飯嶋和一の「雷電本紀」を読んだ感想とあらすじ(最高に面白い!凄い小説だ!)

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覚書/感想/コメント

表立ってというわけではないが、物語の根底に渦巻く怨念というか怒りというものが、ページをめくる毎に伝わってくる。

それは決して粘着質なドロドロとしたものではなく、淡々と語られる物語の裏に脈々と流れる地下水のようなものである。それが静かな分だけ、この怨念というか怒りというものが恐く感じる。

これは民衆、それも圧倒的多数を占める貧乏人の悲痛な叫びである。

物語となる時代は、表通りから路地に入り込むと、人の糞や小便が水溜まりをなし、ウジの湧いた犬猫の死体まで掃溜めにほったらかしにされている。貧富の差は広がるばかりで、裏店の暮し向きは悪くなる一方。

あまりに現代に酷似した状況は、背筋に空恐ろしく寒々しいものを感じる。

本書の持つ雰囲気などは、より洗練され昇華されたかたちで、続く「始祖鳥記」に受け継がれている。

本書の主人公は雷電為右衛門。生涯十敗しかしたことのない伝説の相撲人である。

講談では先代の雷電の名を持つ為五郎と混同されがちだという。

寛政二年冬以来文化七年冬までの二十一年。江戸大相撲において二百五十四勝十敗二引き分け十四預り、五無敗勝負。

「序」からスゴイ。いや「序」だけで充分スゴイ。

籤とは名ばかりの、相撲籤なる博打は勧進の名目で公然と行われている。この勧進大相撲に幕府が寛容すぎるのは、何かのきっかけがあれば、いつまた大規模な打ち壊しが起こっても不思議でないこの時勢に、人心を幕政の不満から逸らす手段として利用している。雷電為右衛門と並ぶもう一人の主人公鍵屋助五郎にはそうとしか思えない。

いつの世も大衆の不満を政府や行政に向けさせないために、はけ口を何かに求めるのは同じである。

そして、博打の道具でしかなかった辻相撲から、安全で高尚な小金持の趣味に江戸勧進大相撲は仕立て上げられていた。ところが雷電為右衛門のせいで薄汚い辻相撲に引き戻されようとしている。

勧進大相撲見物の裏には、木戸銭を支払うことが出来、日がな一日潰すだけの余裕があるものの特権だった。

江戸市中のほとんどを占めている数十万の貧乏人どもが神のように崇める雷は、侍や上中階層の商人、安住を決め込む者達から見て、自分たちを脅かす不気味なもの、不安の影を感じさせる。

権力を持つ人間を脅かす不気味なもの、不安の影とは、その特権を奪う力に他ならない。これらを奪う可能性があるのが、大衆の力である。それを雷電は象徴している。

この時代一揆や打ち壊しは頻繁に起きている。本書でも、幾度となくその事が書かれ、実際に一揆の場面や打ち壊しの場面も描かれている。

古来日本ではこの一揆や打ち壊しで政府が転覆するようなことはなかった。だが、海外では実際に大衆の力が発端となり、政府が転覆する事件が起きている。革命などがそうだ。

現在においては、このような強力な大衆の力が表に現れることはほとんどない。ましておとなしいといわれる日本人には考えにくいことである。

だが、かつてそうした力が噴出したこともある国であることも忘れてはならない。その事を現在の政治家や官僚、経営者は覚えておく必要がある。

こうしたことを忘れてことに当たると、本書の最後で語られる釣鐘事件のように自らの足下をすくわれることになる。

以下の大名を政治家や経営者、奏者番寺社奉行を官僚と読み替えると、そのまま現在でも状況が当てはまるから皮肉なものだ。

「己が利権と顕示欲しかない大名どもなど、自らの薄汚れた野心のためならどんなこともする。釣鐘再鋳の禁制など、書式さえ整っていればあってなきがごときもの。だが、この一件は何が何でも大事に仕立て上げたい奏者番寺社奉行のサルどもの思惑が絡んでいる。」

最後に、雷電為右衛門に勝ったことのある力士を記しておく。

・梶ヶ濱力右エ門
・花頂山五郎吉(市野上浅右エ門、常山五郎吉)…雷電に唯一二回勝っている。
・鯱和三郎
・柏戸宗五郎(初代)
・春日山鹿右エ門
・音羽山峰右エ門
・鏡岩濱之助
・立神盤右エ門
・江戸ヶ崎源弥

この他に、陣幕嶋之助が上覧相撲で勝っている。

雷電為右衛門のお墓があるのは、港区赤坂の報土寺

内容/あらすじ/ネタバレ

天明六年(一七八六)。湯島天神裏から出た火は神田はもちろん日本橋一帯を燃えつくし、深川仲町までその被害がおよんでいた。

鍵屋助五郎が神田明神へ産土神参りに出かけた帰り道、一人の相撲人が子供を抱き上げて厄災祓いを繰り返している姿を見た。その光景は二十二才になる助五郎の内に長く残った。

