大塚英志監修、山本忠宏編「まんが訳 酒呑童子絵巻」の読書備忘録(要約と紹介と感想と)

作家あ行
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絵巻を現在のまんがの手法を使って、作り直したもの。従来の絵巻の紹介手法と異なり、見やすいし、読みやすい。

紹介されているのは3つの絵巻。「酒呑童子絵巻」「道成寺縁起」「土蜘蛛草子」。「酒呑童子絵巻」「土蜘蛛草子」は「鬼」に関する絵巻である。

酒呑童子の城は大江山(京都府)にあったという設定がよく知られるが、伊吹山(滋賀県)に棲んでいたという設定の物語も伝わっている。こちらは伊吹山系酒呑童子と呼ばれる。本書で使われているのは、伊吹山系の近世写本。

登場するのは源頼光と渡辺綱などの四天王。土蜘蛛草子でも登場するのは源頼光と渡辺綱。

同じく「鬼」を研究した本として下記の本が参考になる

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酒呑童子絵巻

一条天皇の時代。都の貴族の娘が次々と姿を消した。中納言・池田国賢の娘も行方不明となった…。

安倍晴明が占ったところ、都の北の伊吹の裾の千丈ケ岳というところに、岩屋があり、鬼の住処になっているという。姫はそこにおり、無事だという。

池田国賢が天皇に申し上げたところ、評議が行われた。

嵯峨天皇の時代に同じような事件があり、弘法大師空海の呪いで止んだ。今の世に空海のような高僧がいない。武家があるのは、こうした敵を征伐するためであるから、武家の棟梁の源頼光に征伐をさせるのが良いだろう。

源頼光は四天王の渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、平季武を従えて南殿に向かった。
帝は池田国賢を通じて頼光に鬼人の退治を命じた。

源頼光は勅を受けて、四天王と相談して、神仏の加護を受けるため、それぞれの氏神に参詣することにした。頼光は石清水八幡、綱と公時は住吉大社、貞光と季武は熊野を迎えて祈誓した。

頼光は大勢での退治は無理だから、四天王の他に藤原保昌を仲間に加え、山伏の姿になって総勢6名で出立した。

長い道のりを歩んでいくと、大きな川があり、山伏が3人いた。

頼光が道に迷ったふりをして聞くと、ここが千丈ケ岳だという。鬼の眷属が住むあたりだという。

山伏たちは、頼光らが何者かを教えてくれれば、岩屋の様子を教えてくれるという。人の力だけでなく、神明の助けがないと退治はできないというのだ。頼光はすべてを語った。

山伏たちは酒を渡してくれた。毒酒だった。そして、頼光に星甲を渡した。鬼は神通の目で人を見て心を読むが、これを着ければ、知られることなく身を守れるという。

頼光の一行は、険しい道を山伏たちの案内で進んだ。すると、大きな岩穴があり、覗き込むと、前後も分からない闇だった。
こを過ぎると、大きな岩屋にたどり着いた。

ここにきて山伏たちは、己の正体を明かした。八幡、住吉、熊野権現が山伏の姿で現れたというのだった。

頼光らが川を上っていくと、女に出会った。女は、都の人間で鬼にとらわれたという。

鬼に食べられることなく何とか生き延びてきたが、余命も少ないだろうと嘆いていた。
女は中御門花園の娘だという。頼光が帝の宣旨によってやって来たと教えると、女は喜んで鬼の城の様子を語った。

頼光らが鬼の城に着くと、巨大な門から5~6人が飛び出してきた。鬼どもは、珍しい者が来たので、怖がらせても仕方がない。都の様子も聞きたい。明日から、一人ずつ牢屋に入れて料理しよう、と相談した。

頼光らは奥の間に通されると、奥から生ぬるい風が吹いてきた。容顔美麗にして四十くらいに見える大男が現れた。威厳があり、赤い袴を着て、童二人の肩にもたれている。

大男は酒と肴でもてなした。眷属たちが壺から注いだ酒は人の血であった。肴は人のもも肉だった。頼光らがそれらを平らげるのを見ると、客僧がこのような肴を食べるのは不思議なことだと大男は言った。

頼光は、不審なのは分かるが、修行なのでどんなものでも食べるのだ、と答えた。このように珍しいものを食べたので、仏果を得られるのは間違いないとも言った。そして、頼光は修行の習いとして、自分たちの酒を勧めた。大男は喜んで頼光の毒酒を飲んだ。大男の酔いが回ってくると、池田国賢の娘、花園の姫が呼び出された。

