宮本昌孝の「風魔」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

文字通り、風魔小太郎を主人公とした小説。豊臣秀吉の時代から、徳川幕府開幕時期までが物語の時代である。

この時期の社会風俗については史料が少なく、よく分かっていないことが多いようで、小説でも扱っているものが少ない。

おそらくだが、時代が急激に変化した時期のため、それこそ数年ごとに色んな社会風俗が生まれては消えといった状況だったのではないだろうか。

さて、風魔小太郎とは北条家に代々仕えた忍者衆の頭目の名である。この中で、最も有名なのが本作の主人公となっている、五代目風魔小太郎である。

背丈は七尺二寸あったともいわれ、口は耳まで裂け、牙をむき、といった異相であったという。

北条家の滅亡後は、風魔一党は江戸近辺を荒らし回る盗賊になり、一六〇三年に処刑されたとされる。

この小説は江戸開幕時期の有名人を取り込んでいる点に面白みがある。

まずは「三甚内」。江戸の遊郭を仕切った庄司甚内、古着市を仕切った鳶沢甚内、忍者の神崎甚内(高坂甚内ともいう)。本来なら、接点のない人物を上手い具合に接点を持たせているのがミソである。

そして、真田家の忍びである唐沢玄蕃。「飛び六法」と称され、真田昌幸に仕えたのち、真田信之に従ったという。

湛光風車についても、忍者としての言い伝えがある。

面白いのは、曽呂利新左衛門の設定だ。

豊臣秀吉に御伽衆として仕えた人物で、落語家の始祖とも言われている。

堺で刀の鞘を作っており、つくる鞘に刀がそろりと合うのでこの名がついたといわれている。

いわば文化人的な側面が全面的に伝えられている人物だが、一方で忍者として伝えられている部分もあるようで、本書はその説を採っている。

北条家にゆかりのある人物として、足利氏姫を登場させているのも面白い。

この小説で描く風魔小太郎は、言い伝えとはかなりイメージの異なる人物像である。

描かれている小太郎像とは次の文に書かれているとおりである。

『風魔の小太郎とは、この武士の世で、戦闘者として恐るべき能力をもちながら、自由に生きたいと願い、実際にそうしているという、信じがたいほど稀有な存在なのである。(略)
そんな孤高の存在に、為政者側が抱くのは怒りと不安である。不安はやがて強い恐怖となり、屈服を拒むなら、殺すしかないという結論に達する。』

本書のように、伝承に登場する忍者たちを上手く組み合わせて、物語を創っていくというのは、新しい試みのように思われる。

伝承には結末やら、事績などがついてまわるわけで、それを上手く処理しながら、組み立てていくと、よりリアリティのある物語になると思う。

架空の人物を登場させてしまった方が早いのは分かるが、そこをできるだけ我慢して登場させないことによって、新たな時代小説の可能性が見えるのではないかと思う。

かつて、こうした試みをして惜しまれた亡くなった作家が数名いた。この系譜を蘇らせることができたら、それは時代小説にとって大きな財産となるだろう。

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内容/あらすじ/ネタバレ

少年と龍姫が風穴の入り口にいた。少年は魁夷と言うほかはない。異相でもある。南蛮人と見紛うばかりである。少年は小太郎という。一党の人々は小太郎を風神の子と呼ぶ…。

箱根の尾根道を三人の山伏がやってきた。修行ではなさそうだ。その三人が小太郎を風間入道峨妙の倅と知って襲ってきた。三人は湛光風車の配下であった。

この後、二人のところに駆けつけてきたのが庄司甚内であった。甚内は龍姫の守り役だ。そして甚内は古河公方が亡くなったことを告げた。

龍姫の顔に不安が出ていた。小太郎にはどうしようもない。古河公方の息女の処遇は関東の覇者・北条氏の決めることであった。

北条氏綱の息女を母とし、氏康の息女を正室とする五代古河公方足利義氏はもはや北条一族であった。この義氏の逝去は、本能寺の変から七カ月余り後の天正十一年(一五八三)一月二十一日のことであった。

