ジョーセフ・キャンベル「千の顔をもつ英雄」の読書備忘録(要約と紹介と感想と)

作家さ行
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千の顔をもつ英雄

本書の目的は、世界中のおとぎ話や神話を多く引用して、神話が持つ本来の意味が自然と分かるようにし、擬人化されて語られる物語の真の姿を明らかにすることである。

その謎を解く鍵として精神分析の手法を取り入れている。主としてフロイトとユングの手法である。

謎を解く鍵として精神分析の手法を取り入れることは、最適でないかもしれないが、ひとつの手法として取り入れてもいいのではないかというのが、著者の考え方である。

こうした考えに基づいて、世界中から神話や民話を集め分析をすると、驚くほどに類似点が見つかる。一貫したパターンが見えてくるというのだ。

それが下記の有名な定型である。多くの映画人、クリエイターに影響を与え、現在もその影響が強く残っている。

分離(セパレーション)⇒通過儀礼(イニシエーション)⇒帰還(リターン)

優しい本ではない。神話の意味をジョーセフ・キャンベルが直接解説している箇所は読みやすいが、複数の神話だけで構成している箇所は、何通りにも解釈ができて、ジョーセフ・キャンベルの言いたいことを正しく掴めているのかが疑わしくなる。

いくつもの神話を並べることで、そこに見られる共通性を読者に直接感じてもらう意図なのかもしれないが「ね、わかるでしょ」と放り出されても、己の解釈が正しいとは限らない。こうした点では難しい本だと言える。

また、本書を展開するうえで拠り所となっているフロイトとユングの精神分析は、理論的に否定されているため、拠り所となる理論が無い点には留意が必要である。(そうだとしても、魅力的で面白い本である)

新たな理論や思想を拠り所に、新しい神話学の類型を探し始める時が来ているのかもしれない。

さて、本書が有名になったのは、映画スター・ウォーズへの影響が知られるようになってからである。

  1. スター・ウォーズ1ファントム・メナス
  2. スター・ウォーズ2クローンの攻撃
  3. スター・ウォーズ3シスの復讐
  4. スター・ウォーズ4新たなる希望
  5. スター・ウォーズ5帝国の逆襲
  6. スター・ウォーズ6ジェダイの帰還
  7. スター・ウォーズ7フォースの覚醒
  8. スター・ウォーズ8最後のジェダイ
  9. スター・ウォーズ9スカイウォーカーの夜明け

本書の流れの中で解釈ができる映画として代表的な映画をいくつか紹介。

J・R・R・トールキンの「指輪物語」を原作とした「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ。

  1. ロード・オブ・ザ・リング1
  2. ロード・オブ・ザ・リング2/二つの塔
  3. ロード・オブ・ザ・リング3/王の帰還

C・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」シリーズを原作とする「ナルニア国物語」

  1. ナルニア国物語/第1章ライオンと魔女
  2. ナルニア国物語/第2章カスピアン王子の角笛
  3. ナルニア国物語/第3章アスラン王と魔法の島

貴種流離譚という点からいえば、次の映画もそうであろう。

  1. ベン・ハー

他にも「マッドマックス」や「マトリックス」など、影響を受けた映画は数知れない。

プロローグ モノミス―神話の原形

モノミスとはモノ(=単)+ミス(Myth=神話)、つまり神話の原型であるが、一つの型があって、それがあらゆる神話やおとぎ話に適用されるという考えである。

とはいえ、現在の神話学の中ではモノミスの考えは主流ではなく重要視されていないようである。

1.神話と夢

フロイトやユングの系統の学者が、神話の論理や英雄の偉業は現代も生きていると示した。

我々の一人一人が、認識されていないが、ひそかに影響力を持つ、自分だけの夢の神々を持っている。

ここではジークムント・フロイトの有名なエディプス・コンプレックスを取り上げている。本書を通じて、解釈の大きな拠り所にしている考えである。

エディプス・コンプレックスは、男児の場合、幼児期に母親を手に入れようと思い、父親に対して強い対抗心を抱く状況をいう。

そして、母親に対する近親相姦的欲望を、ギリシア悲劇のオイディプス(=エディプス王)になぞらえてエディプス・コンプレックスと呼んだ。

男児は父親のような男性になろう(同一化)とする。これによってエディプス・コンプレックスは克服される。

この考えも、本書を通じて持ち出されるので、強い影響を受けている概念である。

精神科医は神話界における指導者の現代版だともいう。

英雄に助言して冒険を潜り抜けさせる賢者そのものであり、英雄が元の世界へ帰す役割を担っている。

英雄とは自らの力で服従を達成するものである。だが、何の服従を達成するのかが難問である。

そして、英雄の仕事とは、表舞台の世界から身を引いて、困難を生む精神の領域へもぐりこみ、何が問題かをはっきりさせ、自分自身の困難を解消し、ユングが「元型イメージ」と呼んだものを直接体験して、同化するまで突き進むことである。

