大森藤頼を追い出す
  • 伊勢宗瑞(北条早雲)、小田原城を居城にする
  • 雪舟の破墨山水図

1496(明応5)

  • 蓮如が石山本願寺を建立

1498(明応7 )

  • 明応大地震
亡くなった人物
  • 足利茶々丸

1499(明応8)

亡くなった人物
  • 蓮如

1500(明応9)

  • 後柏原天皇が即位

1503(文亀3)

亡くなった人物
  • 大森藤頼

1504(永正1)

  • 立河原の戦
  • 般若野の戦
  • 加賀・能登・越中の一向一揆が守護朝倉貞景に破れ、古崎道場などが潰れる

1506(永正3)

亡くなった人物
  • 雪舟

1507(永正4)

  • 永正の錯乱(細川政元が暗殺され、首謀者の細川澄之は自害、細川澄元が管領となるが細川高国と権力争いをはじめる)
  • 長享の乱の終結(扇谷上杉家が山内上杉家と和睦)
亡くなった人物
  • 細川政元
  • 細川澄之

(再)十代将軍 足利義稙(義材) 1508-1522

1508(永正5)

  • 細川高国が管領となり、前将軍義稙が京都に戻り再び将軍となる
  • 幕府が撰銭令を出す
  • 坊峰合戦で油川(武田)信恵が没
亡くなった人物
  • 油川(武田)信恵

1510(永正7)

  • 三浦の乱(三浦の邦人が宗盛弘の援護をうけ釜山を攻略)
  • 長森原の戦で上杉顕定が戦死
  • 李氏朝鮮の三浦(釜山浦・薺浦・塩浦)で起きた対馬の宗氏・恒居倭人(貿易の為に朝鮮に居留している日本人)の反乱
亡くなった人物
  • 上杉顕定

1511(永正8)

  • 船岡山合戦(足利義材・細川高国・大内義興と足利義澄・細川澄元との争いで、足利義材の勝利)

1515(永正12)

  • 根来寺多宝塔建立

1516(永正13)

  • 伊勢宗瑞(北条早雲)が三浦氏を滅ぼす
  • 幕府が大内義興に対明貿易の独占権を認める

1517(永正14)

  • 有田中井手の戦で毛利元就が武田元繁を破る

1519(永正16)

  • 今川義元誕生
亡くなった人物
  • 伊勢宗瑞(北条早雲)

1521(大永1)

  • 関東管領の山内上杉氏と扇谷上杉氏が争う
  • 細川高国が足利義晴(足利義澄の子)を12代目将軍とする
  • 上条河原の戦で福島正成が戦死
  • 甲斐にて武田信玄(晴信)誕生
亡くなった人物
  • 福島正成

十二代将軍 足利義晴 1522-1547

1523(大永3)

  • 寧波の乱(大内義興と細川高国による勘合貿易の争い、この頃より密貿易などを目的とした後期倭寇が盛んになる)
  • 毛利元就、家督を相続、郡山城主となる

1524(大永4)

  • 北条氏綱、江戸城主上杉朝興を敗り、江戸城に入る

1525(大永5)

亡くなった人物
  • 土佐光信

1526(大永6)

  • 後奈良天皇即位
  • 今川氏親、家法33条を定める
  • 里見義堯、鎌倉へ侵攻
  • 武田信虎、駿河にて北条氏綱を破る
亡くなった人物
  • 今川氏親

1527(大永7)

  • 三河にて酒井忠次 誕生
  • 西村正利(斎藤道三)、守護の土岐頼武を攻め越前国に追放
  • 大和にて柳生宗厳誕生

1528(享禄1)

  • 大内義興没し、大内義隆が大内家を継ぐ
亡くなった人物
  • 大内義興

1530(享禄3)

  • 越後にて上杉謙信(景虎・政虎・輝虎)誕生
亡くなった人物
  • 狩野正信

1531(享禄4 )

  • 一向一揆が朝倉教景を破る
  • 森山崩れ
  • 天王寺の戦
  • 大物崩れ(細川晴元(細川澄元の子)・赤松政祐・三好元長(三好長慶の父)と細川高国・浦上村宗の戦い、細川晴元の勝利で細川高国は自害した)
亡くなった人物
  • 細川高国

1532(天文1)

  • 細川晴元が家臣の三好元長を殺害する
  • 織田信秀、那古野城を奪い居城に
亡くなった人物
  • 三好元長

1534(天文3)

  • 尾張勝幡城にて織田信長(幼名 吉法師)誕生

1532(天文1)

  • 大和の一向一揆が興福寺を焼くなど、畿内各地で一向一揆が起きる
  • 本願寺証如が畠山義宣を攻め堺で自害させる
亡くなった人物
  • 畠山義宣

1536(天文3)

  • 伊達稙宗、家法の塵芥集を定める
  • 天文法華の乱(比叡山の僧が京都の法華経の寺を焼く)
亡くなった人物
  • 少弐資元

1536(天文5)