家督を継ぐ者がおらず、血が絶えたのだが、義氏の血を引く者に龍姫がいた。

しょせん、古河公方は飾りものである。なら女公方の方がそれらしい。北条一門の最長老・北条幻庵がそう考えた。それに幻庵は龍姫をかわいがり、後見のような立場であった。

古河への出立の時、小太郎は龍姫に餞別を送った。一匹の猿である。龍姫は「ふうじん」と名付けた。

龍姫は名を氏姫に改めた。女公方の誕生である。

徳川家康が甲斐山中に入ったのは、関白豊臣秀吉の命令だからである。平岩親吉や鳥居元忠を連れていた。後ろでは歩き巫女が五人ほど歩いている。

歩き巫女たちは親吉の配下である。あつさ衆という忍びの者たちだ。

そこに爆発が起きた…。

京の町。風魔一党の頭領風間峨妙が曽呂利新左衛門を訪ねていた。二人が会ったのは、互いに幼いころである。

風魔のような忍びは、諸国の情勢を知るため、あらゆる職能人とつながりを持つ。新左衛門は鞘師の子であった。

それが今は豊臣秀吉直属の忍び集団の首領である。

峨妙が京に来たのは、湛光風車に関係する。湛光風車とは峨妙と長きにわたって敵対が続いている。普化宗の僧であった。一時はこの湛光風車に風魔一党が乗っ取られそうになった。

この湛光風車が徳川家康を襲った。峨妙は風魔の仕業でないことを家康に分かってもらうためには張本人を捕えるしかなかった。

そして、湛光風車に命令を出したのが秀吉方ではないかと考え、新左衛門に会いに来たのだった。

小太郎の従者・鳶沢甚内は六年前、龍姫と一緒にいた小太郎を襲った山伏の生き残りであった。

二人は上州沼田城をめざしている。沼田城代の猪俣能登守邦憲に宛てた書状を託されている。

すでに秀吉によって日本全土に惣無事令が発せられている。書状には決して真田の挑発に乗るなと書かれている。

途中、小太郎は真田の猿飛こと唐沢玄蕃に出会った。

小太郎と鳶沢甚内が出浦対馬守盛清に捕えられ、名胡桃城に連行された日、沼田城を真田方の中山九郎兵衛が訪ねていた。

九郎兵衛は名胡桃城代鈴木主水が沼田城を急襲することを告げた。にわかには信じられない。惣無事令が出ているのだ。

九郎兵衛は主張する。機先を制して名胡桃城を攻めよと。その時には内応しようと言った。

北条方が名胡桃城を攻めてきた。小太郎は名胡桃城にいたが、ここに湛光風車と笹箒が出現した。笹箒は湛光風車を追ってここにやってきたのだ。

北条が名胡桃を襲ったことを知った豊臣秀吉は激怒し、征伐軍を起こす通達を出した。

一方、名胡桃城を北条に奪われた鈴木主水は自害した。名胡桃にいた時に小太郎になついた倅の右近の気持ちを思うと小太郎はいたたまれなかった。

北条氏は主戦派の北条氏政と、非戦派の北条氏直に分かれていた。大軍議が行われ、小太郎も風魔一党の頭領として末席に連なった。

北条の諸将の大半は徳川家康が必ず秀吉から離れると信じていた。これまでの秀吉との敵対関係や、北条との姻戚関係を思ってのことであった。

だが、北条氏邦は徳川は北条を討つ気であると断言した。

結局、北条は籠城することになった。

隻腕の男が徳川家康を襲った。神崎甚内である。下総の神崎生まれの海賊である。武田に仕えていた男であるが、家康を強く憎んでいる。

秀吉の軍勢が北条を攻めてきた。

秀吉は小太郎に懸賞金をかけていた。その小太郎の前に現れたのは甲賀の多羅尾四郎兵衛だった。服部半蔵の配下である。そしてその半蔵も現れた。

この半蔵によって小太郎は捕えられた。

小田原城が囲まれている中、小太郎は土蔵にとらわれていた。

そこに曽呂利新左衛門が現れ、父・峨妙が死んだことを告げた。誰に殺されたのかは分からないという。

次に現れたのが、笹箒である。笹箒は小太郎を助けに来た。それは沼田で助けてもらったことの礼であった。小太郎は笹箒と供に脱出し、従者の鳶沢甚内(鳶甚)と合流した。

鳶甚は小太郎が捕らわれている間に、湛光風車が風魔衆の多くを引き連れて徳川家康に投降したことを告げた。

関東戦乱の中、下総古河城は穏やかなたたずまいを見せている。

氏姫の前には細川幽斎がいる。秀吉は古河公方家に礼を尽くして降伏を勧めたのである。その使者が細川幽斎であった。

夜になって、氏姫は城を抜け出した。小田原をめざすのだ。供はふうじんと庄司甚内だ。

この前に現れたのが、家康を襲って失敗した神崎甚内であった。襲われるところに、七年ぶりに風神の子が立っていた。

北条氏直が降伏した。

古河公方・氏姫は鴻巣の館に居を移した。この氏姫の前に曽呂利新左衛門が現れた。

今回の北条攻めで秀吉は家康の力を弱めようとたくらんでいた。それは家康を関東に移すにあたり、この戦いで北条を家康の手によって真向から激突させて兵力を減らし、同時に恨みを家康に向かせたかったのだ。

