星川清司の「小伝抄」を読んだ感想とあらすじ

この記事は約5分で読めます。

覚書/感想/コメント

第102回直木三十五賞受賞作品。
文化、文芸、芸術、民芸、社会風俗…こうしたものをもちだされると、直木三十五賞選考委員は弱いようである。

己がそうしたものへの深い理解があることを誇示したいためだろうか、それとも知らないことを隠したいからであろうか…。

「小伝抄」では、面貌醜怪で一途な男が語る、淫婦と呼ばれた女の本当の姿を描いている。女とは、男狂いで知らぬものがいない、浄瑠璃語りの竹本小伝である。

この作品は、最後の二ページにすべてが集約されている。

『どこまでもおまえは蔑まれるさ、小伝、おまえは恥だからね。ちとふるまいすぎたからね、さりとて蔑む連中は、常日ごろどんな事をしているのだえ。ひとに御親切さまにしているのかね、楽しいおもいをさせているのかね、ほんとうのよろこびは恥から生まれるのだわさ。』

この後に続く文章もいい。

「憂世まんだら」では賊に追われる幼馴染の女を二人の男が助けるというものであるが、この女の本当の姿というものが実は…。

この作品の中に登場するのが、葛飾北斎である。引越魔で絵描きの娘と同居しているという時点で「北斎」だろうと見当がついた。

だが、なぜ、北斎でなければならないのかが分からない。ストーリーには影響を与えない人物だからだ。

内容/あらすじ/ネタバレ

小伝抄

文政十三年十月十九日。あたくしは去年の暮れに師匠南北をあの世に送ってから深川安宅の大口横丁に引きこもっている。としもかぞえていつか五十一になった。

ひとかどの狂言作者を志して二十年余りが過ぎ去ってしまっていた。だが、ついた師匠が巨匠すぎた。四世鶴屋南北である。

この日、権八という男がやってきたのが、久しく失せていたあたくしに筆を取らせるきっかけとなった。

権八は芝居町の札売りであった。その権八が十両を差し出して願ったのが、小伝のことを書いてくれというものだった…。

はじめは浄瑠璃語りで、のちには艶だねでより名高くなった竹本小伝は、江戸木挽町の扇屋という船宿の主・万五郎の長女として生まれた。本当の名を、むら、という。

三世坂東三津五郎の後添えになったころから艶名がにわかにさかんになり、文政九年暮れには間男番付も売り出された。

小伝の一生が色ごとで揉みぬいたもので終ると思い定めた時、あの女はどんな心持だったのだろう、あたくしはそれが知りたいと思った。

小伝がはじめて色ごとを味わったのは、十三の秋だった。相手は六つ上の十九で、のちの三世尾上菊五郎だった。うれしさ、はずかしさ。相惚れの仲だった。

別れが来たのは十五の時だった。

竹本小伝の名を名乗ることを許されてから、さる西国筋の大名家の留守居役に見染められた。同じころ、南町奉行所の定廻り飯尾藤十郎ともできてしまった。

この二人と別れ、そして押しかけ女房的に三津五郎の女房の後釜になった。

権八が九つの時母親が置き去りにした。それを拾ってくれたのが扇屋の主・万五郎だった。そこにいたのが生まれたばかりの小伝だった。

その小伝が男をおぼえ、囲われ者になり、船宿には寄り付かなくなってから寂しい日が続いた。

文政六年正月。万五郎が死んだ。思い余った権八は小伝に頼みこみ、三津五郎の送り役にしてもらった。

小伝が嫁いでから七年目。三津五郎と立女形の瀬川菊之丞ができているという評判が立った。それは本当のことで小伝は悔しがった。仕返しせずにはいられるか。そして不埒な手当たりしだいの男漁りが始まった。

小伝の失態は、こともあろうに憎さも憎しの菊之丞と深い仲にはまり込んだことだった。それを知った三津五郎はさずがに眉に筋を立てて夜叉となった。

小伝は離縁されると深川新地の五明楼に還った。そして大っぴらに菊之丞を呼んだ。だが、菊之丞は四面楚歌。二人は手に手を取って奥州二本松に都落ちした。

憂世まんだら

留吉は鑿を置いた。うまくいかない。こんな日はきまってよくないことだの哀しい事だのが起きる。

その留吉を富之助が訪ねてきた。富之助はおときが戻ってきているといった。江戸におときがいなくなってから十年ほどが経っていた。おときも二十五になっている。

そのおときが、おねがいだから、あたしをたすけて、といった。

富之助はいつだったか妹のお栄に、兄さんはきっと女で身を滅ぼすことになるかもしれないねと言われたことがある。

そのお栄と父親は本所緑町がこの頃の住居となっていた。ばかばかしい転居癖によるものだった。父親はみずから画狂老人などと名乗っている。本当の名を中島銕蔵という。

お栄は銕が富士ばかりを書いているという。富嶽三十六景という。銕こと父の画号を北斎と言った。

おときは悪い男に付きまとわれているのだといった。宇都宮にいる商人で叶屋徳兵衛という。質物商というのは表向きで、江戸で押し込みをやらかして、大枚をつかんだことを知った。それで逃げてきたのだという。

富之助は元岡っ引きの糸蔵に再会した。その糸蔵とおときがつながっていた。

おときは秘かに留吉に油紙でつつんだ書付を預けた。そして糸蔵とやり取りをしていた。

この糸蔵のところに宇都宮の叶屋徳兵衛が一文無しになったという知らせが届いた。

本書について

星川清司
小伝抄
文春文庫 約二五五頁

目次

小伝抄
憂世まんだら

登場人物

小伝抄
 竹本小伝
 権八
 万五郎…小伝の父親
 三世尾上菊五郎
 三世坂東三津五郎
 飯尾藤十郎
 るい…小伝の妹
 瀬川菊之丞

憂世まんだら
 留吉
 富之助
 おとき
 渓斎英泉
 おひろ
 お栄(応為)
 中島銕蔵(葛飾北斎)
 叶屋徳兵衛
 糸蔵

タイトルとURLをコピーしました