  • 花倉の乱で今川義元が勝利
  • 天文法華の乱(延暦寺の僧徒が京都の法華寺院を焼きつくす)
  • 今川義元、家督を継ぎ、武田信虎の娘を娶る
亡くなった人物
  • 今川氏輝

1537(天文6)

  • 尾張国中村にて豊臣秀吉(木下藤吉郎)誕生
  • 細川晴元、畿内を平定
亡くなった人物
  • 上杉朝興

1538(天文7)

  • 国府台合戦(第一次)で北条氏綱が里見家に勝利
  • 尾張にて前田利家誕生
亡くなった人物
  • 足利義明

1539(天文8)

  • 大内義隆が勘合貿易を始める
  • 土佐にて長宗我部元親(幼名 弥三郎)誕生

1540(天文9)

  • 吉田郡山城の戦い(毛利元就、尼子晴久軍を撃退)
  • 諸国で疫病流行
  • 天皇が宸筆心経を諸国一宮に奉納

1541(天文10)

  • ポルトガル船が豊後に漂着
  • 吉田郡山城の戦で尼子久幸が戦死
  • 武田晴信(信玄)が父の武田信虎を駿河国に追放する
  • 北条氏綱没、北条氏康が家督を継ぐ
亡くなった人物
  • 北条氏綱
  • 尼子久幸

1542(天文11)

  • 太平寺の戦
  • 月山富田城の戦(第一次)
  • 小豆坂の戦(第一次)
  • 大桑城の戦(斎藤利政(道三)、主人の土岐頼芸を追放)
  • 岡崎城にて徳川家康誕生(幼名 竹千代)誕生
  • 伊賀忍者の頭領、二代目服部半蔵(正成)誕生
  • 山名祐豊、生野銀山の本格採掘を開始
  • 天文の乱
  • 武田晴信、諏訪頼継を破り諏訪平定
亡くなった人物
  • 浅井亮政
  • 諏訪頼重
  • 長尾為景

1543(天文12)

  • 鉄砲伝来(ポルトガル人が種子島で鉄砲を伝える)
論点
  • 1989年一橋:近代以前の日本は、東アジア社会の一員として、他の地域と相互に影響を及ぼしあいながら、歴史を展開させてきました。次に掲げた年には、日本の対外関係史上重要な出来事が起きています。そのそれぞれについて、内外の歴史的背景と日本社会への影響を含めて説明が求められました。(1)607年、(2)894年、(3)1401年、(4)1543年

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

亡くなった人物
  • 水野忠政

1544(天文13)

  • 美濃にて竹中重治(竹中半兵衛)誕生

1545(天文14)

  • 近江にて浅井長政 誕生

1546(天文15)

  • 河越夜戦で勝利した北条家が武蔵国を平定、上杉朝定が死去
  • 尾張にて山内一豊 誕生
  • 姫路城にて黒田官兵衛義高(晩年〜如水)誕生
亡くなった人物
  • 上杉朝定

十三代将軍 足利義輝 1547-1565

1547(天文16)

  • 足利義輝(足利義晴の子)が13代目将軍となる
  • 舎利寺の戦
  • 小田井原の戦で笠原清繁が戦死
  • 松平広忠、子の竹千代(徳川家康)を人質として今川義元に送る途中織田信秀に奪われる
  • 田原本宿の戦で戸田康光が戦死
  • 加納口の戦
  • 信濃にて真田昌幸 誕生
  • 武田信玄が甲州法度(民制55条)を定める
亡くなった人物
  • 笠原清繁
  • 戸田康光

1548(天文17)

  • 上田原の戦で村上義清が武田家に勝利(板垣信方、甘利虎泰が死去)
  • 塩尻峠の戦
  • 小豆坂の戦(第二次)で、今川義元が織田信秀に勝利
  • 長尾景虎(上杉謙信)、長尾家を継ぐ
  • 斎藤利政(道三)、娘 帰蝶(濃姫)を織田信長に嫁がせる
  • 三河にて本多忠勝、榊原康政 誕生
亡くなった人物
  • 板垣信方
  • 甘利虎泰

1549(天文18)

  • 松平広忠、暗殺される
  • 松平竹千代(徳川家康)今川氏の人質になる
  • 江口の戦
  • キリスト教伝来(イエズス会の宣教師 フランシスコ・ザビエルが薩摩に上陸)
  • 織田信長が斉藤道三の娘である濃姫と婚姻する
亡くなった人物
  • 松平広忠
  • 大石定久

1550(天文19)

  • 二階崩れの変(大友義鑑が死去)
  • 戸石崩れ(横田高松が死去)
  • ザビエルが山口・京都で布教を行う
  • 三好長慶が入京し、将軍・足利義輝が近江に逃げる
亡くなった人物
  • 大友義鑑
  • 横田高松

1551(天文20)