本書を読んでいると、神話を分析する中で、地域問わず共通することが多いため、人類の共通する無意識、つまりは集合的無意識/普遍的無意識というものを強く感じたのではないかと思う。

2.悲劇と喜劇

悲劇は形あるものを壊し、形あるものに対する固執を壊すことである。

喜劇は荒々しく無頓着で無尽蔵の、自分ではどうにもならない人生の喜びである。

悲劇と喜劇は、両者を内包しつつも、両者によって区別される、神話的主題と経験を表す言葉となる。

神話やおとぎ話の挿話はそれが現実に起きたものであったとしても、幻想的で非現実的なものになる。物理的ではなく、精神的な偉業となる。

おこなったことが重要なのではなく、その前のもっと基本的なこと、皆が知っている夢の中の迷宮で体験することが大事なのである。

3.英雄と神

英雄の神話的冒険がたどる標準的な道は、通過儀礼が示す定型を作る。ここで示されるのが、巷間に流布し、最も有名な考えである。

分離(セパレーション)⇒通過儀礼(イニシエーション)⇒帰還(リターン)

英雄の物語は上記を拡大したものであり、上記はモノミス(神話の原型)の核をなす単位と言ってもいい。

最も有名な概念であるが、これだけを切り取って、ジョーセフ・キャンベルの理論として紹介しているケースもあるが…。

英雄は日常の世界から、自然を超越した不思議の領域へ冒険に出る。そこで途方もない力に出会い、決定的な勝利を手にする。仲間に恵みをもたらす力を手に、不可思議な冒険から戻ってくる。

神話の原形であるモノミスにおいて作られた英雄は、並外れた天賦の才を持っている。

それゆえに、属している社会から崇められることも多いが、認められず、軽蔑されることも多い。

おとぎ話の英雄は小宇宙的な勝利を、つまりは個人的な勝利を掴む。

神話の英雄は大宇宙的な勝利を得る。つまり自身の属する社会へ変革をもたらす結果を得る。

幼すぎたり、見下されたりした子供がとてつもない使い手になる場合は、自分を抑圧するものを屈服させる。

神話の英雄は所属する社会全体を再生する手段を冒険から持ち帰る。

英雄とその究極の姿である神、求める者と求めらる者という二つの存在は、神秘物語の外面と内面だと理解できる。

英雄の冒険は、この多様性の結合を知ることであり、それを知らしめることである。

日本の神話においては、スサノオオオクニヌシ、そして古代最高の英雄ヤマトタケルらが代表的だが、それぞれをキャンベルの説く三段階に当てはめると理解しやすくなるかもしれない。

4.世界のへそ

英雄の冒険が成功すると、生命が再びあふれるようになる。

流れは目に見えない源から流れ出し、宇宙の象徴的な円の中心である。世界はその周りをまわっている。

神の化身である英雄自身が世界のへそであり、永遠のエネルギーを流し込むへその緒のようなものである。

世界のへそは絶え間なく続く創造のシンボルである。

この「へそ」の概念は分かりにくい。単なる中心点を言いたいだけではなさそうだ。エネルギーの流入と言っているからである。分かりにくい概念だが、本書では重要な概念の一つである。

風景もまた、象徴的な暗示とともに命を与えられる。地域の歴史において、エピソードとかかわりを持つ。

特別な聖地がそうだ。英雄が活躍し、通ったところは、場所を特定されて聖地になる。そして寺院が建立される。ここが豊穣へ入っていく場所だからだ。

となると、世界のへそは至る所にあることになる。そしてそれがすべての存在の源になる。

日本国内にも数多くある。アマテラスがここが良いと言って鎮座している(伊勢)神宮を筆頭に、オオクニヌシの出雲大社など、数多くの神社が存在する。

良きものと悪しきもの、醜いものと美しいもの、罪と徳、楽と苦。すべて等しく世界のへそが生み出す。

第一部 英雄の旅

第一章 出立

1.冒険への召命

=英雄に下される合図。

偶然としか思えない失敗が予想外の世界を見せ、正しく理解できない力との関わりに引っ張り込まれる。

うっそうとした森、大きな木、湧き上がる泉、運命の力をもたらす使者。こうした情景に世界のへその象徴が見える。

オオクニヌシが出会ったのは、喋る兎である。自然を超越した存在である。そういえば、不思議の国のアリスも兎に誘われて異世界への旅を始めた。

神話的な旅の第一段階は「冒険への召命」と呼んでいるが、運命が英雄を召喚し、精神の重心を自分のいる社会から未知の領域へ移動することを意味する。

英雄は自らの意志で出立することもできるし、何者かによって連れていかれることもある。単なる失敗から始まることもある。

オオクニヌシは印旛の白兎との出会いから物語が始まる。白兎の語ったように未来が進むので、召命に応じた始まり方である。

ヤマトタケルは父・景行天皇から命ぜられて出立する。何者かによって連れていかれるパターン。

そして、スサノオは召命を拒否する。

2.召命拒否

=神から逃避する愚挙

召命に応じないという展開に出くわすこともある。召還を拒否すると、冒険は消極的な形をとることになる。

退屈や激務に追われ、英雄は肯定的な行動力を失い、救いを求める犠牲者になる。

新しい困難な状況を作って、自ら崩壊していくのをゆっくり待つしかない。

消極的な場合でも、奇跡の歯車が回り始める。だが、どうやって回るかが問題である。

スサノオは父神イザナギから夜の食国または海原を治めるよう命じられるが、拒否して、母神イザナミのいる黄泉の国に行って一目会いたいとメソメソするので、これを聞いて怒ったイザナギがスサノオを追い出したところから物語が始まる。

