村上元三の「岩崎弥太郎(下)」を読んだ感想とあらすじ

この記事は約8分で読めます。
スポンサーリンク

覚書/感想/コメント

★★★★★★★☆☆☆

下巻では本格的に海運王としての道を歩む岩崎弥太郎の姿が描かれる。

だが、描かれる姿は決してきれいなものではない。三菱が成長した背後には台湾出兵や西南の役などでの大きな儲けがある。いわば戦争商人の側面もあるというのである。

『(前略)戦争というのは、おびただしい人間が死ぬ代わり、それで利益を上げる人間たちが多いのだから、これから先も戦争というのはやむまいな。』

こうして築いた資産がそのまま三菱財閥の基礎となる。

幕末の動乱期を過ぎ、新たな安定した時代に入ると、弥太郎も次のように考えたようだ。

『おれは自分の一代、思う通りの生き方ができるという自信はあるが、久弥の代になったら、そうは行かんだろう。三菱の組織も、やがては世の中の移り変わりに応じて、変えて行かんけりゃあなるまい。おれのやり方は、おれ一代で終るだろう。それは、お前にもようわかっていると思う』

考えの変化というのは、教育にも力を入れた点にも表れている。

今はないが、弥太郎は商業学校の三菱商業学校を設立し、商人の育成に努めた。この学校は明治義塾というかたちで承継されることになる。ちなみにこの明治義塾も現在はない。

さて、この三菱創業期を支えたのが石川七財、川田小一郎、森田晋三、近藤廉平らである。

彼らが弥太郎の右腕・左腕・右足・左足となって働いたからこそ、巨大な財閥を形成するに至るのである。

スポンサーリンク

内容/あらすじ/ネタバレ

岩崎弥太郎は丸山の遊女・青柳と割りない仲になっている。その青柳が朝鮮の商人・伯楽性を紹介した。その伯楽性は弥太郎を気にいって、国の事情をいろいろ話してくれた。

慶応三年(一九六七)。

檜笠東之助が弥太郎にもうすぐ王政復古の建白書を将軍に出すことになっていると語った。そろそろ大坂に行って大坂の土佐商会を手伝えという。願ってもない話だ。

この年、坂本龍馬が暗殺された。このことは弥太郎にとって打撃だった。いくら向こうが自分を悪く言っていたとしても、弥太郎のことをちゃんと理解していたのは龍馬だったからである。

ウマの合う間柄ではなかったが、弥太郎も龍馬の仕事がよくわかっていたし、龍馬も弥太郎のやり口を合点していてくれた。

幕府に見切りをつけた外国商人が大坂商人を通じて大名の台所へ食い込もうとしている。このままでは立ち遅れそうである。弥太郎は長崎へ急いで戻ることにした。

慶応三年十二月九日。王政復古の大号令が発せられた。

長崎から幕府の勢力が一掃され、長崎の政治は諸藩の代表たちによって行われることになった。弥太郎は埒外に置かれた。それでも不平はなかった。

明治元年。檜笠東之助がふいに長崎に姿を現した。旧海援隊士をまとめて大阪に引き上げるようにという命令を出すためだ。

弥太郎には後藤象二郎から大阪の土佐商会の仕事に専念するようにというお達しだ。そして、ついでに土佐藩財政の尻拭いをせよという。

東之助はぼんやりと遠くを見て、もうじき侍のいらなくなる世の中が来る、といった。

長崎土佐商会の残務整理をして外国商人への負債を勘定して見ると、明治二年正月の時点で五十万両を越えていた。

弥太郎はこの頃個人の信用というものを考えていた。これまでは山内家二十四万石の力を背景に商売をしてくれた。相手もそれを承知で対等に付き合ってくれた。それが無くなった場合の自分の信用というものがどの程度なのか、それが弥太郎にも分からなかった。

後藤象二郎が東京に転任になるそうだ。大阪で強い後押しを期待していた弥太郎はため息をついた。

そして、版籍奉還の動きがあるという。そうなると土佐二十四万石の力も薄らぐことになる。

第一心配しなくてはならないのは、これまで発行してきた藩札の始末だ。藩の債務は百五十万両、外国商人に払わなければならないのが五十万両ある。

十五年ぶりに東京と名の変わった江戸の町に足を踏み入れた。弥太郎は初めて山内容堂に目通りがかなった。

土佐藩では藩札の額が太政官札の発行以来値打ちを失い、七割か八割になっている。

この頃、明治政府は三百年続いた徳川幕府の制度を一気に壊そうとしていた。商業の組合を解体させ、薩摩・長州と密な関係にあった大商人に通商と為替の会社を設けさせようとしている。これは土佐商会のような藩会社と真向にぶつかることになる。

今はまだ藩の力がある。その力があるうちに土佐商会の名で派手に仕事をしろといわれた。

弥太郎の目付として始めつけられていた石川七財と、藩の会計方の川田小一郎が弥太郎の両腕として働き始めた。これに土佐商会の役人をつとめていた森田晋三が加わり、弥太郎には三人の信頼できる部下が揃った。

