子母澤寛「勝海舟 明治新政」第6巻を読んだ感想とあらすじ(最高に面白い!)

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覚書/感想/コメント

★★★★★★★★★★

最終巻では明治新政となり、徳川家が駿河七十万石に押し込められ、えらい苦労をする所が描かれている。この前には上野での彰義隊や、榎本武揚ら海軍の脱走などが描かれている。

こうした混乱の中でも、もっとも印象的に描かれているのが吉岡艮太夫であろう。艮太夫は賊軍となったことにどうしても納得できない徳川家士の象徴として描かれている。そして勝麟太郎もこの艮太夫には多分に同情的である。

そもそも、なぜ徳川家がぶっ倒れたのか?

次の会話が印象的である。

「阿部が話していやんした。志願生徒の試験をやって見て、はっきり徳川のぶっ倒れた訳がわかったと―。とにかく旗本御家人、奧詰銃隊の三百石から三千石をいただいた選抜きの奴らが試験に出たんだがその文字のないというのは驚くばかりで、これらがこれまで陸軍の士官とか下士官とか大切なお役についていたのだもの。徳川は倒れますといって阿部が涙をこぼしていた。五百人試験して、酒井雅楽頭(さかいうたのかみ)を満足に読めたものが、半分もなかった。多くはガラクノカミとよんだという。井伊掃部頭(いいかもんのかみ)も読めなかった。ハライベノカミ。(後略)」

「作り話ではないのかな」

「阿部は嘘はいわない。日本外史をよめない。十八史略もよめない、唐の安禄山は唐の山で、わが富士よりも高しと説明したものがあるという」

知識の裏付けがないゆえに、ものを考えることが出来ない幕臣が多くなり、ものを考えることが出来ないから、判断も出来なかった。
巨大組織であっても倒壊するのは当然である。

もちろん知識はあればいいというわけではないが、全くの無知であれば考えるということが出来なくなる。知識は考えるための道具であり、その量が多ければそれだけ考える道具が増えるということである。

本書に登場してきた人物たちは、この当時の俊才中の俊才たちばかりである。勝海舟も当初は学者として陽の目を浴びたのである。

登場した人物たちで明治新政後も生きた人々がいかにその多くが要職に付いたかでもわかろうというものである。例えば杉享二、例えば佐藤与之助…。彼らが現在の日本の礎を築いた人達である。

こうした日本の礎を築いた人達の持っていた知識というのは、相当なものであった。教育というものが国家の運命すら左右するいい例なのだろうと思う。

さて、上野の彰義隊討伐で総大将となったのは大村益次郎であった。

この人物について、子母澤氏は麟太郎の口を借りて次のように言わせている。

「大村益次郎という野郎は、この日本国という車が、将来兵隊の勢いでどちらへでも廻るという時勢を生む種子を蒔きやがる男だ」

明治になって、日清・日露戦争を経て、太平洋戦争へと突入することになった遠因だというわけだ。

明治新政後の勝海舟について。
明治二年:戊辰戦争が終わった年。外務大丞や兵部大丞を命ぜられるがすぐに辞表を提出。静岡に戻り、徳川家に退身書を提出。
明治三年:太政官から東京に戻ってこいといわれる。
明治五年:海軍大輔に任ぜられ、従四位に叙せられる。
明治六年:参議兼海軍卿に任命される。
明治七年:正四位に叙せられる。
明治八年:議官に任ぜられるも即日辞表提出。旧主家の家政に助言し、余暇には著述に専念。
明治十年:小鹿アメリカから帰国。
明治二十年:華族に列せられ、伯爵となる。従三位に叙せられる。
明治二十一年:孫・伊代生まれる。枢密顧問官に任ぜられ、正三位に叙せられる。
明治二十二年:勲一等、瑞宝章。
明治二十四年:孫・知代生まれる。
明治二十五年:小鹿死去。海軍少佐だった。徳川慶喜十男・精を勝家の相続人に内定する。
明治二十七年:従二位に叙せられる。
明治三十一年:旭日大綬賞を授けられる。
明治三十二年:脳溢血で倒れる。正二位に叙せられる。同年一月二十一日に死去。七十七歳だった。