日本の神々は想定年齢が不明である。この時のスサノオが、少年期だと仮定すれば、この後の展開も腑に落ちるのだが…。そうすれば、その後のスサノオの一連のエピソードもイニシエーションとして解釈できる。

3.自然を超越した力の助け

=下された使命にとりかかった者に訪れる思いもよらない援助の手

召命を拒まなかった者が、旅の最初に出会うのは、これから遭遇するできごとに対抗する力を授けてくれる者である。

たいていは、小さく皺だらけのおばあさんかおじいさん。

こうした登場人物が表すのは、慈悲深く守ってくれる運命の力である。

心理学でいうところの、空想とは安心感であり、母の胎内で最初に知った楽園の平安が失われることはないという約束である。

ただ信じていればいい。そうすれば永遠の守護者が現れる。

召命に応じ、目の前に展開される事態に勇気をもってついていくとき、英雄は自分に備わる無意識の力を見出す。

自然を超越した力で助けてくれる人は男の姿をしていることが多い。

神話なら、案内人、導師、渡し守、魂を死後の世界へ導くもの。民話では森にすむ小さい人々、魔法使い、世捨て人、羊飼い、鍛冶屋など。

4.最初の境界を越える

冒険に踏み出すと、強大な力の入り口で「境界の守護者」と出会う。

守護者の向こうには闇や未知、危険である。こうした未知の場所は、無意識の中に抱えるものが自由に投影される場所である。

境界の守護者は守護的様相を表す。定められた領域を守る番人には異議を唱えない方がいい。

だが、境界線を越え前へ進み、番人の持つ破壊的な面を引き起こして、新しい経験の領域を通る。

冒険とは、いつでもどこでも、既知の世界にかかるヴェールの向こうにある未知の世界に行くことである。

境界で見張っている力は凶暴だが、力量と勇気を持っていれば、危険も消える。

5.クジラの腹の中

=闇の王国への道

神秘の境界を超えることは再生の領域に入るということである。

この概念は、クジラの腹の中として知られる、子宮のイメージで表される。

英雄は境界の力に打ち勝ったり折あったりする代わりに、未知のものに呑み込まれ、死んだように見えることもあるだろう。

境界を超えるのは自然消滅の一つの形である。

だが、英雄は目に見える境界を越えて外へ出るのではなく、中へ向かって、もう一度生まれようとする。

姿を消すという動きは、礼拝する者が神殿に入っていくことと符合する。

高い次元の性質に生まれ変わるために、英雄の物理的な肉体は、実際に殺され、切断され、ばらまかれることがある。

第二章 イニシエーション

1.試練の道

=神々の危険な側面

イニシエーションとは通過儀礼のこと。

境界を越えた英雄は、次から次へと襲ってくる試練を乗り越えていかなければならない。

ヤマトタケルには、次から次へと試練が降りかかった。

この世界に来る前に自然を超越した者に出会って助言や魔除け、使いの精を与えられ、知らないうちに助けられていく。

英雄は恵み深い力が超人的な経験をする自分を至る所で支えてくれるのに気が付く。

試練の知に向けた出立はイニシエーションの克服と啓蒙の瞬間という、長くて険しい道の始まりに過ぎない。

2.女神との遭遇

=取り戻された幼児期の至福

すべてを乗り越えた後の最後の冒険は、勝利を手にした英雄の魂と、世界の女王女神との秘密的な結婚で表現される。

オオクニヌシスサノオの試練を乗り越え結ばれる。もっとも、最後はスサノオに祝福され、新たな名としてのオオクニヌシを授けられるのだが。

神話に登場する万物の母は、子を養い守る最初の存在としての女性の属性を持つ。生の守り神である。

一方で、女神は死を免れないすべてのものの死の存在でもある。女神は生死を司り、誕生から死までが女神の差配の中で完結する。

生死を司る中で、女神は良きものと悪しきものを統合する。記憶の中の母親が持つ二つの顔を、普遍的なものとして見せる。