同じころ、檜笠東之助が嫁を貰った。お袖という。そして新たな仕事を始めるようでもあったが、内容を明かそうとはしなかった。

弥太郎が諸藩と外国商人の間に立って貿易の仲介をやったのが明治二年の秋であった。

弥太郎は久しぶりに土佐に戻ることになった。藩札引替を行う必要があるからだ。だが、この藩札引替は失敗するとわかっているだけに明るい気持ちにななれなかった。

この帰国の時、弟の弥之助が仕事を手伝いたいといった。

十一月。後藤象二郎と板垣退助が戻ってきた。藩札は二百二十万両発行している。たいして今回支払いできる金は二十万両しかない。

一計を案じて、弥太郎らは夜逃げ同様に大阪へ引き上げた。そして結局、人を騙すに似た所業を行うことになる。

山内容堂は土佐藩の商売の権利をことごとく弥太郎に譲ってはどうかなと、檜笠東之助にいった。

そうした中、弥太郎は後藤象二郎の娘・早苗を弟・弥之助の嫁にくれといった。

弥太郎は土佐屋善兵衛の名で土佐開成商社を設立した。これは土佐商会とは別のもので、個人の資格で三隻ほどの船を運用する。坂本龍馬の海援隊のまねである。その後、土佐藩の商売の権利を全部承継する。つまりは容堂の考えの通りに動くわけである。

明治三年。土佐開成商社は九十九商会と改称した。商標は三角菱である。

明治四年。廃藩置県が実施される。

これまでに藩から払い下げてもらったのは、三隻の汽船だけでなく、ほかにも八席の藩船があり、大阪藩邸、蔵屋敷、製糸場、樟脳製造所などがあり、他にもまだ払い下げの予定があった。

檜笠東之助が新たに始める商売について弥太郎は初めて聞いた。人力車をやろうというのだ。

そのための資金作りに土佐に持っている山林を売ろうと考えている。そしてそれを弥太郎に買ってもらおうというのだ。

明治五年。九十九商会から三川商会に改称した。

大阪に戻った弥太郎はいくつかの航路や支店の設置などでめまぐるしく動いていた。また政府が郵便蒸気船会社で大々的な定期航路を始めるのがわかっており、張り合いのある競争相手である。

檜笠東之助の仕事の目鼻が付いてきたという。一方で後藤象二郎は明治政府の中心から離れている形であった。

弥太郎が東京に滞在している内に、山内容堂が亡くなった。容堂が亡くなったのを機に、独立できるという覚悟が座った。商会の紋を菱を三つ並べたものにし、商会の名を三菱商会と変えた。

当面は政府の運送会社との競争である。それとアメリカの太平洋会社である。

東京茅場町の支店に入社してきた青年に近藤廉平というのがいた。二十四歳だった。

台湾征討軍が派遣されるという噂が流れる中、三菱商会の本店を東京茅場町に移した。

弟の弥之助は戦争を機会に金もうけをたくらむことに良心がとがめるらしいが、弥太郎はそんな感情などない。それよりも、ここで一気に半官半民の日本郵便蒸気船会社を叩きつぶし、アメリカの太平洋汽船会社と肩を並べようと考えていた。

結局、軍隊と物品の輸送にあたったのは、日本郵便蒸気船会社と三菱商会であった。これで政府の高官からの実績も認められるようになった。

台湾出兵でどのくらいの儲けがあったのかは分からない。弥太郎、川田、石川、森田、それに新しく首脳部に加わった近藤廉平たちが知っているのみである。

東京の新聞の中には、三菱のやり口を攻撃し戦争成金と呼ぶ者もいた。

三菱商会は三菱汽船会社と改称して政府から十八隻の汽船を無償で下された。三菱商船学校を作るのも政府からの条件だった。

やがて東洋航路に翻っていたアメリカ国旗が消え、三菱汽船の独占事業となった。社名を郵便汽船三菱会社とした。社則はそのままとし、会社は岩崎一家の事業であり、社長の弥太郎が全権をおさめることをはっきりとさせた。

明治八年は四十二歳の弥太郎にとって幸運の年だった。

明治九年。三菱は三十七隻の汽船を有しており、明治十年には社長以下の月給が復元した。

そこへ西南戦争が勃発した。

明治十一年。後藤象二郎が長崎に出かけた。蓬莱社が管理していた高島炭坑に関係することだ。これが三菱に関わっていることを知っているのを知っているのはわずかな人間しかいない。

この年、弥太郎は西南の役の功績で勲四等に叙せられ、三菱商業学校も設立して長男の久弥を入学させた。

明治十二年には弥之助夫婦のところに長男の小弥太が生まれた。

スポンサーリンク

本書について

村上元三
岩崎弥太郎(下)
人物文庫 約三八五頁

目次

おくんち
大坂土佐商会
龍馬の死
長崎騒動
時変転変
明治元年
明治二年
小鬢の白髪
容堂談義
三羽烏
手結の餅
歳の市
お愛お鯉
隅田川の風
容堂の馬
大阪新景
土佐屋善兵衛
三角菱
士農工商
ご馳走政策
大阪の夏
家族問答
ドンドン節
三菱
大阪東京
無届旅行
戦雲
台湾派兵
月給半減
西南の役
高島
後藤の溜息
勲四等
政変
大岩小岩
長崎の夢

登場人物

岩崎弥太郎
きせ
青柳
岩崎弥二郎…父
みわ…母
岩崎弥之助…弥太郎の弟
石川七財
川田小一郎
森田晋三
近藤廉平
安蔵(江戸安)
檜笠東之助
お袖
後藤象二郎
山内容堂…元土佐藩主
坂本龍馬
佐々木三四郎
六兵衛…丹波の商人
伯楽性…朝鮮の商人
トマス・グラバ…イギリス商人
オールト…イギリス商人

Do NOT follow this link or you will be banned from the site!
タイトルとURLをコピーしました