歴史上の人物一覧

西郷隆盛:「敬天愛人」天を敬い人を愛した幕末・明治の英雄

文政10年12月7日、鹿児島の下加治屋町に薩摩藩下級士族・西郷吉兵衛隆盛の長男。薩摩藩士。西郷吉兵衛は小姓組だった。母・マサ。諱は隆永、のち隆盛。幼名は小吉、吉之介。父の死後吉兵衛を継ぎのち吉之助と改め、名を隆永、明治以後は父と同じ隆盛を称した。通称は吉兵衛、吉之助。号は止水、南洲。変名に大島三右衛門、菊池源吾。少年時代を貧苦のなかに過ごし、少年時代からの友人に大久保利通、伊地知正治らがいる。

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勝海舟:江戸城無血開城に尽力した幕末幕臣、坂本竜馬の師匠

勝海舟は江戸幕末から明治時代の武士、政治家。江戸生まれ。文政6年(1823)1月30日-明治32年(1899)1月19日死去。77歳。旗本小普請組・勝左衛門太郎(勝惟寅(これとら)、勝小吉)の長男。勝左衛門太郎は自伝「夢酔独言」で知られる。勝家は石高41石余の貧乏旗本だった。勝家は、勝左衛門太郎が婿養子になる形で同家の旗本株を買ったもの。勝左衛門太郎の生家である旗本男谷(おたに)家も、祖父・男谷検校(けんぎょう)が、金貸しを営んでいた小吉の勝左衛門太郎の父のために買ったもの。従兄に剣術家の男谷信友(精一郎)。男谷信友とは血縁上は又従兄で、信友が海舟の伯父に当たる男谷思孝(彦四郎)の婿養子に入ったことから系図上は従兄になる。

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美福門院(藤原得子)と玉藻前(九尾の狐伝説)

玉藻前(たまものまえ)とは、平安時代末期に鳥羽上皇の寵姫であったとされる伝説上の人物。モデルは藤原得子(美福門院)といわれる。九尾の狐の化身であり、正体を見破られた後、下野国那須野原で殺生石になったとされる。

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剣聖・塚原卜伝:生涯負けを知らなかった鹿島新当流の祖

塚原卜伝(1489-1571)は戦国時代の剣豪、兵法家。剣聖と呼ばれる。鹿島新当流(新当流、卜伝流、墳原(つかはら)卜伝流など)の始祖。卜伝の伝記は巷説が多く、生没年に諸説あることからも明らかでない。

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義民・佐倉惣五郎が祀られている宗吾霊堂(鳴鐘山 医王院 東勝寺)(千葉県成田市)

佐倉惣五郎と宗吾霊堂(そうごれいどう) 京成本線の宗吾参道を降りて、坂道を登ること10分程度。意外と遠い感じだった。 義...

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伊能忠敬(いのう・ただたか)日本地図を作成した測量家

伊能忠敬(いのう・ただたか)。本姓は神保。字は子斉。通称は三郎右衛門、勘解由。号は東河。延享2年(1745年)-文化15年(1818年)。日本地図を作成した測量家。

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久保木竹窓(くぼき・ちくそう):伊能忠敬と交友があった江戸時代後期の朱子学者

久保木竹窓(くぼき・ちくそう)は下総香取郡津宮村出身。名主を務めまるかたわら儒学者・国学者として知られ「下総に過ぎたるものが二つあり、成田不動に久保木蟠龍」とまでいわれた。

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飯篠長威斉家直は日本武道の源流の一つ「天真正伝香取神道流」の創始者

飯篠長威斉家直(いいざさ・ちょういさい・いえなお)。名は長意(ながおき)、家直。通称は山城守、伊賀守。日本の剣術は三大流派から始まったとされる。念流、陰流、そして神道流である。その神道流の祖である。正式名は天真正伝神道流(てんしんしょうでんしんとうりゅう)という。

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中山勘解由直守:鬼勘解由と称された盗賊改・火附改

中山勘解由は仏心の篤い人物だったそうだが、火附改を命じられると、二人の息子を前に、今日からは慈悲では治まらぬ、と父祖代々の位牌をまつる仏壇を叩き壊したという。中山勘解由の取り締まりは厳しく、庶民だけでなく、武士にも恐れられ、「鬼勘解由」「鬼勘」と呼ばれた。

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水野小左衛門守正:最初の盗賊改(関東強盗追捕)

幕府の役職の任命ではなく、盗賊の捕縛という役目を下命されている。江戸市中も盗賊が横行しており、町奉行所が奮闘していたが、常陸での盗賊取り締まりを命じられた。

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