そして、女神は英雄のイニシエーションが進むに従い変容するが、英雄よりは大きな存在とはならない。

3.誘惑する女

=オイディプスの自覚と苦悩

世界の女王神との結婚は、霊感的なものになる。それゆえに、英雄が完全に生を支配したことを表す。

女性は生を表し、英雄はそれを知り自由に操るものだからである。

最終的な経験や行為の前に英雄が受ける試練の数々は、運命的に出会う花嫁を完全に自分のものにできるかどうかの境目を表す。前出のオオクニヌシの物語がそうである。

そして英雄は自分と父が一体であること、父に代われたことを知る。前出のオオクニヌシとスサノオの関係がそうである。

だが、行動することのすべては必然的に肉体の臭気に汚されていると突然理解したり気づかされたりする。いわゆる、汚らわしい、というやつである。

そうした場合、往々にして嫌悪感に襲われる。英雄が純粋であれば、純粋な魂には耐え難いものになってしまう。

生を超えて生き方を探す者は、母を超えていかなければならず、母の要求の誘惑に勝たねばならない。

オイディプス的でハムレット的な嫌悪感が魂に付きまとい続けていると、現世や肉体、女が勝利どころか敗北の象徴となる。

そうなると英雄はもはや肉体を持った女神と純潔な関係にはいられない。女神が罪を背負った女王に転じてしまうからだ。

4.父親との一体化

英雄は助けてくれる女性から希望と安心を得られる。女性から授かった魔法によって、父親が施す自我を砕くイニシエーションの間守られるのである。

恐ろしい父親の顔を信頼することができないなら、他のものを信頼するしかない。結局、父親と母親は互いを映す存在で、根本は同じであることが分かる。

だが、父親が甘く、きちんとイニシエーションを受けずに人生の役割を与えられると、思いがけず混乱を引き起こす。

子供が成長して、母親から離れ、大人に限定された行為の世界に向き合うようになると、子供は精神的に父親の領域へ入っていく。

父親は、息子にとっては将来の務めの印となり、娘にとっては未来の夫の印となる

父親は意識していなくとも、若者がより大きな世界へ入っていくときにイニシエーションを授ける指導者なのである。それ以前は母親が良きもの悪しきものを表していたように、今度は父親がそうなる。だが、複雑な図式が現れる。ライバル関係という新しい要素が加わる。

英雄が父親に会いに行くというのは、恐怖に対して心を開き、完全に認められるために成長することである。父親の顔を見て、理解して、父と子は一体化する。

5.神格化

男でもあり女でもある両性具有の神は、神話の世界では珍しくない。いつもどこか神秘性を伴って登場する。二元性を帯びることで、二つを結合して新しい生命を誕生させる考えと同じくする。

宇宙創成の円環の始まりであり、英雄の活躍の最後にも同じようにある。天国の壁が消えて神が見え、記憶が戻り、知恵を再び授かる。

私たちは神の中にあり、神は私たちの中にある。新しい命を授かり、新しい誕生を迎え、存在することを改めて知る。

二度目の誕生が、両性具有の神の像が示す意味である。両性具有の神は、イニシエーションの主題の神秘である。これにより、明らかに相反する二つの神話的冒険が一つとなる。「女神との遭遇」と「父親との一体化」である。

こうして相反する組み合わせが同等となる。

虚空―世界、永遠―時間、涅槃―輪廻、真理―幻想、悟り―慈悲、神―女神、敵―味方、死―誕生、稲妻―鈴、宝石―蓮華、主体ー客体、ヤブ―ユム、陽―陰

6.究極の恵み

神々と女神たちは不滅の存在の化身であり守護者であって、最初から究極の存在ではない。

英雄が神々と交わる中で探すものは、神々ではなく、神々の恵み、神々が維持する本質的な力である。だが、神々が厳しすぎたり用心深かったりすると、英雄は神々をだましてその力を手に入れなければならない。