  • 織田信秀が死去し、織田信長が家督を相続
  • 大寧寺の変(陶晴賢が主君・大内義隆を殺害する)
  • 勘合貿易の廃絶
亡くなった人物
  • 織田信秀
  • 遊佐長教
  • 大内義隆
  • 相良武任

1552(天文21)

  • 赤塚の戦
  • 北条氏康、関東管領上杉憲政を追放し、関東を支配下に
  • 上杉憲政が長尾景虎(謙信)を頼る
  • 六角定頼が死去し、六角(義賢)承禎が家督を継ぐ
亡くなった人物
  • 高遠頼継
  • 六角定頼

1553(天文22)

  • 毛利輝元誕生
  • 平手政秀、織田信長を諫めて自害
  • 川中島の戦(第一次)
  • 葛尾城攻め(武田晴信(信玄)、村上義清を越後へ追う)
  • 三好長慶、畿内を平定
亡くなった人物
  • 平手政秀
  • 長尾晴景

1554(天文23)

  • 武田信玄・北条氏康・今川義元が甲相駿三国同盟を結ぶ
  • 門司城の戦(第一次)
  • 新宮党の変(尼子国久が死去)
  • 木下藤吉郎(豊臣秀吉)、織田信長に仕える
亡くなった人物
  • 尼子国久

1555(弘治1)

  • 織田信長、守護代織田信友を自害させ清洲城に入る
  • 川中島の戦い
  • 厳島の戦(陶晴賢が死去)毛利元就(5千)と陶晴賢(3万)の戦い、毛利元就の謀略で勝利、毛利元就はほぼ中国地方を支配に治めるようになる
  • 倭寇が南京安定門を焼く(後期倭寇が盛ん)
亡くなった人物
  • 織田信友
  • 朝倉宗滴
  • 太原雪斎
  • 諏訪御料人

1556(弘治2)

  • 長良川の戦(斎藤道三が死去)
  • 稲生の戦(林美作が死去)
亡くなった人物
  • 斎藤道三
  • 林美作

1557(弘治3)

  • 門司城の戦(第二次)
  • 勝山城の戦(大内義長、毛利元就に攻められ、長門勝山城にて自決)
  • 正親町天皇即位
  • 織田信長、弟の織田信行を殺害
  • 毛利元就、毛利隆元・吉川元春・小早川隆景に一心協力を訓戒「三本の矢」の逸話となる
亡くなった人物
  • 後奈良天皇
  • 大内義長
  • 志道広良
  • 織田信行

1558(永禄1)

  • 浮野の戦

1559(永禄2)

  • 秋月種実、旧領を回復
  • 岩倉城の戦
  • 合勢川の戦
  • 武田晴信、信玄を名乗る
  • 門司城の戦(第三次)
  • 北条氏政、家督を継ぐ
  • 駿河にて松平信康(幼名 竹千代、正室 織田信長の娘 五徳)誕生
  • 織田信長、上洛、足利義輝に謁見、尾張統一宣言
  • 狩野派確立
亡くなった人物
  • 結城政勝
  • 阿蘇惟豊
  • 狩野元信

1560(永禄3)

  • 桶狭間の戦(織田信長5千と今川義元2万5千の戦い、織田信長は奇襲で今川義元を討ち取る)
  • 徳川家康が今川氏から独立
  • 野良田の戦
  • 武田信玄、甲相駿三国同盟を破棄し駿河国へ侵攻
  • 越後にて直江兼続誕生
  • 近江にて石田三成 誕生
亡くなった人物
  • 今川義元
  • 足利晴氏
  • 山口教継

1561(永禄4)

  • 小田原城攻め(上杉謙信)
  • 長尾景虎(上杉謙信)、上杉憲政から関東管領職を継ぐ
  • 斎藤義龍が死去し、斎藤龍興が家督を相続ぐ
  • 門司城の戦(第四次)
  • 川中島の戦(第四次)(武田信繁、諸角昌清、山本勘助が死去)
  • 将軍地蔵山の戦
  • 遠江にて井伊直政 誕生
亡くなった人物
  • 尼子晴久
  • 十河一存
  • 斎藤義龍
  • 武田信繁
  • 諸角昌清
  • 山本勘助
  • 長野業正

1562(永禄5)

  • 織田信長と松平(徳川)家康による清洲同盟成立
  • 久米田の戦
  • 教興寺の戦
  • 川原御所の変
  • 毛利元就、出雲侵攻開始
亡くなった人物
  • 鵜殿長照
  • 岐秀元伯
  • 関口親永

1563(永禄6)

  • 朝倉城の戦
  • 松平元康、家康に改名
  • 善通寺合戦
  • 山城にて細川忠興誕生
  • 織田信長、小牧山城を居城とする
  • 上泉伊勢守信綱(剣豪)が諸国遍歴の旅に出る
亡くなった人物
  • 三好義興
  • 毛利隆元

1564(永禄7)

