井上靖の「歴史小説の周囲」を読んだ感想とあらすじ

この記事は約3分で読めます。

覚書/感想/コメント

あとがきにあるように、井上靖の書いた歴史小説に関連して書かれたエッセーをまとめたものである。

取材旅行の紀行もあれば、資料に関するノートのようなものまである。

内容

「唐大和上東征伝」の文章

天平の甍」について参照した、「唐大和上東征伝」の原文の漢文には閉口したと述べているのが興味深い。小説にはそのような苦労が微塵も感ぜられなかったからである。

さらに、「唐大和上東征伝」がある以上、これを小説化する必要があるのかと思い悩んだというのも興味深いものである。

「天平の甍」の登場人物

「天平の甍」で重要な人物として描かれている何人かの留学僧の中で、戒融、業行という二人は名前こそ記録にあるが、どうなったかは見当のつかない人物であったらしい。その二人に、当時の留学僧の類型を演じてもらうことにしたらしい。

私の敦煌資料

敦煌」は敦煌の千仏洞がいつ、いかなる時代にこの窟洞が塗り込められたのかという疑問から発展して書かれた。その疑問は学生時代から持っていたものであった。

小説は、もともとは千仏洞の埋められた一日の出来事を書くつもりであったらしいことが述べられている。

1988年に映画化された。映画「敦煌」

自作「蒼き狼」について

大岡昇平の文章に対する反論が書かれているが、この中で、森鴎外の「歴史そのまま」と「歴史離れ」を引用しながら、井上靖の歴史小説に対する考えが述べられているのが興味深い。

史実だけを取扱うにしても、文学作品である以上は、作者は史実と史実の間に入っていかなければならない。つまりは、小説である以上、虚構は避けられないということを述べているのだが、反対に大岡昇平は史実にこだわりをみせていたらしい。

当時はまだ、唯物史観が全盛の頃であり、こうした論議が方々でおきていたのだろう。

蒼き狼」はこちら。

「後白河院」の周囲

後白河院」は同時代の公卿達に語らせるという手法が採られている小説であるが、二つの理由があったらしい。

一つは、後白河院の立場から書くと、特殊な権威で固められている人物を、普通の人間に引き降ろし、いやにしらじらした後白河院が出来上がりそうな懸念があったこと、そして、後白河院の立場から書くと、当時の宮中の生活を書かなければならず、それを書くといかにも調べて書いたという印象を払拭できない恐れがあったからである。

戦国時代の女性

井上靖が興味を抱く戦国時代の女性は、次の人物達であった。秀吉の側室茶々、本多忠勝の娘で、真田信之の室となった女性。

本書について

井上靖
歴史小説の周囲
書かれた時期:1953年1月~1972年11月
刊行: 1973年1月
講談社文庫 約二六五頁

目次


「唐大和上東征伝」の文章
「天平の甍」の登場人物
私の敦煌資料
西域のイメージ
「蒼き狼」の周囲
自作「蒼き狼」について
「おろしや国酔夢譚」の旅
安閑天皇の玉碗
白瑠璃碗を見る
「風濤」の取材
「後白河院」の周囲

明治の風俗資料
戦国時代の女性
「信貴山縁起絵巻」第一巻を観る
桑原じつ蔵先生と私
木乃伊考
ゴンチャロフの容貌
長恨歌讃
肯定と否定
「むらさき草」の著者
茶々のこと

シベリア紀行
西トルキスタンの旅
大和朝廷の故地を訪ねて
飛鳥の地に立ちて
西安の旅
揚州紀行
長城と天壇
万暦帝の墓
あとがき

タイトルとURLをコピーしました