第三章 帰還

1.帰還の拒絶

=拒絶された現世

英雄は、時として役目を終えたあと、自分の所属する共同体へ戻ることをやめ、そのまま隠遁してしまうことがある。

英雄は、生命の根源を看破したり、探求をまっとうすると、自分の人生を一変させる戦利品を携えて帰還の途につかなければならない。

だが、その重責はしばしば拒まれることもある。帰還するのではなく、俗世から離れたところへひきこもることもある。つまりは隠遁してしまう。

完全に円環して、モノミスの基準を満たすためには、人間の世界に向けて試練の帰路へ踏み出す。手に入れた宝は、共同体や民族などの再生に役立つはずなのに。

スサノオはある時を境にその足跡が消える。オオクニヌシは、国譲りの後に姿を消す。

2.魔術による逃走

=プロメテウスの逃走

英雄が社会を再建するために元の世界に帰還する使命を示された場合、英雄は元の世界に戻るために超自然的な庇護者のあらゆる助けを得ることになる。

だが、戦利品が番人から奪ったものである場合、元の世界に戻ることを神や悪魔が快く思わない場合、神話の結末は多くの場合、笑いを誘う逃走劇となる。

あらゆる魔術で妨害されたり、裏をかかれたりして、逃走劇は複雑になっていく。逃走は民間伝承が好んで取り上げるエピソードである。

逃走者の身代わりになって残ったものがしゃべることで追跡を遅らせたり、追っ手を妨害して時間をかせぐために、障害物を後ろに投げたりする。

障害物を後ろに投げる逸話として、古事記のイザナギが黄泉の国から逃げてくる話が書かれている。

3.外からの救出

英雄を冒険から連れ出すのに、どうしても外の助けがいることもある。元の世界から英雄のもとに出かけて連れ戻すしかないということである。

深層という至福の状態から、自己が混乱しているような覚醒状態には簡単には戻りたくないだろう。

だが、呼び戻されるべき英雄が単に時間を食っているだけなら、一見してそれとわかる救いの手が差し伸べられ、英雄は帰還する。

ここでも古事記の天の岩屋の逸話が書かれている。アマテラスが隠れてしまうのを八百万の神々が引っ張り出す。英雄が外の力によって不本意ながらも救出される事例の一つである。

冒険の最終局面でも、英雄を超自然的な力が働いて守っている。こうして英雄の旅の円環の最終局面に導かれる。

奇跡に満ちた冒険は、単なる序曲に過ぎない。英雄は懐かしの元の世界に、恩恵を携えて戻らなければならない。

4.帰還の境界越え

=日常世界への帰還

二つの世界、天界と人間界は全く異なるものとして描かれることがある。そのため英雄の帰還は、天界からの帰還として描写される。だが、実は二つの世界は一つなのである。

楽園での1年が地上での100年にあたるというのはよくあるモチーフである。日本では浦島太郎が有名である。

100年を1単位とするのは、全体性を表している。同じく、360度の円も全体性を意味する。

完全な円という調和のとれた形は、人間には変化と死にしか見えず、神々には不変の形、終わりなき世界にしか見えない。

帰還した英雄は、冒険を成し遂げるため、元の世界の衝撃に耐えて生きていかなければならない。

5.二つの世界の導師

世界の境界を行き来する自由があるのが導師である。もう一方の世界の力を借りて一方の世界を知ることである。

神々の中の最高神の姿に、多様に分かれた宇宙が一つに集まっているのを見ることがある。擬人化した姿で表現すれば、宇宙男(コズミック・マン)である。

6.生きる自由

=究極の恵みの本質と役割

神話の目的は、個人の意識と宇宙の意志を融合させ、生きる上での身勝手な考えかたを無用にすることである。

時間と、生と死で成り立つ、途切れることのない命の営みとの真実の関係に気づくことで、神話の目的は達成される。

英雄とは、生れ出ようとする事物の王者であって、すでに存在している事物の王者ではない。

英雄は、時間がたっても見かけ上の変化がないこと、存在の永遠性とを取り違えることはない。永遠の存在を変化させて破壊するものだと、別の事物を恐れることもない。

第四章 鍵

物語の多くは、完全な円環の要素を取り出して脚色している。試練のモチーフ、逃走のモチーフ、花嫁の誘拐など。そして、いくつもの独立した円環を一つの物語につなげているものもある。

神話の物語や筋書きは、損なわれたり曖昧になりやすい。

外部から取り入れた題材は、土地の風土や習慣、信仰に合うように書き換えられる。そして、伝承は繰り返し語られるうちに混乱が生じる。

神話が伝記や歴史、科学として解釈されると、神話に息づく生命力がそがれる。生き生きした場面が、時空の遠く離れた事実になってしまう。再び生き生きと蘇らせるには、霊感に満ちた過去が暗示するものを探さなければならない。