  • 国府台合戦(第二次)
  • 松平家康、三河の一向一揆平定
  • 竹中半兵衛、稲葉山城をのっとるが斎藤龍興に返却
  • 上泉伊勢守信綱丸目蔵人佐長恵が将軍・足利義輝の前で剣術披露
亡くなった人物
  • 原虎胤
  • 安宅冬康
  • 宇佐美定満
  • 三好長慶
  • 長尾政景
  • 遠山綱景

1565(永禄8)

  • 永禄の変(三好三人衆(三好長逸、三好政康、岩成友通)・松永久秀が足利義輝を殺害する)
  • 義信事件で、武田義信が廃嫡
  • 松平久秀が天主堂を壊し宣教師を京都から追放する
  • 織田信長が武田信玄と同盟を結ぶ
  • 中濃攻略戦(織田信長が美濃の一部を攻略)
  • 毛利元就、出雲 月山富田城を包囲尼子義久、籠城
亡くなった人物
  • 足利義輝
  • 飯富虎昌

1566(永禄9)

  • 箕輪城の戦
  • 永禄九年の政変
  • 毛利元就、月山富田城の戦(第二次)で尼子家に勝利中国10ヶ国を支配下に
  • 家康が徳川氏を称する
亡くなった人物
  • 三村家親
  • 生駒吉乃
  • 肝付兼続

1567(永禄10)

  • 伊達政宗誕生
  • 三船山の戦(太田氏資が死去)
  • 東大寺の戦で、松永久秀が三好三人衆に勝利
  • 義信事件が終結(武田義信が死去)
  • 出羽にて伊達政宗(幼名 梵天丸)誕生
  • 織田信長が美濃を支配する
  • 井ノ口を岐阜に改名する
  • この頃から天下布武の印を使用するようになる
  • 織田信長と浅井長政が同盟を結ぶ
  • 信濃にて真田幸村 誕生
  • 足利義昭が越前の朝倉氏を出、信長を頼る
亡くなった人物
  • 太田氏資
  • 武田義信

十四代将軍 足利義栄 1568

十五代将軍 足利義昭 1568-1588

1568(永禄11)

  • 三好三人衆が足利義栄を14代目将軍とする
  • 織田信長が足利義昭を奉じて上洛を果たし、三好三人衆を四国に追う
  • 信長の上洛戦が始まる
  • 六角(義賢)承禎、織田信長に観音寺城から追われる(箕作城攻め)
  • 足利義昭15代室町将軍に
  • 武田信玄の駿府攻め
  • 観音寺城の戦い(織田信長・浅井長政連合軍が六角氏を駆逐)
  • 播磨にて黒田義高の長男として黒田長政 誕生
  • 西芳寺(苔寺)庭園再建
  • 京都南蛮寺(永禄寺)建立
亡くなった人物
  • 寿桂尼
  • 足利義栄

1569(永禄12)

  • 三好三人衆が本國寺の足利義昭を襲撃(本國寺の変)
  • 織田信長が築いた二条御所に足利義昭が移る
  • 織田信長、ルイス・フロイスに京での居住、キリスト教布教を許可
  • 立花城の戦
  • 掛川城の戦
  • 尼子勝久、大友宗麟の援軍を受けて隠岐で挙兵、出雲奪還
  • 小田原城攻め(武田信玄)
  • 三増峠の戦
  • 大河内城の戦
  • 上杉謙信と北条氏政が同盟を結ぶ
  • 織田信長が伊勢(三重県付近)を支配する
  • 足利義昭は織田信長と対立して幾度となく信長包囲網を形成するが全て失敗に終わる
亡くなった人物
  • 黄梅院
  • 桂元澄

1570(永禄13)

1570(元亀1)

  • 織田信長、足利義昭に殿中御掟で諫め対立
  • 金ヶ崎の戦い
  • 長光寺城の戦
  • 姉川の戦(織田信長、家康と共に浅井長政・朝倉義景軍を破る)
  • 今山の戦
  • 宇佐山の戦(森可成が死去)
  • 志賀の陣
  • 石山合戦(本願寺顕如、織田信長に敵対)
  • 織田信長、浅井長政・朝倉義景と一旦和睦
  • 伊勢長島で一向一揆が起こる
  • 遠江にて徳川秀忠誕生
  • 屋裏の変
  • 石山合戦(本願寺と織田信長の戦い講和)
  • 長島一向一揆(本願寺と織田信長の戦い)
  • 湊騒動
  • 野田・福島の戦
  • 厳島神社本殿建立
亡くなった人物
  • 赤松政秀
  • 森可成
小説

伊勢長島の一向一揆を扱った小説です。

1571(元亀2)

  • 伊勢長島攻め(第一次)
  • 大仏ヶ鼻城の戦(石川高信が死去)
  • 織田信長、比叡山延暦寺の焼き討ち
  • 大和にて柳生宗矩 誕生
亡くなった人物
  • 吉弘鑑理
  • 氏家ト全
  • 毛利元就
  • 北条氏康
  • 和田惟政
  • 塚原卜伝(剣豪)
  • 石川高信

