北方謙三の「悪党の裔」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

南北朝時代を舞台にした北方太平記(北方南北朝)の一絵巻。

赤松円心(赤松則村)を描いた小説である。題名の通り「悪党」としての赤松円心を描いている。ちなみに楠木正成も悪党である。

「悪党」とは現代的な意味とは大きく異なる。

この時代の悪党とは、簡単にいえば幕府の御家人でないにもかかわらず武力を有しているものたちを指した。必ずしも反政府的な運動、つまりは反乱を伴う必要はなかった。

悪党は所領を有し、所有権について守護等と争うことはあっただろうが、互いに牽制し合いながらも上手くやっていたようである。もちろん上手くやれなかった場合には武力衝突を起こしたに違いない。

本書では、こうした悪党を「武士」とはみなしていない。つまり武士とは幕府の支配体制下において武力を有している集団であって、そこから外れているものは武士ではないということである。

悪党とは何か。北方謙三氏は赤松円心と楠木正成の会話で次のように語っている。

『「悪党としての誇りを、人に自慢できるのか。誇りは、ひそかに抱くものよ。やはり、おのがため、としか言えぬな」
「おのがために生きるのが、悪党か」』

同じく南北朝を扱った「道誉なり」では「ばさら」とは何かを語らせているのに似ている。

一連のシリーズは、いくつかの視点で描かれている。が、共通しているのは既存の構造からはみ出したものたちを描いているという点である。

それは、ばさら大名であったり、悪党であったり、新たな国をめざすものであったりと、いずれも既存政治に対するアンチテーゼとなる者たちである。

北方太平記(北方南北朝)

  1. 武王の門…懐良親王と菊池武光
  2. 破軍の星…北畠顕家
  3. 悪党の裔 本書
  4. 道誉なり…佐々木道誉
  5. 楠木正成…楠木正成
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内容/あらすじ/ネタバレ

荷駄が高田庄の代官の館を出た。警護の武士は百。荷駄を襲う機会はめったにあるものではなかった。

荘園を荒らし、代官に抵抗する悪党が増えたのはこの十年ほどのことだが、それ以前にもいた。二度の蒙古襲来のあと、締め付けが厳しくなり、それに反発するように悪党が現れ始めたのだ。赤松円心の父も悪党だった。

四年前に正中の変で捕えられた公家・日野俊基の手の者が現れた。各地で悪党が放棄して幕府軍と戦っていると語った。それは知っていた。

何かが起きそうな気配は播磨にも漂っていた。

円心は笑みを洩らした。自分以外の者のために闘おうとは思わない。それがたとえ帝であったとしてもだ。だから悪党なのである。

嫡男の範資は尼崎においている。奪ったものの商いもここで行っている。

ただ、蔵にあるもののほとんどは武器だった。三年の間にためこんだものだ。

ここを囲んでいるものがいる。相手は七十位。眼くらましをやって、人数を多く見せている。武士のやり方ではなかった。

相手は楠木正季と名乗った。兄は正成という。河内、和泉、摂津の街道で力を持っている。

その楠木正成がたった一人で円心の前に現れた。不思議な男だった。親しみを感じたわけでもなく、怖れを感じたわけでもないが、争いたくないと思った。

京から河内、和泉、摂津あたりでは播磨よりも銭の力が強い。円心は年貢米を襲うことと、庄の代官の館を襲うことで銭を得ていた。それで武器を買うのである。

銭は銭を産む。円心はその仕組みに感心していた。

今、円心の前になにが広がっているのかまだ見えていない。だが、何かが広がっている。広がった荒野をどれだけ思うさま駆けることができるのか。

円心は五十を超えていた。人生の終わりにさしかかって初めて心を熱くするものに出会いそうな気がしている。

赤松一族の小寺頼季が赤松貞範の城を訪ねた。叡山から戻ってきたのだ。

貞範は典型的な武将だ。兄の範資とはかなり違う。だが、この貞範も上月景満には頭が上がらない。上月景満は知る人ぞ知る赤松家の侍大将だ。

小寺頼季は円心の館に向かった。そこで語り始めたのは、昨年暮れに天台座主となった帝の皇子のことだった。毎日、僧兵を集めては武術の鍛錬をしているという。

武士以外の者を集まるかもしれないという。武士以外とは、悪党、溢者など異形異類の人々だ。

円心は三男の則祐を叡山に送りこんだ。

幕府も六波羅も、いまだ強力だった。

太刀は草原に潜ませ、代官にはへつらう。それも戦だった。

赤松則祐が叡山に登ってから二年半が過ぎていた。円心は非公式に法親王に会った。

円心は京で雇った忍び・浮羽と会って、今の情勢を聞いた。

円心は上月景満を呼び、おのれの思いを語った。それはおのが手で天下を決したいということだった。そのための力を蓄え、それまでは無理もしない。

悪党として生きてきた。悪党として死ぬべきなのかもしれない。だが、悪党としての意地を通し、この手で天下を決したい。

備前で追いたてられた三百ほどの野伏りが佐用郡に逃げ込んできた。追っているのは備前守護の軍勢らしい。備前守護の軍勢が播磨に入ったというのなら、六波羅の許しを得ているかもしれない。どう対処するかは難しいところだった。