第二部 宇宙創成の円環

世界の創造と破壊の壮大な姿。これは成功した英雄に啓示として授けられる。

「流出」では宇宙の形態が虚空から出てきたことを論ずる。

「処女出産」では、「万物の母」としての宇宙スケールで役目を吟じ、次に「英雄の母」としての人間の目線で、女性の力の創造と贖罪の役目を吟味する。

「英雄の変貌」では伝説的な歴史を、典型的な段階をたどって探る。英雄は、人が必要とするものにあわせて、姿を変えて登場する。

「消滅」では英雄の、そして、冒険によって現れた世界の、予言された結末を語る。

宇宙創成の円環は、どの大陸の聖典を見ても驚くほど一貫した内容で示されている。

英雄の冒険に新しくて興味深い展開をもたらす。

冒険は、再発見のための務めであり、勝ち取った神の力は常に英雄の心の中にあったものである。

英雄は、自分が何者かを自覚するようになり、それとともに本来持つ力を行使するようになる。

第一章 流出

1.心理学から形而上学へ

神話の象徴作用に心理学的な意味がある。神話は夢と同質である。本書の一貫した考え方の一つで、フロイトやユングの心理学の影響が強く出ている。

解き明かされたおかげで、長らく疑問視されていた古代人の荒唐無稽な幻想が、現代人の意識の前面に舞い戻ってきた。

神話は、伝記や歴史、宇宙論として誤読されている心理学である。

心理学者は神話本来の意味を解釈しなおし、人間性の最深部に眠る説得力のある記録を救い出すことができる。

それは謎多きホモ・サピエンスの隠された変遷である。

神話をきちんと把握するためには、神話が制御され意図された精神的な原理を表現していることを知っている必要がある。

現代の体系である心理学的解釈を開く鍵は、形而上学の領域=無意識という等式にある。

2.普遍の円環

宇宙創成の円環は、果てしなく繰り返される世界として表現される。

これによって例証される哲学の公式は、意識の循環に関するものである。

3.虚空から―空間

宇宙創成サイクルの第一段階は、形のないものが形あるものに様変わりするところを描いている。

日本の最初の神々は、何も無いところから生まれた。

日本神話の天地開闢。古事記冒頭の「天地初発之時」。最初に高天原に三柱の神(造化の三神)が生まれた。天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)である。

4.空間の内部で―生命

宇宙創成に伴う流出で第一に起きるのは空間という世界舞台の枠組みを作ることである。第二にその枠内での生命の誕生である。

最初の神々が生まれ、次々と神々が生まれた。そして、イザナギとイザナギによる国産みが始まり、神代が始まる。日本神話の時代の幕開けである。

5.一つから多数へ

宇宙創成の円環が先に向かって回転すると、一つであるものが急に多数になる。

同時に重大な危機が生じて、創られた世界はひび割れ、対立して存在する二つの面に分かれる。

神話では、全能の生ける神に注目が集まるときはいつでも、宇宙を形作る奇跡的な力が自然発生する。

一なる者が砕けて多数になるとき、運命はたまたま起きるが、同時にもたらされるのである。

宇宙創成の円環の始まりと同じように、神は関与しないと言えるが、同時に神は創造主であり、保護者であり、破壊者であるともいえる。

6.世界創造の民話

未発達の民間神話に出てくる起源の説話はシンプルである。奥深い示唆に富む宇宙創成の円環の神話とは対照的である。

世界を作り、人間を作り、運命を決めるというテーマは、原初の創造主の話に典型的なテーマである。

第二章 処女出産

1.母なる宇宙

創造者の父性的な側面よりも母性的な側面を強調する神話において、最初の女性は、世界の始まりの舞台の務めを果たし、別の段階であれば、男性に割り当てられる役割を演じている。

そして、この女性が処女であるのは、配偶者が目に見えず正体がわからないという理由による。

2.運命の母胎

宇宙の女神が人に見せる姿はさまざまである。被造物は、創られた世界からすると種々雑多で、複雑で、矛盾した性質を持つものだからである。

そして、生命の母は同時に死の母でもある。飢餓と疫病という醜い魔女の仮面をかぶっているのだ。

宇宙創成の円環が進み、時代が先史時代から有史時代にくだると、宇宙生誕をつかさどる女神は退き、人間の女に託される。

神から人へ移って行くことになると。

3.救世主を孕む子宮

人間の世界が問題となる。人間のものの見方は平板になり、反射物、存在物の上っ面だけの理解にとどまる。

人間が苦悶する様子には意味があるのに、目に触れることはない。社会は過ちを犯し、惨事に陥る。これは神話の永遠のテーマであり、予言者のお告げにおけるおなじみの嘆きである。

頑固な自我を正しく抑えられなかった者が、人類を精神失墜のどん底へ連れていくと、循環の超自然的な力が働く。

それは、ひっそりとした村で乙女が生まれるところから始まる。

彼女は一族のように当世風の過ちを犯すことはない。そして風と結ばれた宇宙の女性の、人間世界での縮小版となる。彼女の子宮はいまはまだ原始の深淵同様に休んでいるが、機が熟せば受胎する力が備わっている。

4.処女母の民話

そよ風を一息吸ったりということでも準備の整った子宮は十分受胎できる。

気まぐれ、あるいは時の運命によって、英雄的救世主か世界を破滅させる悪魔のどちらかを身ごもる。

第三章 英雄の変貌

1.原始の英雄と人間

前章まで二つの段階について検討してきた。

第一段階は「創造されずに創造する者」が神から直接流出して以降、その流動的で時間にとらわれない存在が神話時代に活躍するまでの段階。

第二段階は「創造されて創造する者」の登場から、人類の歴史の領域に至るまでの段階。

第二段階に入ると、神の流出は凝結し、人間の意識は収縮した。この段階になると、かつては目に見えていたものが見えなくなり、二次的に派生したものだけが人間の小さな瞳に見えるようになった。

そのため宇宙創成の円環を進めるのは、見えなくなった神々ではなく、多少なりとも人間味を帯びた英雄たちである。

その英雄たちの手によって世界の命運が決められる。そして、英雄の登場を機に、創造神話に代わって伝説が人々の間で語られるようになる。形而上学から先史の伝説への転換である。

先史の伝説は最初のうちは曖昧だが、次第に細部がはっきりする。英雄の神話性は時間の経過とともに薄れていき、地域伝承の最終段階にいたると、伝説が歴史時代の表舞台に顔を出す。