1572(元亀3)

  • 木崎原の戦
  • 岩村城の戦
  • 三方ヶ原の戦い(武田信玄、織田・家康軍に大勝)
亡くなった人物
  • 遠山景任

1573(元亀4)

亡くなった人物
  • 村上義清

織豊時代(安土桃山時代) 1573-1603

織田政権 1573-1582

1573(天正1)

  • 武田信玄が病死、武田勝頼が家督を継ぐ
  • 桜城の戦(篠原長房が死去)
  • 織田信長、足利義昭を京都から追放し、室町幕府滅亡
  • 一乗谷城の戦い (織田信長と朝倉義景の戦い朝倉氏の滅亡)
  • 小谷城の戦(浅井久政、浅井長政が死去)
  • 伊勢長島攻め(第二次)
亡くなった人物
  • 武田信玄
  • 浅井久政
  • 浅井長政
  • 篠原長房

1574(天正2)

  • 越前一向一揆が起こる
  • 岩村城の戦
  • 高天神城の戦(第一次)
  • 伊勢長島攻め(第三次)伊勢長島一向一揆を制圧
亡くなった人物
  • 前波吉継
  • 武田信虎
  • 佐野昌綱
  • 朝倉景鏡
  • 真田幸隆
  • 里見義堯
  • 三淵藤英
  • 伊丹親興

1575(天正3)

  • 長篠の戦い(織田信長、松平家康と共に武田勝頼を破る、内藤昌豊、馬場信春、山県昌景、真田昌輝、真田信綱らが戦死)
  • 高屋城の戦
  • 岩村城の戦
  • 四万十川の戦い
  • 越前一向一揆が織田信長に鎮圧される(下間頼照が死去)
  • 羽柴秀吉、長浜城を築城し居城に
  • 織田信忠、家督を相続
  • 織田信忠、岩村城を攻略(秋山信友が死去)
  • 狩野秀頼の高雄観桜図屏風
亡くなった人物
  • 内藤昌豊
  • 馬場信春
  • 山県昌景
  • 真田昌輝
  • 真田信綱
  • 下間頼照
  • 秋山信友
  • 臼杵鑑速
  • 鳥居強右衛門
  • 土屋昌続
  • 柿崎景家
  • 水野信元

1576(天正4)

  • 黒井城の戦(第一次)
  • 織田信長、安土城築城開始
  • 織田信長、内大臣になる
  • 富山城の戦
  • 天王寺砦の戦(原田直政が死去)
  • 木津川の戦(第一次)
  • 七尾城の戦(第一次)
  • 北畠具教、織田信長勢に攻め討たれる
  • 妙喜庵数寄屋建立
亡くなった人物
  • 原田直政
  • 北畠具教
  • 赤松義祐
  • 正木時忠
  • 畠山高政

1577(天正5 )

  • 雑賀攻め(第一次、第二次)
  • 天神山城の戦
  • 織田信長、安土城下に楽市令公布
  • 七尾城の戦(第二次)上杉謙信、能登国を攻略
  • 手取川の戦
  • 羽柴秀吉、中国の毛利攻めを開始
  • 黒井城の戦(第二次)
  • 信貴山城の戦(松永久秀、織田信忠に信貴山城を包囲され、信長が欲していた平蜘蛛茶釜を体に括り付けて爆死 、松永久通が死去)
  • 伊東崩れ(伊東義祐が島津家の侵攻により日向国から追われる)
  • 羽柴秀吉、播磨上月城攻略
  • 黒田孝高(官兵衛)、居城の姫路城を秀吉に献上
亡くなった人物
  • 松永久秀
  • 松永久通
  • 伊達晴宗
  • 赤松政範
  • 直江景綱

1578(天正6)

  • 上杉謙信病没し、御館の乱(上杉景虎、上杉景勝に追われ自害)
  • 三木城兵糧攻め(別所長治が織田家から毛利家に寝返る)
  • 上月城の戦で、尼子勝久が吉川元春に攻められ自害
  • 山中鹿之介、吉川元春に殺害される
  • 浪岡城の戦
  • 月岡野の戦
  • 有岡城の戦(荒木村重が織田信長に謀反)
  • 耳川の戦
  • 織田水軍、九鬼嘉隆に建造させた鉄板張の船で毛利水軍を破る
  • 木津川の戦(第二次)
亡くなった人物
  • 上杉謙信
  • 上杉景虎
  • 尼子勝久
  • 山中鹿之介
  • 赤井直正
  • 高坂昌信
  • 里見義弘
  • 由良成繁

1579(天正7)