大男は二人をはべらせて、話し始めた。

昔から眷属と一緒に都の女をさらって暮らしてきており、不自由はしなかった。だが、今は都に源頼光というのがいて、都を守っている。自分の所にも攻めてくるかもしれないが、城の守りを固めて入れば破られないだろう。

ところで、あなたたちは源頼光に似ているようだ。それに、そこの方は渡辺綱ではないのか?疑われたので、頼光は、我々は出羽羽黒の山伏で、役行者を慕っている、と説明した。

大男は再び冷静になり、もてなしの踊りを披露させた。「都人いかなる足の迷いにて酒や肴の餌食とはなる~♪」渡辺綱は、今なら大男を退治できると思ったが、頼光がそれを抑えた。

公時は舞が上手なので、お礼に舞った。「年をふる鬼の岩屋に春の来て風や夜のまに花をちらさん」

鬼の眷属はこれを聞いてさざめいたが、大男は酔い乱れて女たちを置いて奥へ戻っていってしまった。鬼たちは、納得できなかったが、大男の言うように頼光らをもてなした。

一方、頼光の四天王も毒の酒をすすめた。鬼たちは倒れたり、頭を抱えて逃げたり、座敷に寝てしまったりした。

頼光らは残っていた女二人に話を詳しく聞いた。もてなしの肴になったのは、堀江中務の娘だったという。話をしてくれたのが、池田国賢の娘だった。

頼光は大男を酔わせたのだから怖くないので、奥へ案内してくれと頼んだ。二人の女が鬼の岩屋に案内した。

現れた門は30メートルもあるものだった。破ることができない。門の内側では童子が高いびきで寝ており、10人ばかりの女に撫でさせていた。

頼光が何とか入ろうとすると、例の山伏たちが現れ、鉄の綱を渡し、門を開いてくれた。

そして、頼光らが10人の女たちに鉄の綱を渡して、手足をつないだ。そのすきに、童子の首を討ち取った。

頭が飛び上がって頼光にかみついてきたが、星甲のおかげで一命をとりとめた。

酔いからさめた眷属たちも、驚き、頼光らに打ちかかってきた。頼光らも応戦し、鬼たちを討ち果たした。すると、童子の部屋、庭も消え、岩屋に変わっていた。

岩屋には人の骨が散乱しており、新しい女の死体があったので、聞いてみると、堀江の姫だという。

他にも眷属の住処があるだろうと案内させたところ、金くま童子、石くま童子が襲ってきた。だが、頼光らは落ち着いて生け捕りにした。酒呑童子も眷属も神通自在だったが、力を失ったのは神慮だった。

頼光らは岩屋を崩し、童子の首と鬼の首を担いで都を目指した。堀江の姫の髪を切り取って、都の父母へ持ち帰った。

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道成寺縁起

奥州白河の僧・安珍は毎年熊野に参詣し、熊野の真那古の庄司清次の家に泊まることになっていた。庄司には清姫という娘がおり、安珍は清姫に妻にするということを言っていた。安珍は28歳、清姫は13歳だった。

ある夜、安珍が清姫の部屋をのぞくと、鏡に映っていたのは、清姫ではなく恐ろしい化け物だった安珍は驚いて逃げ、清姫が恐ろしく思えたので、だまして帰ってしまおうと考えた。

安珍は熊野三社に拝礼し、帰りは清姫の家に立ち寄らず、日高へ急いだ。

いつまでも戻ってこない安珍に不審に思った清姫が巡礼のものに聞くと、すで先へ行ったという。清姫は驚いて泣いたが、信じられないので、待ち続けた。

やがて、自分をだまして国へ帰ったに違いないと思った清姫は、どこまでも追いかけて飛びかからずにいられるかと、日高を目指して追いかけた。

清姫は南部へ出て、岩代の結び松を見て、切目の里に着いた。切目川は水かさが増していたが、五体王子社に祈願すると、難なく川を渡り切った。

安珍は楠井村まで逃げていたが、後ろから呼ぶ声に振り替えると、清姫だった。清姫の吐く息は火焔のようだった。

安珍は荷物を捨てて、過去現在因果経の文句を唱えた。清姫の目がくらみ、後ろの石に腰かけて息をついている間に逃げた。

塩屋浦をすぎ、道成寺に逃げた。安珍を追いかける清姫は、首から上は蛇で火焔のような息を吐き続けた。日高川まで来ると、清姫は衣だけを柳に投げかけ、4メートルくらいの大蛇となり、難なく川を渡り切った。