秀吉を支える曽呂利新左衛門は、家康が関東で力をつけることを恐れている。そこで家康に恨みを持つ者を暗躍させる必要がある。つまりは北条の残党である。最も適しているのが風魔衆を率いる風間小太郎だった。

天正十九年(一五九一)、氏姫は秀吉の命により、足利国朝との縁組を命ぜられた。国朝は喜連川に与えられた知行地に移ったが、氏姫は依然として鴻巣館に留まった。

鴻巣館には小太郎と風魔衆が帰農者として移り住んでいた。

新たに開かれた江戸ででは鎌切組が取締りを行っていたが、江戸の人々の恐怖の的となっていた。そして、その多くは小太郎から離れていった風魔衆であった。

もう一人、江戸に現れたのは唐沢玄蕃であった。玄蕃は遊女屋にあがった。そこにいたのが笹箒であった。そして主は庄司甚内であった。

遊女屋ほど世の中の情報が集まる場所はなかった。小太郎は江戸に基地をつくったのだった。

徳川家康の影武者が殺された夜、伊賀組の服部半蔵、甲賀組の多羅尾四郎兵衛、鎌切組の湛光風車の三人が集まっていた。徳川の影の軍団の首領たちだ。

庄司甚内こと庄甚は遊女屋の主、そして小太郎の股肱の鳶甚は古着売りになって情報を集めていた。

今集めている情報は、死んだ徳川家康が本人なのか影武者なのかということである。だが、確信が持てるものがない。

家康が影武者であるなら、秀吉は徳川と事を起こす。今事を構えたくないとかが得ている曽呂利新左衛門は、家康は本物だと告げるつもりでいた。

だが、湛光風車は家康が影武者である証拠をつかんだらしい。そのつかんだ証拠を小太郎は直接本人から聞き出した。

曽呂利新左衛門が小太郎に課した任務は、関東で徳川の動静を探り、江戸の発展を妨げることだが、今は京坂こそが修羅場となっている。

服部半蔵が仕掛けた影武者騒ぎ、湛光風車の危険な一人歩き、石田三成の権勢、蒲生氏郷の突然死…。

それゆえ、新左衛門は小太郎にしばらく近くにいるように頼んだ。

豊臣秀次処刑から半年以上がすぎた文禄五年(一五九八)。風魔衆は鴻巣御所周辺で田畑を開き自給自足の生活を送っている。

石田三成の使いがやってきた。そして、三成は唐沢城に天徳寺了伯を訪ねていた。この前に小太郎は曽呂利新左衛門の伝言を受けている。

小太郎の頼みにより、曽呂利新左衛門の様子を見に行く途中の笹箒は梓衆の首領・沙邏に襲われた。

そこに現れたのは唐沢玄蕃であった。

京に上る途中、服部半蔵が倅の正就によって殺された。

鎌切組の屋敷では湛光風車と神甚こと神崎甚内、多羅尾四郎兵衛が満面に笑みを崩していた。

だが、半蔵のあとを継いだのは柳生又右衛門宗矩であった。

慶長三年(一五九八)。江戸城で徳川家康は本多正信、柳生又右衛門と密談を交わした。朝鮮陣はいつ果てるとも知れない状況である。

この朝鮮陣を終わらせるために柳生又右衛門は手を打っていた。

秀忠は鷹狩りを称して女のところに向かった。江与は徳川秀忠に女がいることを知っており、嫉妬の炎が燃え盛っていた。

女の警護をしているのが岡三右衛門である。本当の名を岩間小熊という。

ここを訪れた秀忠を襲撃してきた者がいた。そして、一方で江与も刺客を送り込んでいた。

襲撃の中で現れた湛光風車は秀忠暗殺に失敗すれば曽呂利新左衛門は切腹すると小太郎に告げた。小太郎はすぐに京に向かった。

豊臣秀吉が死んだ。

柳生又右衛門は曲直瀬道三の医術に高い評価を下した。

二年後の慶長五年(一六〇〇)。

秀吉が没して徳川を探るという風魔の役目も終わった。庄甚の遊女屋も不要であったが、この方面に抜群の才覚があったため、さらに大きくすることにした。そのために家康に近づいた。首尾は上々だった。

