高橋克彦「火怨 北の耀星アテルイ(下)」を読んだ感想とあらすじ(最高に面白い!)

覚書/感想/コメント

★★★★★★★★★★

吉川英治文学賞受賞。

子や孫のために死の覚悟を決めた漢たちの行動に涙が止まらなくなる。それは、己が己であることを証明する、すべての誇りをかけた行動である。

それを笑うものはすでに誇りを失っているものであろう。それを嘲笑うものは他人からも指をさされて嘲笑われていよう。

『天鈴の涙はまだ止まらない。
「その覚悟を聞いたからには…もはや俺も和議に固執せぬ。必死で頭を下げ、黄金をばら撒き、服従を誓うような和議を結んではそなたらの覚悟を無にすることとなる。鮮麻呂もそれを望んではおらなかった。今の勝ち負けを気にせず、そなたらは存分に蝦夷を全うするがいい。そなたらの死に様が百年後の蝦夷の糧となる」』

『珍しく天鈴はしんみりと口にした。
「嶋足どのはなにを望みと?」
「蝦夷が蝦夷であること。それだけだ」』

阿弖流為が一人での降伏を考え、母礼と激しく言い争う場面は秀逸である。

民を想い、子を想い、またその子を想う。繰り返される営みのために、今生きている自分たちはどのようにすべきなのか。戦い続けることで、子らに何を残せるのか。

『「子や孫らのために死んでくれ」
「その覚悟などとっくにできている」
母礼は苦笑いをして頭を上げさせた。』

内容/あらすじ/ネタバレ

阿弖流為が都の地を踏んだのは延暦八年(七八九)の秋だった。旅装を解いたのは西市に近い物部天鈴の屋敷である。一緒についてきたのは母礼、伊佐西古、飛良手、猛比古である。

天鈴は坂上田村麻呂に引き合わせようと考えていた。田村麻呂は蝦夷を侮ってはいないがゆえに、戦をせぬ方がよいと訴えている。だが、かえってそれがゆえに弱気とみられていた。

都のもののほとんどはこの度の戦を蝦夷から仕掛けられた戦と信じている。

阿弖流為が坂上田村麻呂に出会ったのは偶然出会った。田村麻呂はまさか阿弖流為が都に来ているとは思っていなかった。

そして、田村麻呂も阿弖流為のことを覚えていた。二人が会ったのは十九年前のこと。阿弖流為は九歳だった。

田村麻呂は帝が遷都を考えているのだといった。遷都をやり遂げるために人心を一つにする必要がある。蝦夷政策はそのためだ。黄金が欲しいわけではない。

それ聴き、阿弖流為は暗い気持ちになった。

阿弖流為たちは気仙沼に戻った。八十嶋が支配する土地である。

八十嶋は嫌な噂を耳にしていた。それは阿奴志己が東日流の赤頭と勝手に談合をしたというのだ。その赤頭が朝廷と手を組もうとしているようだ。

阿弖流為は東日流に向かって赤頭に会うことにした。会ったが、その意図するところは結局のところつかめなかった。

延暦十二年(七九三)二月。

坂上田村麻呂は征東副将軍として陸奥へ向かっていった。田村麻呂は来年の戦のための下見として出向いたのだ。同じ時期を過ごし、来年のための糧とするのだ。

田村麻呂が赴任してきた知らせは天鈴に伝わった。四年の平和が乱されようとしている。

今度は十万の兵だという。それを聞いて母礼は堅牢な砦を作り、籠城策を選んではどうかと言った。三十の砦にこもって敵を分断するのだ。
それから一月、阿弖流為、母礼、伊佐西古の三人は山歩きに費やした。三十の砦の候補地選びのためである。

蝦夷に大きな動きがあることを夏になってから田村麻呂は知った。いくつもの砦を設けていると聞き、不安な影が広がる。

秋になり、延暦十三年(七九四)春となった。

互いに動きがとれぬ冬の間、田村麻呂は都にいったん戻っていた。そして、陸奥に戻るときには六万の兵を率いていた。

三月中旬。坂上田村麻呂はついに軍を動かした。十万のうちの六万である。

朝廷軍は敗走の形となって陣に戻ってきた。将軍大伴弟麻呂は衝撃に腰が砕けそうになった。あまりにも惨めな敗退であった。

兵は半分以上失っている。それでいて砦の一つも落としていない。

弟麻呂は田村麻呂の策を退けたことを後悔していた。

延暦十五年(七九六)。今の朝廷には坂上田村麻呂しかいない。田村麻呂に陸奥按察使、陸奥守、鎮守将軍の役職を兼任させた。前代未聞の権限の集中である。

阿弖流為はいつまで戦いが続くのかと心が沈んでいた。これが三十年も続けば、蝦夷の土地は荒廃してしまうに違いない。

この冬。坂上田村麻呂は征夷大将軍に任じられた。もはや、この戦は後戻りができぬ。

阿弖流為は一人で降伏しようと考えていた。だが、それで戦が終わるわけではない。母礼は敵は蝦夷すべてを敵にしているのだと阿弖流為を諭した。

蝦夷に乱れが生じていると聞いて田村麻呂は首をひねった。阿弖流為に諸絞を筆頭として反対を唱えているというのだ。ほぼ全部である。阿弖流為は完全に孤立していることになる。

母礼はいった。我らが孤立していることは田村麻呂も承知のはず。わずかの人数に対して十万を動員することはないだろう。三万程度でくるのではないか。とすると、七万は戦わずして片づけたのと同じである。

この場に諸絞がやってきた。そして母礼、伊佐西古、飛良手の顔を見てぼろぼろと涙をあふれさせた。頼む。そなたらの仲間に加えてくれ。

延暦二十年(八〇一)一月下旬。

阿弖流為は部下に田村麻呂の本体には手を出すなと厳命をした。田村麻呂こそ蝦夷の命綱。そして、今日死ぬものは蝦夷の誇りと称えられよう。それを最後に阿弖流為は先頭に飛び出した。

取実が敵に囲まれて死んだ。立ったまま果てた。死に顔には穏やかな笑いすら浮かんでいた。

胆沢で田村麻呂が和議の談合を開いたという知らせはその日のうちに阿弖流為に届いた。砦は沸き返り、兵らは涙を溢れさせて阿弖流為の言葉に聞き入った。阿弖流為の目からも涙がこぼれた。

この数年の不安が今日で晴れたのだ。これで思い残すことはない。

阿弖流為は田村麻呂が兵を率いて胆沢に姿を見せたら争わず投降すると決めていた。

この二十二年間。蝦夷軍は一度も負けなかった。

阿弖流為は最後まで従おうとする兵に頭を下げ頼んだ。『死なんでくれ。千の命は俺には重すぎる。重過ぎて空には上がれぬ。それでは伊佐西古らにも会えなくなる。この通りだ』

延暦二十一年四月十五日。阿弖流為は母礼ら五十名と正式に投降した。

本書について

高橋克彦
火怨 北の耀星アテルイ(下)
講談社文庫 約五四五頁

目次

宿敵
血闘
黙示
火怨

登場人物

阿弖流為
佳奈…阿弖流為の妻、母礼の妹
母礼
飛良手
猛比古
伊佐西古
多久麻
取実
光人
物部天鈴
阿奴志己
諸絞
八十嶋
延手
滝名…延手の妹
赤頭…東日流の長
坂上田村麻呂
御園徹成
大伴弟麻呂
藤原継縄
紀古佐美
桓武天皇

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