安珍は道成寺に駆け込むと、住職らは安珍を助けるために、釣り鐘の中に安珍を隠した。大蛇となった清姫は安珍を探し求めていた。清姫が来たら、なぶりものにしてやると息巻いていた僧侶たちは、大蛇を見て逃げてしまった

清姫は安珍が見つからないので不審に思ったが、釣り鐘が下ろしてあることに気が付き、釣り鐘に巻き付いた。火で鐘をおおい、尾で鐘を20回打った。その後、大蛇は階段を折りて死んでしまった。

僧侶たちが戻ってくると、釣り鐘の中からは黒焦げの骨になった安珍の姿があった。

ある夜、住職の夢に、蛇二匹が出てきて、前世の宿縁で蛇になって苦しんでいるので、弔ってもらい、蛇道の苦しみから逃れたいという。住職は僧侶をあつめ法華経供養をおこなったところ、両人ともに天人となり、住職の夢に再び現れて礼を述べた。

道成寺と八幡山の間に大蛇が入って死んだので蛇塚として柳の木を植えている。のちに道成寺に鐘を鋳ってもできなかったという。

醍醐天皇の時代、延長6年子の8月のことである。

【前日譚】

弥五郎豊勝という海士の夫婦がいた。妻が海に潜ってみると、閻浮檀金の観音像だった。

夫婦の夢に観世音菩薩が現れ、なんでも願いをかなえるという。

夫婦は16になる娘の髪が少なくかわいそうなので、艶の良い髪が生えるようにしてほしいと頼んだ

起きてみると、娘の髪は伸び、32の吉相をそなえた異人のようであった。夫婦は一筋の髪もすてず、観世音の宝前に納めることにした。

この髪をいつしか、スズメが持ち帰って、庭先の木に巣をつくった。文武天皇が庭先の木を見て、スズメの巣から髪が下がっていることに気が付いた。これほど長い髪の女を見たことがないので、女を探し回った。

海士の娘のところに梅園内大臣を勅使に遣わし、勅定を受けた。娘は美貌と風格でついに后妃となった。

ある年の春。雨が降り続いた。后妃が悲しげなので、帝が理由を尋ねると、母が拾い上げた観世音菩薩が荒れ果てた庵に納められている。自分がこのような生活ができているのも、すべて観世音の霊験のおかげである。観世音を思うと、悲しく思われるという。

大宝2年3月3日。桃の節句を祝う宴の席で、天皇は紀伊国日高郡の山に寺院を建てると告げた。

これが道成寺の建立の由来である。

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土蜘蛛草子

神無月20日。京の北山あたり蓮台野というところに源頼光と家臣の渡辺綱が現れた。

二人の前に一つの髑髏が飛んで行ったこれを追いかけていくと、神楽岡ということに着いた

古い家があった。昔の貴族が住んでいた屋敷のようだったが、今は獣の住処になっている。中に入ると、台所のほうから怪しげな老女の気配がする。

老女を見つけると、何者かを聞いたすると、ここに住んで、290年になるという。主君9代に仕えてきたのだという。人もいなくなり、自分だけ取り残されたが、源頼光が来たのが幸い、殺してくれという。頼光は関わっても仕方がないので、そこを出た。

渡辺綱は台所で周囲の様子をうかがっていた。風も雷も激しくなった。

頼光が耳を澄ましていると、異類異形のものどもが現れた。姿はまちまちだった。

女が現れた。上品とは言えないが、姿は優雅であり、美貌であった。奇怪であるので、頼光が太刀で斬りつけると、かき消すようにいなくなった。見ると、板敷きを貫いて、礎石の半ばまで斬りつけていた。

渡辺綱がやってきた、太刀の先が折れたようだと言った。太刀には白い血が大量にたまっていた。

化け物の行方を捜していると、西山の奥深く洞穴の中から白い血が流れ出していた。

洞穴のはしにたどり着くと、棟倉らしい古い小屋があった。見ると、60メートルもある頭から錦をかぶった化け物がいた。

化け物は力が強かったが、天照大神、八幡宮に祈念して攻撃した。我が国は神国である。神は国を守り、国は帝の臣によって治まる。自分は臣であり、王孫でもある。自分は帝を護る兵、国を護る盾である。降伏しろ。

頼光は剣を抜くと、首をはねた。何者かと思っていると、山蜘蛛というものだった。

剣の切れ目から死人の首が1990個が出てきた。そして、7~8歳の子供ほどの子蜘蛛が無数に出てくると、小さなしゃれこうべが20ばかり出てきた。

源頼光と渡辺綱は穴を掘って埋めた。

源頼光は正四位下・摂津守、渡辺綱は正五位下となり、丹波国を下賜された。

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