寛政二年(一七九〇)。天災が続くなか、一人の相撲人の噂が江戸市中を駆けめぐった。助五郎は天明六年に見た光景を思い出していた。今噂の雲州雷電はかなり変わった相撲人で、どんな者でも赤子を差し出すと、喜んで抱き上げてくれるという。赤子に貴賤などあるかと昨今の相撲人とは思えぬ尋常なことを口走るらしい。それとかつて見た光景が重なり合わさった。

雲州雷電はシナノモノだという。天明に年号が変わる頃から異常気象に見舞われ、追い打ちをかけるように天明三年に浅間山が大噴火した。未曾有の大災害で、上州から信州一帯に大規模な一揆が起こり、それに敗れた人々が江戸に流れていた。これらの人をいままでの人々の出身地を示す語とは明らかに異なる意味合いで「シナノモノ」「ジョウシュウモノ」と呼ばれるようになった。

助五郎が勧進大相撲を見に行った時、これまでとは違う見物人が数多くいた。おそらく飯を何度か絶っても、雲州雷電を見ておきたいと願いやって来た者達だろう。助五郎は雲州雷電のすさまじさを目の当たりにした。とても同じ人間が相撲を取っているようには思えなかった。

この雲州雷電と助五郎が親しくなったのは、助五郎が雷電に化粧廻しを贈ったのが縁だ。助五郎は自分と同じ年頃の雷電のために、何かしてはいられなかったのだ。寛政三年。その雷電がひょっこり鍵屋を訪れた。これ以降親しく交わるようになったのだ。

天明三年(一七八三)。浅間山が大噴火した。

陰暦八月一日の八朔。小諸八幡の祭礼相撲に太郎吉が出ることになった。寄せ手の東方大関日盛に歯が立ちそうな者がいなかったからだ。だが、太郎吉は相撲嫌いであった。太郎吉にしてみれば、浅間の大噴火以来、相撲どころではない。迷惑な話である。

この祭礼相撲が終わったあと、上州一体に不穏な空気が流れ始めた。異常気象に加え、浅間山の大噴火。これは天災であるが、凶作を喜ぶ、浅間山の大噴火を喜ぶ者が大勢いた。凶作になればなるほど米の値は上がる。上州一体の者達はどうにもならないほど追いつめられていた。

太郎吉が浦風林右衛門の弟子になって江戸に出てきた。同じ弟子の中では太郎吉の相手になる者がいないため、浦風林右衛門は大関の谷風に頭を下げ太郎吉に稽古をつけてもらうことにした。谷風は太郎吉が師匠の浦風林右衛門の現役時代に似ていることを感じていた。

谷風には心を痛めていることがある。それはいつの間にか相撲人そのものが腐敗し始めており、星の貸し借りや情実を土俵の上に持ち込み、さらには金銭による星の売買まで横行しているということである。

この「拵え相撲」が横行している中、相撲会所に自浄力は期待できなかった。それは相撲人の中に期待するしかなかった。その者は土俵の上でどんな妥協もせず、まさに真剣で渡り合うような無双の力士でなければならない。

谷風はそれを太郎吉の中に見いだしていた。

寛政五年(一七九三)。老中松平定信が失脚した。この頃には雷電為右衛門が勝のは当たり前という状況になっていた。この時に行われた勧進大相撲に千田川吉五郎という大兵の相撲人が現れた。雷電同様、千田川の相撲の、従来の相撲びいきからは眉をひそめられ続けた。千田川も雷電同様雲州のお抱え力士である。

その千田川が鍵屋に突如現れた。雷電に聞いた医師の話が耳に残っていたらしい。これを紹介してもらいたいということだったようだ。この千田川も、その評判とは違い、雷電同様の赤子の厄災祓いをするなど似ている部分があった。助五郎は千田川とも雷電同様のつきあいをするようになった。

上覧相撲が行われた。だが、このおかげで相撲人個人による「拵え相撲」が大名やその意向をくんだ藩役人が直接関与する大がかりな「拵え相撲」となっていた。

寛政九年(一七九七)。大関雷電、関脇千田川、小結鳴滝、前頭筆頭に稲妻らが並び、雲州力士がその強さを誇示していた。まさに雷電王朝はゆるぎないものとなりつつあった。

本書について

飯嶋和一
雷電本紀
小学館文庫 約五一〇頁
江戸時代

目次


蒼竜篇
朱雀篇
白虎篇
玄武篇

登場人物

雷電為右衛門(太郎吉)
鍵屋助五郎…鉄物問屋
麻吉…番頭
卯之吉…手代
真吉
さよ(政次)
佑助…助五郎の息子
市三郎
恵船…医師
千田川吉五郎(玉垣)…雲州五神将
鳴滝文太夫…雲州五神将
稲妻(真鶴)咲右衛門…雲州五神将
桟シ初五郎…雲州五神将
秀ノ山伝治郎…雲州五神将
浦風林右衛門…親方
小野川才助…大関
谷風梶之助…大関
柏戸勘太夫…小結
半右衛門…雷電為右衛門の父
喜惣次…大石村名主
盛次…大関日盛
幸兵衛…山崎屋主
松造
河村九郎助…脇坂家公用人
松平右近将監…寺社奉行
馬込勘ヶ由…四谷伝馬町の名主

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