佐伯泰英の「交代寄合伊那衆異聞 第10巻 難航 」を読んだ感想とあらすじ

覚書/感想/コメント

★★★★★★★☆☆☆

シリーズ第十弾。

長崎から江戸にもどりすぐさま伊那谷に向かった座光寺藤之助。その目的は激動の時代を生き残るために一族の結束を図ることである。まずは、藤之助が経験してきたことを伝えなければならない。

だが、時勢は余裕を与えてはくれない。すぐさま江戸からの急使がやってきて、下田に向かえという。

下田ではアメリカ総領事ハリスを相手に条約締結の大詰めを迎えている。開国を快く思わないものたちが、この条約の締結を邪魔しようと狙っている。下田には不穏な空気が漂っている…。

いよいよ幕末の激動時期に突入する。

この時点での老中首座は堀田正睦である。だが、この堀田正睦はほどなく失脚する。

後を継ぐのが、井伊直弼である。井伊直弼は大老となり、安政の大獄を断行。これへの反動から桜田門外の変が起き、混沌とした政治状況になっていく。

さて、本書の時点では下田での条約締結が大きなテーマとなる。

アメリカの総領事はタウンゼント・ハリスである。全くの素人外交官である。ただ、金もうけだけのために日本にやってきて、幕末の経済を大混乱に陥れた。

大混乱の元となるのは、ハリスが強硬に主張した通貨の交換比率である。

ハリスは金銀の含有量に基づく交換比率を求めた。いわば「秤量貨幣」の考え方である。

だが、当時の日本で一般的に通用していたのは「秤量貨幣」ではなかった。実質的には一分の価値がないにもかかわらず、幕府の刻印を打つことで一分銀の価値を持たせた貨幣が流通していたのだ。

「不換紙幣」と同じようなものであり、つまりは現在の通貨と同じと考えていい。

ハリスにしてみれば、文明の劣る極東の国で、西欧ですら成し得ていない通貨政策がなされているとは思わなかったのだろう。幕府の主張する交換比率を、騙している、と決めつけて、強引に自分の考える交換比率を押しつけた。

結果として引き起こされたのが、「小判の流出騒ぎ」である。そして、このために日本の経済は大混乱に陥る。

このあたりに関しては佐藤雅美氏の『将軍たちの金庫番』(「江戸の税と通貨」改題)に詳しい。『大君の通貨』を読んでみてもいいだろう。

これらを読めば、本書でバッテン卿の口を通して語られるハリスの主張した通貨の交換比率が不合理であることが分かるであろう。

内容/あらすじ/ネタバレ

伊那谷の山吹陣屋にたどりついた座光寺藤之助はそのまま意識を失い寝込んだ。大目付宗門御改与力町村欣吾の放った矢に毒でも盛られていたのか。四日三晩熱にうなされ、四日目熱が下がった。そして八日目に意識を取り戻した。

意識を取り戻した藤之助は早速稽古を始めた。それを見た陣屋家老にして藤之助の師である片桐朝和神無斎は、伊那の空気が体を蘇生させたようだと笑みを浮かべた。

陣屋の人々は長崎から帰ってきた藤之助が別人となって戻ってきたことに驚きを禁じえないでいた。

文乃は熱でうなされているときに藤之助が口に出した高島怜奈のことを聞いた。

文乃は伊那谷に来て、座光寺一族が結束して新たなる主従関係を認めていることを知った。一年半ほど前まで、藤之助は臣下の礼を取るべき身分だったからだ。

藤之助の快復にあわせて、陣屋の若者たちの稽古が始まった。それを一族の長老たちが見守っている。

藤之助は平時の剣修業は終わった、激動の時代に生き残る剣を身に修めねばならぬと宣言をした。すでに戦いは連発銃や長距離砲が主力となっている。だが、意志を練り上げるために剣の修業は何よりも大切である。それこそが藤之助が伊那谷に戻った理由である。

明日にも江戸から早馬が来るかもしれない。徳川幕府はいつ潰れても不思議ではない。そうした逼迫した情勢だった。

藤之助はスペンサー・ライフルを内村猪ノ助に渡して試させた。

外国列強の軍勢はすでに兵卒までがこのような武器を携帯している。あらゆるところで外国との差がある。追いつくために何倍もの努力を重ね、その差を埋めなければならない。できなければ、清国のように属国に堕ちることになる。その事実を藤之助は伝えたかったのだ。