この後であるが、勝家は徳川精が小鹿の子・伊代の夫となって継ぐことになった。

ある意味皮肉なことだが、仲の悪かった勝麟太郎と徳川慶喜が姻戚関係となったのである。

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内容/あらすじ/ネタバレ

榎本副総裁が徳川海軍艦船七隻を率いて脱走した。海軍総裁の矢田堀は雲隠れをしてしまい、お鉢が勝麟太郎の所に回ってきた。といっても麟太郎にも策はない。

だが、どうしても榎本を説いて軍艦を引き戻さなくては、これまでの血を吐くような苦心が皆ふいになってしまう。官軍と徳川との関係が壊れてしまうのだ。

誠実で生真面目で策も何もない大久保一翁がすっかり弱っているのを思うと、麟太郎は自分が榎本に会うしかないと考えた。

説得は功を奏し、榎本は軍艦を戻した。この後、官軍の海江田信義が四隻の軍艦を官軍が引き取り、あとは自由だといった。

この頃には薩摩と長州の間にごたごたが始まっていた。それ見たことかと麟太郎は肚をゆすった。

麟太郎にしてみれば、用事はもう足りた。徳川家海軍にはまだ旗艦もある。まだまだやろうと思えばなんでもやれぬことはないであろう。

問題は上野の彰義隊だ。暴状は黙視しがたいところまで来ている。山岡鉄太郎がたびたび解散の談判にいっているが、執当職の覚王院義観が受け付けないという。

麟太郎もあいつには弱っている。坊主のために踊らされ、山に籠っている善良な徳川家士が犬死に終わることのないように切に願っている。

麟太郎が狙撃された。落馬して気絶したが、その後とどめを刺されることがなかったため命をながらえた。

大村益次郎がやってきた。海江田は端から生意気な野郎だと思った。

大村は参謀局で海江田と大議論をした。幕府の脱走兵がそろって謝罪恭順を申し出てきた処分についてである。海江田は謹慎後釈放と考えていたが、大村は大反対したのだ。

勝はこうしたことを漏れ聞き、困った野郎が江戸に来たと思った。大村は蘭学者だから多少は万国の公法を知っているだろうが、生まれつきの戦好きである。このぶんでは上野の彰義隊もただごとでは済まさないだろう。

徳川家の処置に関して、家督の相続は田安亀之助とし、駿河国一円に百万石という案が出ているそうだ。

だが、と麟太郎は考える。それでは新政府は、他藩をそのままにし、徳川家の残りの石高からやっていくつもりなのか。そんなわずかなものを当てにしていると、新政府の衰弊もすぐであろうと思った。

一方で、彰義隊が暴れているうちに、これを口実に禄高を小さなものにするだろう。

上野討伐が始まった。大村益次郎が総大将となった。

麟太郎は上野がやられると、百万石の予定が七〇万石になるだろと考えた。

この上野彰義隊討伐の中で益満休之助が死んだ。流れ弾に当ったらしく、湯島の切り通しで立ったまま死んでいたという。麟太郎は日頃とはまるで別人のように大きな驚きを顔に見せた。

結局のところ、麟太郎の予想通りに徳川家は七〇万石となった。覚王院の糞坊主のために三〇万石を吹っ飛ばした。

吉岡艮太夫は佐久間千三郎からどう考えても徳川家は七〇万石ではやっていけないといわれた。

艮太夫の水戸脱走が麟太郎に知らされた。麟太郎はあの男が今まで良く辛抱したものだよと独り言した。

麟太郎は大総督府から何か言ってきても病気と称して顔を出さない。徳川家から田安家から来ても同じである。

今朝は山岡鉄太郎が来た。水戸へ行くことになるといった。

薩摩の大久保一蔵と小松帯刀がやってきて、色々な内密の話しをしていった。今度はこちらからで向いていろいろ話しをした。主として旗本扶助のことである。小松は出来るだけ尽力しましょうと約束した。

やがて、江戸は東京と改称された。

徳川の家士が駿府へ移ることになった。ひどい貧乏が予想される。

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本書について

子母澤寛
勝海舟6 明治新政
新潮文庫 約五二〇頁
江戸時代

目次

児戯
葱坊主
不容他欺
仏心鬼心
夜霧
念頭滅却
運命
飢餓
奔流の中に
東京
夏花散る
清風濁風
秋の風
命数
蔦紅葉

雪見燈籠
霜夜
帰雁
心胸坦易
枯野
捨ぶね
弦月
向柳原
夜泣蕎麦
高槻村
冬ざれて
梅もどき
雷同
添え書

登場人物

勝麟太郎
おたみ(君江)…麟太郎の妻
お夢…長女
お孝…次女
小鹿…長男
お逸…三女
お信…麟太郎の母
お糸
杉享二(純道)
おきん…杉の嫁
梶お久
梅太郎…お久の子
お仲
お順(瑞江)…佐久間象山の妻、麟太郎の妹
岩次郎…頭
三公
小林隼太
丑松
新門辰五郎
三次郎…わ組
松五郎…東屋の亭主
花柳寿助…芝居の振り付け師
大久保忠寛(一翁)
山岡鉄太郎(鉄舟)
高橋謙三郎政晃(泥舟)
木下大内記(伊沢謹吾)
佐藤与之助
伴鉄太郎
松本良順…元奧医師
榎本武揚
吉岡艮太夫
矢柄弥左衛門
佐久間千三郎
清水の次郎長
徳川(一橋)慶喜…十五代将軍
松平勘太郎…大目付→大坂町奉行
益満休之助
伊牟田尚平
西郷吉之助
小松帯刀…薩摩藩家老
柴山良介…薩摩藩士
大久保一蔵
海江田信義
大村益次郎
山口三郎…新徴組

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