円心はこの軍勢を討つことに決めた。国境を自由に超えるのは悪党のやり方で、守護やその家人には許されることではない。

法親王の軍四千と六波羅の六千がぶつかった。帝を守るという戦だった。小寺頼季も赤松則祐もこの戦いに加わった。

法親王は闘いをはじめられただけでよしとしている。これからは倒幕の軍を起こすための長い旅が始まる。

浮羽は楠木正成が笹置山の帝に拝謁したという。そして赤坂で挙兵するのは間違いないともいった。

帝には正成ひとりが生きてさえいれば必ず勝つとも言ったようだ。

帝のために一命をささげることが悪党の生き方だとは円心は思っていない。楠木正成にも悪党としてのしたたかな計算があるに違いない。だが、なぜ今なのだ?

笠置山は落ち、赤坂城も落ちていた。楠木正成の生死は知れず、帝は隠岐に流された。

寺田村で大規模な悪党の蜂起があったのは十七年前のことだった。寺田法念という男だった。円心は付かず離れずの態度を押し通した。無理な動きにしか見えなかったのだ。

その法念に円心は会いに行った。法念は太田義了と名を変えている。

円心はただ一つのことを考えていた。播磨の悪党はひとつでなければならない。亡霊は亡霊のままにすべきである。

法親王は還俗して護良となった。吉野において倒幕の兵を挙げ、全国に号令する。

それに呼応するように河内千早城で楠木正成が再び兵を挙げた。

河内で楠木正成が立った。播磨で円心が立てば京に二重の圧力をかけることができる。大塔宮護良はそれを考えていた。

円心は中山光義に告げた。佐用郡の郡代の館を襲う。それは挙兵するということだった。

これからはひたすら京にむけてひた走る。楠木正成が面を死守する戦いなら、自分は線で敵を突き破る。それが京へひた駆けるしかないということだった。

北条時知を大将とする軍が布陣している。二万を超えている。

勝った。

はっきりと感じられた。総崩れとなった敵は東へ敗走していく。

桂に到着した。東へ攻めれば六波羅である。

だが、六波羅は遠かった…。上月景満を失った。

両端を持しておきたい。鎌倉の幕府の命に従いながらも、本意でないことを船上山の帝にも知らせたい。

この数カ月。足利高氏は畿内を中心とした反乱の情報を得ることに腐心していた。

楠木正成は千早城にこもりすでに数カ月耐え続けている。二十万を超える軍勢を相手にだ。

忍びの青霧が浮羽を伴ってきた。赤松円心が話したいことがあるという。

幕府を倒すには武士の力が必要だった。これまでのことでそれを思い知らされた。

悪党、野伏り、溢者を集めただけでは巨大な武士の力には対抗できない。

今の倒幕は、楠木正成の全知全能をふりしぼった籠城戦と、赤松円心の京をけん制し撹乱する、いつ潰えるかわからない二つで何とか成り立っている。

足利高氏を倒幕に踏み切らせるもの。円心はそれを考えていた。

円心は大塔宮に会った。大塔宮は北条を倒し、同時に武士の政権も断ち切ろうとしている。

一方で、円心が挙兵したのは、朝廷の為ではなかった。北条を、六波羅を倒す。それだけだ。それが悪党の戦だった。

足利高氏を狙う風にして、円心は名越高家を狙った。そして討ちとった。

円心は高氏に、もはや妨げるものはいないと知らせた。

高氏は全身がふるえはじめるのを感じた。今が機だ。総力を挙げて京へ攻め込む。

六波羅と足利の戦いを円心は見ていた。その戦を見ただけで足利高氏のなにかがわかったような気がした。

兵を挙げて五カ月。ついに六波羅に勝った。

足利がすでに幕府を開いたようにふるまっている。それに大塔宮が怒っていた。

円心は六波羅を倒した戦いについては、足利の裁量があると考えていた。なぜなら六波羅を倒したのは武士だからである。源氏の白旗のもとに集まった者たちである。

だが、大塔宮と足利高氏が対立した時、己はどうすればよいのか…。

楠木正成が円心に会いに来た。正成は足利が次の天下とみているようだった。円心もそうだろうと思う。だが、正成はどこか淋しげだった。

六波羅も鎌倉も落ち、北條は倒れた。すべてがうまくいっていた。ただ、足利高氏が武士の沙汰をはじめていた。

なんのための戦いだったのか。ただ北条を足利に替えるだけの、武士の為の戦いだったのか。帝はそれでいいと思っているのか。

円心は小寺頼季を呼んで叱った。なぜ大塔宮が征夷大将軍を望むことを止めなかったのか。

帝は征夷大将軍を認めようとしていなかった。なのに大塔宮が征夷大将軍になったということは、今の帝においても征夷大将軍はありうることを示してしまったのだ。足利にしてみれば大塔宮に勝てば、征夷大将軍になれると考えて当然だった。