  • 安土城の天守が完成
  • 明智光秀、波多野秀治の八上城を攻め落とす
  • 松平家康、織田信長の命を受け嫡男・松平信康を自刃させ、正妻・築山殿を殺害させる
  • 天正伊賀の乱(第一次)
  • 宇喜多直家、毛利家から織田家に寝返る
  • 有岡城の戦(荒木村重が有岡城から逃亡し開城)
亡くなった人物
  • 松平信康
  • 築山殿
  • 千葉胤富
  • 竹中半兵衛
  • 一色義道
  • 高橋鑑種

1580(天正8)

  • 三木城兵糧攻めで、別所家滅亡(別所長治が死去)
  • 本願寺の顕如、朝廷の斡旋により織田信長と和睦
  • イギリス商船、平戸に来航
  • 正木憲時の乱
亡くなった人物
  • 別所長治
  • 山名祐豊
  • 蘆名盛氏
  • 林通勝

1581(天正9)

  • 徳川家康が高天神城を攻略(高天神城の戦(第二次))
  • 織田信長の京都御馬揃え
  • 龍造寺隆信、九州の北五州を制覇(蒲池鎮漣が死去)
  • 新発田重家の乱
  • 柴田勝家、能登国を平定
  • 天正伊賀の乱(第二次)
  • 鳥取城兵糧攻め(吉川経家が死去)
  • 羽柴秀吉、淡路国を平定
  • 宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーニ、織田信長に謁見
亡くなった人物
  • 蒲池鎮漣
  • 岡部元信
  • 河田長親
  • 遊佐続光
  • 二階堂盛義
  • 太田康資

1582(天正10)

  • 柴田勝家、加賀一向一揆を鎮圧
  • 織田信忠、信濃に進攻、武田軍総崩れとなり、天目山の戦で武田勝頼自決
  • 本能寺の変(織田信長自刃、明智軍が二条城も攻め、織田信忠自刃、森坊丸・森蘭丸・森力丸戦死 )
  • 高松城主 清水宗治、秀吉軍の水攻めに降伏、兵達の命と引き替えに自刃
  • 羽柴秀吉、小早川隆景の助言を受けた毛利輝元と講和
  • 羽柴秀吉、備中高松より「中国大返し」、姫路城に入り、軍備を整え、明智光秀討伐へ出陣
  • 山崎の戦(羽柴秀吉対明智光秀、明智光秀が死去、明智秀満が死去、斎藤利三が死去)
  • 清洲会議
  • 羽柴秀吉、大徳寺で信長の葬儀を開催
  • 天正壬午の乱
  • 魚津城の戦
  • 雑賀攻め(第三次)
  • 神流川の戦
  • 中富川の戦
  • 北方合戦
  • 大友宗麟、大村純忠、有馬晴信が少年使節団をローマ法王のもとに派遣(天正遣欧使節)
  • 河尻秀隆、一揆勢に討たれる
亡くなった人物
  • 織田信長
  • 武田勝頼
  • 清水宗治
  • 明智光秀
  • 明智秀満
  • 斎藤利三
  • 宇喜多直家
  • 佐久間信盛
  • 南部晴政
  • 桂林院
  • 仁科信盛
  • 長坂長閑斎
  • 快川紹喜
  • 阿閉貞征
  • 安藤守就
  • 河尻秀隆
  • 穴山梅雪
  • 竹中重矩
  • 津田信澄
  • 春日信達
  • 井伊直虎
  • 一色義定
  • 上田朝直
  • 土岐頼芸

豊臣政権 1583-1603

1583(天正11)

  • 賤ヶ岳の戦
  • 北ノ庄城落城(柴田勝家が死去、お市の方が死去)
  • 柴田勝家に味方した織田信孝が秀吉に命じられ自害
  • 羽柴秀吉、大坂城を修築
  • 長宗我部元親、四国統一
亡くなった人物
  • 柴田勝家
  • お市の方
  • 織田信孝
  • 依田信蕃
  • 小笠原長時
  • 足利義氏
  • 中川清秀
  • 佐久間盛政

1584(天正12)

  • 小牧・長久手の戦
  • 岡崎への中入り途上、羽柴勢が敗北
  • 沖田畷の戦(龍造寺隆信が死去)
  • 末森城の戦
  • 於義丸(羽柴秀康)が羽柴秀吉の養子に
  • 美作にて宮本武蔵 誕生
亡くなった人物
  • 龍造寺隆信
  • 蒲生賢秀
  • 森長可
  • 池田元助
  • 池田恒興
  • 筒井順慶
  • 蘆名盛隆

1585(天正13)

