高尾山薬王院 ミシュラン3つ星に輝いた高尾山にある密教寺院

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高尾山薬王院の御本堂

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関東三大本山

真言宗智山派の関東三大本山のひとつ。成田山新勝寺、川崎大師平間寺とともに真言宗智山派の三大本山として知られる。

近年は「ミシュラン・ボワイヤジェ・プラティック・ジャポン」三ツ星に認定されたことで注目を集めた。山で三ツ星になったのは富士山と高尾山だけ。それもあり、海外の観光客が多い場所にもなっている。

縁起

高尾山薬王院の案内図

開山行基菩薩
開山行基菩薩 法相宗、法興寺(飛鳥寺)の昭道上人の弟子と言われる「行基菩薩」は、師の教えを受け華厳菩薩行を実修実証し、橋を架けたり、溜め池を築いたり、施薬院、施粥庵などを開いて窮乏疾病の人に慈悲を示し、大衆と共に生き、大衆の力を集め、多くの社会事業を興し、仏の教える慈悲の大業を実現された救済の菩薩と崇められ、1250年にも及ぶ時空を超えて、今日に至るまで篤い畏敬を集めている。
全国各地に行基開山を伝える寺は数えきれない程であるが、その多くが薬師如来を本尊としている。これは、大仏造立を始め、国分寺、国分尼寺の建立のために全国から多くの人々が徭役に集められ、重い労役に従事した中で、心の支えになったのが行基菩薩の慈悲行であったこと、「医王の目には途に触れて皆楽なり、解寶の人は礦石を寶と見る(弘法大師=般若心経秘鍵)」の喩えのように、慧眼を持った行基菩薩が人材を登用して職能集団を形成していったことが、病苦に対する施薬のように、苦役に従う大衆の救いであった。薬師の子としての出生で薬事に精通していたことなどが要因となって「行基菩薩=薬師如来の応化身」という思想が高まったという。

中興の祖、俊源大徳
中興の祖、俊源大徳 南北朝後期、後円融天皇の永和年間、一休禅師の登場にやや先立つ頃、京、山城の国醍醐山より俊源大徳高尾山に来たり、この地の仏法興隆を祈って、山中の滝に垢漓をとり、炊き谷に庵を結び、不動明王八千枚護摩供秘法という難行に挑み、精進の甲斐あって飯縄大権現を感得せられたのである。

たこ杉

ケーブルカー、リフトを降りて歩いていくと現れる。樹齢450年の巨杉。高尾山で2番目の大木。参道を切り開く時、切られそうになった根がタコ足のように曲がったと言われる。

高尾山薬王院のたこ杉

高尾山薬王院のたこ杉

浄心門

ここまででそこそこ山の中をハイキングした気分になれる。薬王院の総門。額号は「霊氣満山」。

高尾山薬王院の浄心門

神変堂

神変大菩薩とは修験道の開祖役小角(役行者)のこと。高尾山でも修行したと伝えられるから祀られている。様式は入母屋造唐破風付。

高尾山薬王院の神変堂

百八段階段

右が女坂、左が百八段階段

高尾山薬王院の百八段階段周辺

高尾山薬王院の百八段階段周辺

山門

持国天・増長天・広目天・多聞天が門の東西南北を護っている。

高尾山薬王院の山門

高尾山薬王院の山門

高尾山薬王院の紅葉

手水舎周辺

高尾山薬王院の手水舎

高尾山薬王院の手水舎周辺

高尾山薬王院の紅葉

高尾山薬王院の紅葉

お護摩受付所・お札授与所周辺

高尾山薬王院のお守り授与所

高尾山薬王院のお守り授与所

高尾山薬王院のお守り授与所

高尾山薬王院のお守り授与所

修行大師堂

弘法大師を祀る。合格祈願スポット。

高尾山薬王院の修行大師堂

八大龍王道

ここで硬貨を洗うと御利益があるとされる。多くの人が硬貨を洗っていた。鎌倉の銭洗い弁天のようだ。像は娑伽羅龍王(さからりゅうおう)。

高尾山薬王院の八大龍王道

仁王門

高尾山薬王院の仁王門

御本堂

薬王院の中心となる本堂。薬師如来と飯縄権現を祀る。ここまで来ると、密教寺院らしい雰囲気を感じる。山の中にあり、本来は俗人を寄せ付けないはずの雰囲気が出ている。現在の堂宇は1901年(明治34年)に建立されたもの。入母屋造。彩色は施されていない、彫刻で装飾されている。

薬師如来は、無明の病を直す法薬を与える医薬の仏様。左手に薬壺を持つ、仏国土の東方瑠璃光浄土の教主(西方は阿弥陀如来)。開基・行基が彫像したとされる。薬師如来の真言「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」。

