井上靖の「おろしや国酔夢譚」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)

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覚書/感想/コメント

「序章」で大黒屋光太夫ら伊勢漂民以外のロシアに漂着した漂民を簡単に書いている。それらの漂民は日本に帰ることはかなわなかった。だが、この小説の主人公大黒屋光太夫は日本に帰ることを得たのである。

帰ることを得たが、その漂民の人世は壮絶なものがある。

大黒屋光太夫がロシアの地を踏んだ時期、女帝エカチェリーナ二世の治世で、ロシアは南方政策をとっていた。そのため、オスマン・トルコとの争いが絶えなかった。世界史では既に近代にさしかかっている時期である。

一方の日本はまだ幕末までに時間がある。これが、本当に同時代なのかと思いたくなるほどの、感覚的な開きがある時期の出来事である。

その時期をロシアで過ごした大黒屋光太夫にとって、日本は逆に居心地の悪いものとしてうつったに違いない。ロシアで見てきたものを語っても、当時の日本では誰も信じないだろう。そのあたりにも、漂民の不幸が出ている。

内容/あらすじ/ネタバレ

天明八年、松平定信が老中筆頭となった翌年のこと。レセップスは大黒屋光太夫と出会った。

遡ること、天明二年。神昌丸は江戸の商店に積み送る品々を載せ、伊勢の白子の浦を出帆した。駿河沖に至ってしけが襲い、梶をへし折られ、船は漂流することになる。乗っていたのは船頭と、十六人の船乗り達であった。

船ははるか北に流され、アレウト列島の中で一番大きなアムチトカ島にたどり着いた。八ヶ月の漂流の末の出来事だった。漂流中になくなったのは、幾八だけであったのは奇跡的だった。

しかし、この島がどのあたりに位置するのかは皆目見当がつかなかった。

島に上陸してみると、見慣れない顔立ちをした人々がおり、さらには、その人々とも異なる顔立ちの人間がいた。

それらの人々はロシア人であった。この島でロシア人達は猟虎や海豹の皮を買い占めるために住んでいるのだった。言葉の通じない光太夫達には分かろうはずもない。

その矢先、船がまっぷたつに割れてしまうという出来事が起きた。これで、光太夫達の帰る道が途絶えてしまった。

否が応でもこの島での生活を始めなければならなかった。だが、島に着いてから、三五郎、次郎兵衛、安五郎、作二郎、清七、長次郎、藤助が次々と亡くなった。

島の生活は厳しい冬との戦いであった。光太夫達は生活のためにも、ロシア人達と交流を持たざるを得なかった。そして、そのためには言葉を知る必要があった。

そして言葉を覚えるに連れ分かったのは、自分たちがいるのははるか北の海域にある島であるということだった。

島での生活が始まって幾年か経った。

光太夫達はロシア人達と協力して船を造る必要に迫られた。そして船でカムチャッカに渡ることとなった。そうしている間に、与惣松、勘太郎、藤蔵が亡くなった。

カムチャッカから再び海を渡り、オホーツクに渡る。光太夫達の日本帰還はロシア政府の助力を仰がねば出来ないことだったので、そうしたのだが、オホーツクについても、帰還の目処は立たなかった。

そして、光太夫達は西へと度々移動させられることとなった。日本からはだんだんと遠ざかる。

だが、イルクーツクで、ラックスマンと出会ったから光太夫達の運命は徐々にかわり始める。ラックスマンは光太夫達に親身になり、その帰国実現のために骨を折ってくれたのだ。

だが、そうはいってもなかなかすぐには結果が出ない。ラックスマンは光太夫をともなって、都ペテルブルグに向かうことになった。

そして、光太夫は時の女帝エカチェリーナ二世に謁見することとなる。この時、女帝は治世三十年、六十二才になっていた。

本書について

井上靖
おろしや国酔夢譚
文春文庫 約三七〇頁
長編 江戸末期

目次

序章
一章
二章
三章
四章
五章
六章
七章
八章

登場人物

大黒屋光太夫
磯吉
庄蔵
新蔵
小市
九右衛門
清七
藤蔵
与惣松
勘太郎
安五郎
作二郎
長次郎
藤助
三五郎
次郎兵衛
幾八
キリル・ラックスマン
レセップス

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