佐助稲荷神社の参拝録(神奈川県鎌倉市)鎌倉最強の出世開運神社

史跡・遺跡
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源頼朝ゆかりの神社

参道には、信者が奉納した無数の朱色の鳥居が林立しており、くぐりながら登っていく。

伊豆の蛭ヶ小島に流されてた源頼朝の夢で「かくれ里の稲荷」と名乗る翁が平家挙兵を促した。

「公は清和の嫡流にしてまさに天下を統一すべし。早く義兵を起こして奢れる平氏を討滅し安んじ給え。我は鎌倉鎮座の稲荷なり」

頼朝はその神託により功をおさめた。

佐殿頼朝を助けたので佐助といい、鎌倉時代の建久年間(1190~1199)に頼朝は畠山重忠に命じて再建させたと伝えられる。

当時、頼朝は前右兵衛権佐であり、「佐殿」(すけどの)と呼ばれていた。佐助稲荷神社の「佐助」という名には、「佐殿を助けた」という意味がある。

そのため佐助稲荷神社は「出世稲荷」とも呼ばれている。

古くは鶴岡八幡宮の非常の際の御拠所として、同宮の飛池境内末社だった。

源頼朝の夢枕に立った神社はふたつあり、ひとつは銭洗弁財天、もうひとつがこの佐助稲荷神社。

祭神 宇迦御魂命 大己貴命 佐田彦命 大宮女命 事代主命

住所 〒248-0017 神奈川県鎌倉市佐助2ー22ー12

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