高尾山薬王院の御本堂

高尾山薬王院の御本堂

高尾山の天狗は御本尊の随身として、開運や魔除けなどのご利益をもたらす役割をもっているそうだ。

真っ赤な顔と高い鼻、団扇を持っているのが大天狗。神通力で開運をもたらす。

高尾山薬王院の御本堂の赤い大天狗のお面

青い顔にカラスのような嘴、剣を構えているのが小天狗。別名烏天狗。剣で魔を断つ。

高尾山薬王院の御本堂の緑の烏天狗のお面

鐘楼堂と愛染堂

左にある赤い建物が愛染堂。

高尾山薬王院の鐘楼堂と愛染堂

御本社

薬王院の中心となる本社。飯縄権現を祀る。鳥居があることから分かるように神社である。高尾山薬王院は寺院であるが、ここは神社。日本古来の信仰の姿である神仏混合の在り様が残っている。本尊の飯縄大権現立像は、不動明王とダキニ天が習合した山岳修験道の神様で、不動明王の化身とされる。五つの相を併せ持った姿が特徴的で、異形の仏として知られる。。

現在の社殿は1729年(享保14年)に本殿が建立され、1753年(宝暦3年)に幣殿と拝殿が建立された。1805年(文化2年)、1965年(昭和40年)、1998年(平成10年)に大改修が行われた。

飯縄権現は、上杉謙信と武田信玄も信仰した戦勝の神。上杉謙信の兜の前立は飯縄権現像、武田信玄は飯縄権現の小像を懐中していたという。飯縄権現の宝号「南無飯縄大権現」(なむいづなだいごんげん)、真言「オン・チラチラヤ・ソワカ」。

高尾山薬王院の御本社鳥居

高尾山薬王院の御本社

入母屋造の本殿と拝殿を幣殿で繋いだ権現造。社殿全体に華麗で極彩色の装飾がされている。

高尾山薬王院の御本社案内板

高尾山薬王院の御本社

高尾山薬王院の御本社

天狗社と福徳稲荷

天狗社では高尾山に古くから棲むと言われる小天狗・大天狗を祀る。福徳稲荷では飯縄権現のルーツとなるダキニ天(白狐に乗る天女のお稲荷様)を祀る。

高尾山薬王院の天狗社と福徳稲荷

奥の院

江戸時代初期の寛永年間(1624年-1644年)の建立。四方3間の宝形造向拝付。本尊の木造不動明王及び二童子立像は寄木造り・玉眼・彩色。本尊の他に行基菩薩・俊源を祀る。

高尾山薬王院の奥の院

高尾山薬王院の奥の院の看板

浅間神社

一間社流造唐破風付。

高尾山薬王院の浅間神社

案内図

高尾山薬王院案内板

山麓の不動院周辺

高尾山山麓の不動院

高尾山山麓の不動院前の紅葉

高尾山山麓の紅葉

山頂

高尾山山頂

遠景

高尾山薬王院からの遠景

高尾山山頂風景

紅葉2017

ケーブルカー、リフト周辺が紅葉の見ごろだった。人ごみもすごい。

高尾山に来るなら、絶対に電車がいい。この日、車で来てしまったが、周辺の駐車場に空きが出ず、数駅離れた駅の駐車場に止めて、電車でやってきた。

そして、上へ登るときは待ち時間を考えても、ケーブルカーかリフトの利用をお勧めするが、帰りは、歩いて帰ってきたほうがいい。上で待ち時間60分などザラなのだが、歩けば30分~40分で下りられる。

高尾山のケーブルカー乗り場

高尾山ケーブルカー乗り場周辺

高尾山の紅葉

高尾山の紅葉

高尾山の紅葉

高尾山薬王院の概要

概要
項目内容
山号高尾山
院号
正式名高尾山 薬王院 有喜寺
開基伝・行基、聖武天皇(勅願)、伝・天平16年(744年)
宗派真言宗智山派
本尊薬師如来、飯縄権現
別称
備考 寺格 大本山
札所等 関東九十一薬師5番、関東三十六不動8番、多摩四国八十八箇所68番、東国花の寺百ヶ寺 東京8番

文化財

重要文化財概要
指定内容
国指定国宝
重要文化財
登録有形文化財
県指定有形文化財 本社(権現堂)・大師堂・奥の院不動堂
木造不動明王及び二童子立像
木造地蔵菩薩立像
市指定有形文化財
天然記念物概要
国指定
県指定
市指定

情報

公式ホームページ

高尾山薬王院公式ホームページ
高尾山にある高尾山薬王院は真言宗智山派の大本山で、正式名称「高尾山薬王院有喜寺」(たかおさん やくおういん ゆうきじ)という。

住所&地図

〒193-8686 東京都八王子市高尾町2177
042-661-1115

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