  • 羽柴秀吉、石山本願寺跡に大坂城を築城し居城とする
  • 羽柴秀吉の太田城水攻め
  • 羽柴秀吉、関白になる
  • 羽柴秀吉の越中攻め
  • 羽柴秀吉の四国攻め
  • 金森長近、姉小路頼綱を攻め勝利(富山の役)
  • 粟之巣の変(高田原の変)(伊達輝宗が死去)
  • 伊達政宗の小手森城の撫で斬り
  • 人取橋の戦(鬼庭左月斎が死去)
  • 石川数正、徳川家を出奔し羽柴秀吉を頼る
  • 長宗我部元親、伊予国を攻略し四国を平定
  • 天正大地震
亡くなった人物
  • 伊達輝宗
  • 鬼庭左月斎
  • 立花道雪
  • 畠山義継
  • 丹羽長秀
  • 一条兼定
  • 羽柴秀勝
  • 伊東義祐

1586(天正14)

  • 沼尻の戦
  • 羽柴秀吉、妹の旭姫を徳川家康に嫁がせる
  • 正親町天皇、皇孫の誠仁親王に譲位
  • 後陽成天皇即位
  • 戸次川の戦(十河存保が死去)
  • 岩屋城の戦(高橋紹運が死去)
亡くなった人物
  • 十河存保
  • 高橋紹運
  • 荒木村重
  • 蜂須賀正勝
  • 北条綱成
  • 滝川一益
  • 田村清顕
  • 吉川元春

1587(天正15)

  • 羽柴秀吉、太政大臣に任命され、「豊臣」の姓を賜る
  • 豊臣秀吉、九州攻めを開始
  • 豊臣秀吉、バテレン追放令を出す
  • 豊臣秀吉、聚楽第を築造
  • 豊臣秀吉、北野大茶会を開催
論点
  • 2019年北大:「太閤様」によるキリスト教禁止の主たる目的が、キリスト教から日本の主権を守ることにあったと解釈できる理由について問われました。
  • 2017年阪大:天正15(1587)年、豊臣秀吉はバレテン(宣教師)追放令を出しました。秀吉が追放令を発した理由と、この追放令の効果について問われました。
  • 2000年京大:16世紀半ばに伝えられたキリスト教は宣教師たちの布教活動により西日本を中心に広まりましたが、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康はキリスト教宣教師たちの活動に対してどのような対応をしたかを、その意図を含めて問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

亡くなった人物
  • 姉小路頼綱
  • 大村純忠
  • 大友宗麟
  • 島津家久
  • 河野通直
  • 安東愛季
  • 新発田重家
  • 吉川元長

1588(天正16)

  • 豊臣秀吉、淀城の築城を開始
  • 豊臣秀吉、海賊禁止令を出す
  • 豊臣秀吉、刀狩令を発布
  • 聚楽第建立
  • 後陽成天皇、豊臣秀吉の招きで聚楽第に行幸
  • 神生の乱
  • 大崎合戦
亡くなった人物
  • 吉見正頼
  • 隈部親永
  • 佐々成政
  • 稲葉一鉄
  • 一萬田鑑実

1589(天正17)

  • 上杉景勝、佐渡国を平定
  • 摺上原の戦
  • 豊臣鶴松誕生
亡くなった人物
  • 雑賀孫市
  • 西郷局
  • 本間高統
  • 蜂屋頼隆
  • 北条幻庵

1590(天正18)

  • 豊臣秀吉、小田原城を攻め、北条氏直が降伏、天下統一を果たす
  • 徳川家康、関東八州に移封され、江戸城に入る
  • 奥州仕置
  • 葛西・大崎一揆
論点
  • 2009年東大:豊臣秀吉が戦乱の世をしずめ、全国統一を実現しましたが、秀吉は、戦乱の原因をどのようにとらえ、その解決のためにどのような方針でのぞんだか、また、自身の命令を正当化するために、どのような地位と論理を用いたか、全国統一には、鎌倉幕府以来の武士社会における結合の原理に基づく面がありますが、秀吉はどのようにして諸大名を従えたかが問われました。

日本史論述問題の論点(室町時代・安土桃山時代)

亡くなった人物
  • 一柳直末
  • 堀秀政
  • 松田憲秀
  • 岩城常隆
  • 大道寺政繁
  • 北条氏照
  • 北条氏政
  • 狩野永徳

1591(天正19)

  • 豊臣秀吉太閤となり、豊臣秀次を関白とする
  • 長谷川等伯の智積院襖絵
  • 九戸政実の乱
亡くなった人物
  • 豊臣秀長
  • 千利休
  • 津田宗及
  • 清水康英
  • 豊臣鶴松
  • 九戸政実
  • 太田資正
  • 北条氏直
  • 小幡信貞

1592(文禄1)

  • 文禄の役(朝鮮出兵)
  • 豊臣秀吉、朱印船制度を定める
亡くなった人物
  • 石川数正
  • 大政所
  • 小西隆佐
  • 乃美宗勝
  • 豊臣秀勝
  • 顕如

1593(文禄2 )

  • 豊臣秀頼誕生
亡くなった人物
  • 北条氏忠
  • 熊谷信直
  • 加藤光泰
  • 今井宗久
  • 福原貞俊
  • 保科正俊
  • 畠山義綱

1594(文禄3)