再び出家すればよかったのだ。出家してしまえば足利の手の届かないところに行ってしまう。それは足利にとって脅威であったはずだ。その目を潰してしまった。

戦の基本は兵站である。足利高氏は大塔宮を支えた山の民が担った兵站の役回りを驚異の目で見ていた。

新田義貞が播磨国司に任じられた。円心には朝廷の意図が読めなかった。

国司からいろいろ言ってくるだろう。だが、円心は女色におぼれ国司のいう通りにも動かない守護でいるつもりだった。その一方で則祐には悪党として暴れさせ、新田の名代を播磨から追い出させた。

円心は播磨守護職を解かれ、佐用郡の地頭職のみ許されるという不可解な措置を受けた。

大塔宮が捕縛された。

足利高氏は尊氏と改めていた。尊氏が考えていたのは楠木正成と赤松円心を見方につけることだった。だが、どうやって…。

足利尊氏が動こうとしている。円心にははっきりとわかった。

鎌倉はいったん北条時行に落とされるのだ。その時、尊氏は軍勢を率いて東下する。東下できる理由をつくるのだ。このときに征夷大将軍を望むはずだ。

だが朝廷は征夷大将軍に任じなかった。足利は勅許を得ないまま進発した。ここが朝廷の勝負どころのはずだったが、腰はすぐに砕けた。尊氏の行動を追認し、征東将軍に任じたのだ。

自分の出番はあるだろうか。円心はそれを考えていた。

知らせが届いた。大塔宮の死である。

帰京命令に足利尊氏が従わない。そして新田討伐の兵を挙げた。朝廷との争いを武士同士の争いにすり替えたのだ。

円心はどちらにつくとも言わず、兵を動かし始めた。

浮羽の知らせは驚くべき内容だった。尾張から近江にかけて大軍が移動しているという。それは間違いなく陸奥守の軍勢だった。

鬼神のようだった。

円心は、武士ではない武将がいると思った。大塔宮と同じである。陸奥守とはそうした存在だった。

足利尊氏はひたすら西をめざした。戦らしい戦をせずに敗れた。いきなり現れた北畠顕家軍は、天から降ってきたとしか思えなかった。

尊氏一行は円心の出迎えを受けた。

円心は尊氏に持明院という皇統の話をした。光厳上皇から院宣を受ければよいという。そうすれば新田と対抗できる錦旗を掲げることができる。

それまで九州へ逃げよと勧めた。その間に院宣を手に入れることができるはずだ。

新田軍が佐用郡の白旗城を囲んだ。円心がこもっている。

五日、六日たっても城は落ちなかった。楠木正成の千早城に似ていた。

足利の東上は間近に迫っている。ひと月。それだけ新田軍を引きつけておけば、足利がやってくる。天下の形勢はまた変わる。

円心はついに新田の大軍を播磨から動かさなかった。

大塔宮(護良親王)ゆかりの地

鎌倉宮(大塔宮)の参拝録(神奈川県鎌倉市)南北朝時代の護良親王ゆかりの場所

鎌倉宮(大塔宮)の紹介と写真の掲載。北方謙三氏の南北朝ものを読み終えて、訪ねたくなった場所。護良親王(もりながしんのう)を祭神とする。別名 大塔宮(おおとうのみや)。

護良親王と護良親王墓所の訪問録(神奈川県鎌倉市)南北朝時代の悲劇の皇太子
鎌倉の護良親王墓所の紹介と写真の掲載。北方謙三氏の南北朝ものを読み終えたばかりで、ゆかりの地を訪ねようという目的があった。その一つが「大塔宮」こと護良親王の墓所。
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本書について

北方謙三
悪党の裔
中公文庫

目次

第一章 遠い時
第二章 意地
第三章 妖霊星
第四章 決起
第五章 原野の風
第六章 遠き六波羅
第七章 白き旗のもと
第八章 征夷大将軍
第九章 砕けし時
第十章 旗なき者
第十一章 野の花

登場人物

赤松円心
赤松範資…嫡男
赤松貞範…次男
赤松則祐…三男
上月景満
中山光義
小寺頼季
河原弥次郎
浮羽…忍び
黒蛾

日野俊基
楠木正成
楠木正季
伊東惟群

大塔宮護良…法親王
麻雨
寺田法念


足利尊氏(高氏)
青霧…忍び

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