2.人間英雄の幼児期

人間の英雄は、下降して人間以下の生き物との関係を再構築しなければならない。ここにこそ英雄の冒険の意義がある。

しかし、英雄伝説の作者たちは、偉大な英雄たちを人間とみなすだけでは満足しなかった。

英雄は生まれた時から、場合によっては母親の胎内に宿された瞬間から、たぐいまれな力に恵まれていて当然だったのである

英雄の生涯は、大冒険を伴う、驚きに満ちた一大イベントとして描かれるだけではない。

英雄たる資格というのは、勝ち取られるものではなく、宿命づけられたものである。

それゆえに、英雄の伝記とその資質の関係についての問題を提起する。

第一部「英雄の旅」で、英雄の救済行為を第一の視点、心理学的とも呼べる視点から考察した。次に、それを第二の視点から検討しなければならない。

第二の視点に立つと、英雄の救済行為は、本来は英雄自身が形而上の神秘を再発見し明らかにする行為であったため、その形而上の神秘を象徴するものになる。そこで、奇跡に満ちた英雄の幼年期を考察する。

幼年期には、内在する聖なる原理が、特別に人間の姿をとってこの世に現れる。次に、英雄がその運命づけられた行為を行う際に演じる役割について考察する。こうした役割は時代の要求に応じて重要さが異なる。

英雄の第一の任務は、宇宙創成の円環における先行段階を意識的に経験し、流出の時代をさかのぼることにある。第二の任務は、流出の時代の深淵から生活の場に帰還し、造物神的な力を潜在的に持つ者として人間世界の変革に寄与することである。

実在した人物がその偉業によって英雄に列せられる場合、英雄伝説の作者は英雄にふさわしい詳細な冒険の旅を創作する。冒険は奇跡を起こすに至る旅として描かれ、人間の運命の諸相を象徴するものとして解釈される。

運命の子供は長い間世に埋もれていなければならない。これは危険、障害、恥辱の期間である。子供は未踏の闇を経験し、闇には慈悲深いと同時に悪意に満ちた未知の存在がいる。若き修行者は、根源の力、つまり計画されたり命名されたりしたものの領域を超えたところに存在する力を学ぶ。こうした日々を生き抜くには稀有な能力が求められ、英雄の幼年時代は、並外れた力、思慮、知恵に満ちている。

英雄の幼年時代は、英雄が帰還してそれを自覚すれば終わりを迎える。長い間の無名時代を経て、英雄はようやく真の姿を現す。だが、それによって英雄に重大な危機が訪れることもある。英雄は人間の世界でそれまで見られなかった力を発揮するからである。

3.戦士としての英雄

神話の英雄は、すでに生まれたもののために戦う戦士ではなく、これから生まれるもののために戦う戦士である。英雄に殺される龍や専制君主は、現状を守る怪物であり、過去の守護者に他ならない。過去を守り続けるため、亡者と呼ばれるのである。専制君主は既成事実の擁護者であり、英雄は創造的生活の擁護者である。英雄の行為の根底には邪魔者を取り除く使命がある。

4.恋人としての英雄

敵から奪った覇権や、怪物から勝ち取った自由などは、ひとりの女性に象徴的に表される。女性は英雄の分身でもある。なぜなら、それぞれが両方であるからである。

5.皇帝や専制君主としての英雄

至高の英雄は行動する英雄以上に深い知恵が求められる。そして、行動にも意味が与えられる。英雄は世界軸、世界山、世界樹を反映し、すべての中心に座しているが、堕落することがある。こうなると、過去の天上の力は失せ、共同体が支持してきた考えも失われ、彼の手から世界を救わなければならない。

6.世界を救う者としての英雄

イニシエーションは、父親のもとで二つに分けられる。1つは、父親の使者として帰還すること2つは、自分と父とは一体だと認識して帰還すること。後者の英雄こそ、真の意味で神の化身である。

英雄の任務とは、父親、龍、専制君主などの執着を葬り、宇宙を再生産する命のエネルギーを解放することにある。昨日までの英雄も、自らを抑制しない限り、明日には専制君主になってしまうだろう。

7.聖者としての英雄

世捨て人たる聖者や苦行者としての英雄。彼らの自我は消え、肉体は地上をさすらうが、魂は至福の大海に溶け込んでいる。英雄たちは、生を超越し、神話も超越する。神話とかかわりを持たず、神話も英雄を適切に扱えない。伝説は語り継がれるが、感傷的気分を得るのと変わらない。

8.英雄の離別

英雄伝説の最後は、死もしくは離別によって終わり、ここに英雄の生涯の意味が集約される。死を少しでも恐れる者は英雄とはなれない。英雄の第一条件は、墓との和合である。英雄は必ずしも死するわけではなく、ただ眠るだけなので、何かあれば目を覚ますか、姿を変えて現れる。