この年、関ヶ原合戦が起きた。

家康にとって関東の中で障害となるのが、佐竹氏と古河の氏姫と風魔衆だった。そのため懐柔の使者を立てた。

この頃、小太郎は笹箒と所帯を持って暮らしていた。そこに柳生又右衛門の股肱・神戸厳心が来た。そして武州の屋敷を襲っただろうと詰問した。

そんなことはしていなかったが、厳心が訪ねてきたのは、一両日中に徳川の忍び衆が風魔討伐軍を送ってくることを知らせるためであった。

小太郎は紅雲斎に命じて古河を引き払わせた。

小太郎は徳川家康に直接会いに向かった。そして、風魔衆が徳川に敵対する心はないと告げた。

小太郎は偽物の風魔の悪風を退散させていたころ、甲賀組頭領の山岡道阿弥が鎌切組に小太郎と風魔衆を見つけてくるように命じた。風魔で風魔を闘わせるつもりだ。

古河を出奔して以来、風魔衆の行方が分からなくなっていた。甲賀組が鎌切組の道案内で箱根に風魔狩りを行ったが、徒労に終わった。

風魔衆は小太郎を除いて庄甚の遊女屋、もしくは鳶甚の下で商売を手伝っていた。小太郎は陽動策としてひとり山野に起臥している。

小太郎は家康を襲い、告げた。風魔を騙る兇賊は二度と現れない。頭目の唐沢玄蕃は小太郎が足を折ったから二度と起てない。それでも風魔狩りを止めぬなら、本物の風魔が江戸を襲う。

去った小太郎を見て、家康はやはり殺さねばなるまいと呟いた。

征夷大将軍の内旨を奉受した家康はその足で大坂に向かった。孫の千姫と豊臣秀頼の縁組も決まっている。

その秀頼が家康に「こたろう」を所望じゃ、といった。風魔の小太郎と遊びたいという。家康の顔は凍りついた。

鎌切組に隻腕の神崎甚内と、足を折られた唐沢玄蕃が現れた。

二人は、風魔衆の仕業に見せかけ、江戸で押し込み強盗を働いた。

征夷大将軍となり幕府を開いた徳川家康は氏姫を登城させることにした。それは古河公方が平伏して祝詞をのべれば、家康を真の武門の棟梁であることを認めることになるからだった。

そのために、柳生又右衛門が京から江戸へ向かうことにした。又右衛門はそうそうたる柳生一門を引き連れていた。ところが、箱根で風魔衆に襲われ、多くの門弟を失う。

風魔は、顔の半面の額際から耳下へかけて斜めに、目の周りを真っ白に塗っている。脛巾と足袋も左右で白黒にしている。これが風魔の正式な軍装「うらかん」である。

正装で挑んできたのは、風魔の決意の表れであった。それは柳生一門の殲滅である。

柳生又右衛門以下五名にまでなった柳生一門の前に小太郎が立ちはだかった。小太郎も「うらかん」の軍装だ。

又右衛門はなぜ風魔がここまでの覚悟をして襲ってきているのかが解せなかった。そしてようやく、笹箒がかどわかされたことを知った。これには柳生は一切絡んでいない。

だが、小太郎は柳生の仕業と決めつけている。実は笹箒をかどわかしたのは神甚の発案だった。

氏姫が江戸城に登城する日がきた。小太郎は氏姫に一緒に着いていくつもりでいたが、ぴしりとはねつけられてしまう。茫然とした小太郎は、いったい姫はどうしたのだと思う。氏姫にはある覚悟があったのだ。

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本書について

宮本昌孝
風魔(上)
祥伝社文庫 約四四五頁

目次

第一章 風神の子
第二章 風雲、急
第三章 上方颪
第四章 悍馬の風
第五章 江戸の風波
第六章 難波の風狂
第七章 東西颭颭
第八章 笹を散らす風
第九章 陰の風、起つ
第十章 飄風、熄む
第十一章 強東風
第十二章 悪風
第十三章 晨風
第十四章 風魔ヶ時
第十五章 野分
第十六章 しなとの風

登場人物

風間小太郎
鳶沢甚内(鳶甚)
氏姫(龍姫)
ふうじん…猿
庄司甚内
簗水局
風間入道峨妙…小太郎の父
湛光風車
北条氏政
北条氏直
北条氏邦
北条氏規
松田憲秀
北条幻庵
猪俣能登守邦憲
中山九郎兵衛
徳川家康
村越茂助
平岩親吉
鳥居元忠
笹箒…あつさ衆
曽呂利新左衛門
唐沢玄蕃
鈴木主水
鈴木右近…主水の子
神崎甚内
多羅尾四郎兵衛…甲賀の忍び
服部半蔵
細川幽斎

紅雲斎
簗水局
柳生又右衛門宗矩
神戸厳心
徳川秀忠
江与
鈴木右近
神崎甚内(神甚)
豊臣秀吉
石田三成
蒲生氏郷
真田信幸
天徳寺了伯
沙邏…梓衆
岡三右衛門(岩間小熊)

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