  • 豊臣秀吉が伏見城へ移る
  • 松本城建立
  • 南禅寺方丈建立
亡くなった人物
  • 大久保忠世

1595(文禄4)

  • 秀次事件(豊臣秀次が死去)
  • 蒲生氏郷の死去により、蒲生騒動が起きる
亡くなった人物
  • 豊臣秀次
  • 蒲生氏郷
  • 木曾義昌
  • 豊臣秀保
  • 前野将右衛門
  • 服部小平太

1596(文禄5 /慶長1)

  • 豊臣秀吉が明使節と対面するも和平ならず
  • 文禄の大地震
亡くなった人物
  • 秋月種実
  • 酒井忠次
  • 服部半蔵
  • 本多作佐衛門

1597(慶長2)

  • 慶長の役(第二次朝鮮出兵)
  • 豊臣秀吉、醍醐で花見の茶会を催す
亡くなった人物
  • 小早川隆景
  • 矢沢頼綱
  • 足利義昭
  • 北条氏邦
  • 来島通総
  • 葛西晴信

1598(慶長3)

  • 豊臣秀吉が醍醐に花見
  • 豊臣秀吉病没、豊臣秀頼が後継に
  • 朝鮮からの撤退完了
  • 醍醐寺三宝院表書院、庭園完成
亡くなった人物
  • 豊臣秀吉
  • 六角承禎
  • 江戸重通

1599(慶長4)

  • 石田三成、七将に襲われたことから蟄居する
  • 庄内の乱(伊集院忠棟の斬殺による島津氏と伊集院氏の争乱)
  • 宇喜多騒動
  • 園城寺金堂建立
亡くなった人物
  • 前田利家
  • 宮部継潤
  • 松浦隆信
  • 長宗我部元親
  • 黒川晴氏
  • 南部信直
  • 白石宗実
  • 富田一白

1600(慶長5)

  • 直江状(直江兼続が西笑承兌に送った書簡)
  • 徳川家康、上杉景勝討伐のため大坂を発ち、江戸城に入った後、会津に向けて出兵
  • 小山会議
  • 石田三成、毛利輝元を総大将として挙兵
  • 石田三成軍、伏見城に総攻撃をし陥落させる(鳥居元忠戦死)
  • 徳川家康、江戸城を発ち、関ヶ原に着陣
  • 関ヶ原の戦(大谷吉継戦死、島左近戦死)
  • 石垣原の戦
  • 長谷堂城の戦
  • 佐賀関の戦い(田原紹忍が死去)
  • 田城の戦い(九鬼嘉隆が死去)
  • 第二次上田城の戦
  • 石田三成、小西行長、安国寺恵瓊らが六条河原で斬首
亡くなった人物
  • 石田正澄
  • 長寿院盛淳
  • 島津豊久
  • 石田三成
  • 小西行長
  • 安国寺恵瓊
  • 長束正家
  • 北条氏規
  • 中村一氏
  • 香川之景
  • 細川ガラシャ
なぜ上杉家は徳川を追わなかったか?

上杉征伐の軍が東進して、上杉家と対決する所で石田三成挙兵の報があり、徳川軍は西にとんぼ返りすることになる。この時何故上杉家は追わなかったのか?

この時追っていれば、徳川幕府の成立もなく、もしかしたら戦乱の時代がもう少し長引いたかもしれない。そうした「もし」というのはよく語られる。

だが、こうしたことは歴史の結果を知っている後世の見方である。

直江兼続は徳川を追うのを強く上杉景勝に進言したが、景勝がこれを退けたとされ、これは上杉の「義」に反するからと語られることがある。

だが、この時は徳川を追う理由が全くなかった。つまり上杉家はごくごく真っ当な作戦を採っていたのである。

陥りやすい間違いというのは、関ヶ原の戦いがたった一日で決着するというのを前提としてしまうことである。

だが、冷静に考えれば、関ヶ原の戦いでの東西の軍勢は史上最大規模であり、たった一日で決着が付くと考える方がおかしい。まして、事実上の総大将である石田三成が討ち取られるなどという事態が想定できるはずがない。

関ヶ原の戦い規模であれば、まずにらみ合いで数ヶ月過ぎてもおかしくないし、戦闘が始まっても、数週間から数ヶ月かかると見るのが妥当である。

敗北をするにしても、それぞれの本拠地に戻って籠城などして挽回の機会を図るだろう。

1601(慶長6)

亡くなった人物
  • 毛利秀包
  • 相馬盛胤
  • 小田氏治

1602(慶長7)

亡くなった人物
  • 井伊直政
  • 里村紹巴
  • 前田玄以
  • 日根野弘就
  • 於大の方
  • 小早川秀秋
  • 立花誾千代
  • 勧修寺晴豊

1603(慶長8)

  • 徳川家康、征夷大将軍となり江戸に幕府を開く
亡くなった人物
  • 生駒親正
  • 小山秀綱
その他の時代
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