第四章 消滅

1.小宇宙の終末

個人の死が、円環を一周して元に戻るには、生前にどう生きてきたかにより変わってくる。詳細かつ重要な形で描かれるのが魂の最後の旅の神話である。魂はあらゆる段階の生を経験し、最終的には宇宙卵の殻を突き破る。

2.大宇宙の終末

個人の終末と同様に、世界も終末を迎える。その様子は各神話で見られる。

エピローグ

1.姿を変えるもの

ジョーセフ・キャンベルは、神話と解釈するにあたって、決定的な体系は存在しない、と言い切り、今後もそうした体系が確立されることはないだろう、と言っている。

つまりは、本書における神話の解釈も独自のもので、決定的な体系を狙ったものでないことを言っている。

現代においても、神話に対しての判断は様々であるので、神話とは何かということではなく、どう機能するか、過去にどのように役立っていたか、現代においてどのように役立つかを考え、その時代の個人や集団、精神、要求にあわせて姿を変えるということになる。

2.神話、カルト、瞑想の機能

個人は所属する集団から、生きる技術、考えるための言語、生き延びるため移必要な発想を得ている。

個人は生きている社会が過去から受け継いできたものを、その体の中に受け継いで生きている。それゆえ、社会と関係を断ち切ろうとすると、自分の存在の源との関係を断ち切ることになる。

誕生、イニシエーション、結婚、埋葬、任命といった、部族に固有の儀式によって自己を認識し、同時に過去から受け継がれてきた元型的段階の教えを共同体に属する人々に伝えることになる。

個人はこうした祝祭から受ける教訓を日常に結び付けて生活することによって、その存在を認めてもらうことになる。逆に、無関心や社会へ反抗であることは、そのつながりを破壊することになる。

個人単位で見ると、社会から切り離された個人は何者でもない。不要な者なのである。一方で、男女の関係なく、社会における自分の役割を生きたと偽りなく宣言できる人は、完全な意味において価値ある誰かである。

共同体から離れて放浪する者は、無に等しいが、別の観方をすれば、これは探求の第一歩となる。英雄は常に自分自身の本質と直面する。放浪は英雄を万物の中に自己を導く。この観点に立つと、利己と利他の問題は消滅し、自己を喪失した個人は、宇宙の意味と同化して再生される。

3.現代の英雄

ニーチェは神々はすべて死んだと言った。

これは近現代の英雄譚であり、人間の成熟を物語る奇跡の物語である。神々が支えていたような社会は存在しない。社会的単位は宗教の教えを運ぶものではなく、政治的・経済的組織となった。高度産業化社会の内部では、儀礼、道徳、芸術といった人類の遺産の最後の痕跡さえ完全に消えてしまった。

現代に生きる人間の課題は、絶大な統合機能を持つ神話が語ってきた、相対的に安定した時代を生きてきた人間の課題とは正反対になる。

かつては、意味は集団の内部にあり、自己表出することはなかったが、現代では意味は集団の中になく、世界の中にもない。すべての意味は個人の中にある。そして、その意味も完全に見失われている。

そのため、現代人はどこに向かって進めばよいかわからない。自分を駆り立てるものが何かわからない。

世界宗教であっても、この問題を克服する力を持っていない。世俗国家が世界を征服したことにより、あらゆる宗教団体が完全に二次的で無力な存在になった。いまでは人間そのものが最高の神秘であり、かの超越的存在となった。

利己主義は人間と折り合いをつけねばならず、自我は人間を通して十字架にかけられて復活しなければならない。創造する英雄が社会を導き救うのである。

目次

プロローグ モノミス―神話の原形

1.神話と夢
2.悲劇と喜劇
3.英雄と神
4.世界のへそ

第一部 英雄の旅

第一章 出立
1.冒険への召命
2.召命拒否
3.自然を超越した力の助け
4.最初の境界を越える
5.クジラの腹の中

第二章 イニシエーション
1.試練の道
2.女神との遭遇
3.誘惑する女
4.父親との一体化
5.神格化
6.究極の恵み

第三章 帰還
1.帰還の拒絶
2.魔術による逃走
3.外からの救出
4.帰還の境界越え
5.二つの世界の導師
6.生きる自由

第四章 鍵

第二部 宇宙創成の円環

第一章 流出
1.心理学から形而上学へ
2.普遍の円環
3.虚空から―空間
4.空間の内部で―生命
5.一つから多数へ
6.世界創造の民話

第二章 処女出産
1.母なる宇宙
2.運命の母胎
3.救世主を孕む子宮
4.処女母の民話

第三章 英雄の変貌
1.原始の英雄と人間
2.人間英雄の幼児期
3.戦士としての英雄
4.恋人としての英雄
5.皇帝や専制君主としての英雄
6.世界を救う者としての英雄
7.聖者としての英雄
8.英雄の離別

第四章 消滅
1.小宇宙の終末
2.大宇宙の終末

エピローグ 神話と社会
1.姿を変えるもの
2.神話、カルト、瞑想の機能
3.現代の英雄

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