北方謙三「楊家将(上)」を読んだ感想とあらすじ(最高に面白い!)

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覚書/感想/コメント

★★★★★★★★★★

第38回吉川英治文学賞受賞。

文句なしに面白い。楊業に物語を書けと言われているような気がして、書き始めたと、北方謙三がいうように、何かが違う。

楊業と七人の息子。そしてライバルとなる耶律休哥の存在。

原作ではそれほどの重要な役割が与えられていない耶律休哥に、スポットライトを当てたことによって、全体がものすごく引き締まり、ドライな男臭さ全開の物語となっている。

「楊家将」は日本ではなじみが薄いが、中国では「三国志」「水滸伝」と並ぶ人気を誇る。ただし、原作となる本に恵まれなかった点が他の二つとの大きな違いになっているようだ。その代り、「楊家将」は京劇などの芝居や、講談の世界で語り継がれてきた。

「楊家将」は本書だけでは終わらない。この後には「血涙」が続く。

内容/あらすじ/ネタバレ

演習が行われていた。

先年の宋との戦いでは、宋軍六万に対して、楊家軍二万で対峙した。

楊家は北漢の臣であり、北漢随一の兵力を要する。それでも三万に満たない。

この国は乱れ、小国が乱立する時代に入っていた。今年になって呉越も宋に降った。残るは北漢と宋のみである。北に遼という国がある。そこと手を結べば、十分に宋と戦えるだろう。

北漢の帝は楊家を恐れている。長男延平は思っていた。帝の周りの廷臣たちは、楊家を遼へあるいは宋へ押しやろうとしてはいないか…。
宋軍が攻めてきた。楊業はすぐに準備をした。

楊家は北漢の軍人として生きてきた。戦えと言われれば、どこでも戦う。だが、戦いの最中に背中から矢が飛んでくることがしばしばであった。

政事は廷臣がやればよい。楊家は、兵を養うために北への塩の道をもっていた。これにだけは、帝といえども手を付けさせない。長い間楊家が保ってきた権限である。

自分の代で楊家を滅ぼすことはできない。不忠と言われることも避けたい。楊家の滅亡を防ぐために、北漢の滅亡を防ぐ。それが第一だった。

楊業の悩みは深かった。帝さえ英邁であったらなら…。

その中、北漢が遼へ使者を送ったという。楊家の助け入らないという事なのか。楊業は今すぐにでも廷臣の首を刎ね飛ばしてやりたいと思った。

今度の戦いは七人の息子全員が出陣する。

「令」の旗がたった。楊業の旗である。

呼延賛はさすがに楊家軍だと思った。こちらに与える威圧感がすさまじい。倍する兵力を擁しながら気圧され始めている。

戦いは、いったんは楊家軍が押し込んだものの、こう着状態になろうとしていた。楊業は兵站がどれくらい持つのかを調べていた。

殉ずるという考えが楊業には出てこなかった。力の限りたたかった後の話である。今は、敵を前にして帝に邪魔をされていた。楊業は側近の王貴を読んだ。幼いころから一緒に育ち、弟のように扱ってきた腹心である。

趙光義は考えていた。

楊家軍が北漢の役人の首を刎ねて、力づくで前線まで兵糧を運ばせたという情報が入ってきた。一方で、楊家軍の張文が帰順を申し出ている。張文の帰順は罠であると、確信を深めていた。

楊業は苦渋の決断を下した。不忠の汚名を負って生きる。北漢と「令」の旗を降ろさせた。掲げられているのは「楊」の旗だけである。
楊業四十九歳であった。楊家は宋に降った。

楊家はそのままで、開封府に館が与えられる。楊家が帰順することで、大幅に犠牲を少なくして、北漢を征服することができるのだ。

代州に戻って、楊業が命じたのは調練だった。長男延平が命じられたのは六郎を鍛え上げることであった。六郎は臆病だと考えられていたが、延平はそうとは考えていなかった。

六郎は調練のときには様々な考えが交錯してしまい、命令が遅くなることがしばしばであった。だが、実践では決断は早いだろう。
宋が燕雲十六州への北進を図った。

遼からは耶律奚低が大将として出てきている。全軍で6万だ。少なすぎると楊業は思った。これは埋伏だ。埋伏は三万にのぼり、帝が危うくなっていた。六郎延昭が帝を見つけた。