旅の武芸者が藤之助らを見ている。深網笠をかぶり、手に片刃づくりの素槍である菊池槍を携えている。

心形刀流陽炎源水高晃と名乗った。

江戸城内では溜間詰の譜代家門が開国に動く幕閣らへの不満を募らせている。主導者は彦根藩の井伊直弼である。一方で開国を主導するのが蘭癖と称される堀田正睦である。

現在、アメリカ総領事タウンゼント・ハリスと協定交渉が進められ、最後の段階に差し掛かっている。だが溜間詰派には容認できない内容が含まれている。

片桐朝和は藤之助に今後の座光寺一族がどのような行動を取ればいいのかを聞いた。

藤之助は座光寺家に定められた首斬安堵の約定を果たすことを誓った。そして、それが果たせた後、座光寺一族をどのように生きながらえさせるかを考えると約束した。

藤之助は若い衆とともに山歩きを行うことにした。これに文乃も同行した。江戸から来た相模辰治も一緒だ。総勢十一人である。

尾行してくるものたちがいる。熊野古道修験者百済弁意斎らである。藤之助らの命を狙っている。

この連中に前後を挟まれたのが、足場の危険な百間ナギであった…。

老中首座堀田正睦からの急使が到着した。

それが伝えてきたのは、藤之助が堀田正睦付になるということである。そして、すぐさま伊豆の下田に向かうことになった。

天竜川を一気に下り、船で行くことになった。連れは古舘光忠、田神助太郎、内村猪ノ助である。文乃も江戸に戻すために同行させることにした。

江尻湊にイギリスの砲艦ライスケン号が入ってきた。藤之助にとっては渡りに船である。

果たしてイギリス人貴族のバッテン卿がいた。そして、黄武尊も乗っていた。長崎唐人屋敷の長とオランダ商館の意を受けた外交官が下田まで遠征してきた背景は、日本開国に対する外交からこぼれおちないようにするためと推測できた。

下田での日米和親条約の修補条約の交渉は大詰めを迎えているようだ。

ライスケン号には実戦部隊が配置されていた。

その中での遣い手、アントン・ケンペル少尉を紹介された。

バッテン卿がハリスに極秘で会いに行った。それに藤之助が同行した。

陣内嘉右衛門達忠が下田にあらわれた。そして藤之助が軍艦操練所付教授方を兼ね、異人応接係として働くことになると告げる。老中首座直属である。

藤之助に課せられたのは、この下田での条約の締結を滞りなく終わらせること。それを阻害する者たちを排除しろというものである。

そうした中、長崎会所の新造第二号帆船クンチ号が下田湊に入ってきた。高島怜奈が乗っている…。

本書について

佐伯泰英
難航 交代寄合伊那衆異聞10
講談社文庫 約三三五頁
江戸時代

目次

第一章 陣屋の初夏
第二章 早乙女
第三章 江尻湊の奇遇
第四章 玉泉寺の異人
第五章 下田湊の争乱

登場人物

座光寺藤之助為清
文乃…奥女中
相模辰治…小姓
彦野儀衛門…用人格
片桐朝和神無斎…陣屋家老
岩峰作兵衛
菅権六
白神正太郎
内村猪ノ助
古舘光忠
およし…老女
おきみ
本宮定兼…藤之助の父
かや…藤之助の母
千代…藤之助の妹
万次郎…藤之助の弟
高島玲奈
椚田太郎次…江戸町惣町乙名
スティーブン・ルーニー…ライスケン号副官
バッテン卿…イギリス人貴族
アントン・ケンペル少尉
黄武尊…長崎・唐人屋敷の筆頭差配
陣内嘉右衛門達忠…老中首座・堀田正睦の年寄目付
タウンゼント・ハリス…アメリカ総領事
ヘンリー・ヒュースケン…通訳
陽炎源水高晃…心形刀流
大星吉兵衛
猫田清右衛門
百済弁意斎
堂本早次郎…吟味方与力
銀造…御用聞き
磯辺弁之助…水戸国政刷新団