戦は負けた。北進の際には十五万だった兵が七万に減っていた。

䔥太后が燕京にやってきた。

宋は大敗したが、帝は命を拾っていた。遼は兵に困る国ではなかったが、あまり徴兵は出来なかった。軍の総軍は四十万と決まっていた。防衛を考えると十万が外征できる最大限だった。

最初の外征は大敗した。そして、すぐさま外征の軍を再編した。耶律奚低にやらせることにした。

耶律休哥は遼軍きっての将軍である。しかし䔥太后の不興を買っていた。三十四歳だが、若いころから白髪だった。髪も髭もだ。白き狼と呼ばれている。

その耶律休哥を耶律奚低が訪れた。外征軍に加わらせるためである。ただし、将軍としてではない。二千の軽騎兵を率いる将校としてだ。

三か月前に大敗した遼軍が再び現れた。楊業は兵を集めた。その数一万。総指揮は楊業、延平のほか、六郎と七郎が従う。

六郎は耶律休哥とやりあった。手ごわい。

勝敗は付かなかった。戦いの後、耶律休哥に多くの軽騎兵が与えられた。

耶律休哥の頭には、先の戦でぶつかった楊家軍の騎馬隊二千があたまにあった。自分が鍛え上げた騎馬隊とほとんど互角の戦いをしたのだ。

特にぶつかった六郎は、今後の成長を考えると末恐ろしいところがあった。

北から軍馬が届き始めた。六郎と七郎のたっての希望である。

宋はいったんの区切りをつけ、民政に力を入れ始めた。だが、北辺の守りは厳しい。遼軍は依然として強力で、中原に目を据えている。

宋は文官の力が強い。楊業は息子たちを都に長くは置きたくなかった。本当の軍人は前線にいるべきである。

だが、代州と開封府の通信手段は絶えず講じておかなければならない。

雁門関には四郎の軍が駐屯している。

四郎は兄弟の中で暗い性格が際立っている。戦の指揮をやらせても冷静だが果敢というところがない。自分の考えはいつも内側に秘めている。

宋に帰順するとき、四郎だけは別の考えを口にした。それは、北漢を押しつぶし、楊家がとってかわればよい。そのことを知っているのは延平だけであった。

四郎は人望がない。四郎のためには死のうとする兵が少ない。ぎりぎりのところで六郎に負けるだろう。

部下となじむために、四郎は北平寨に駐屯することになった。

䔥太后はいらだっていた。北平寨のあたりから宋領を侵そうとした軍が、壊滅的な被害を受けた。その中に、娘の瓊峨姫がいたのだ。

そばでは王欽招吉がうなだれていた。

耶律休哥は特に優れたものを選び出して、赤い具足をつけさせた。赤騎兵と名付けた。

王欽招吉が耶律休哥を訪ねてきた。

四郎が全身を汗で濡らしていた。

耶律休哥軍だった。わずか二百騎。四郎の三千の兵のうち、一千近くは戻らなかった。

本書について

北方謙三
楊家将(上)
PHP文庫 約三八〇頁

目次

第一章 いま時が
第二章 北辺にわれあり
第三章 白き狼
第四章 都の空
第五章 遠き砂塵
第六章 両雄

登場人物

○楊家
楊業…主
楊延平…長男
楊二郎延定…次男
楊三郎延輝…三男
楊四郎延朗…四男
楊五郎延徳…五男
楊六郎延昭…六男
楊七郎延嗣…七男
八娘
九妹
呂氏
佘賽花
李麗
王貴…楊業の側近
張文…楊家武将
柴敢…六郎の将校
○北漢
劉鈞…帝
郭有儀
宋斉丘
丁貴
○宋
趙光義…帝
趙匡胤
八王
七王
潘仁美…将軍
呼延賛
黒山
○遼
䔥太后…皇太后
瓊峨姫…䔥太后の娘
耶律奚低…大将
耶律沙
耶律斜軫
耶律学古
耶律休哥…白き狼
麻哩阿吉
王欽招吉…䔥太后の側近

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