宮本昌孝の「青嵐の馬」を読んだ感想とあらすじ

覚書/感想/コメント

★★★★★★★☆☆☆

短編集。許婚を殺された勝子の仇討の話が「白日の鹿」、忍城の甲斐姫を扱った話が「紅蓮の狼」、徳川家康の甥で後北条家を継いだ保科久太郎の話が「青嵐の馬」である。

いずれのタイトルにも「色」と「動物」が盛り込まれているのは、意図してつけられているのだろう。

収録の順番を「青嵐の馬」「白日の鹿」「紅蓮の狼」とすれば、フランス国旗やオランダ国旗のような綺麗なトリコロールになるが、動物の名が「馬」「鹿」「狼」となってしまい、順につなげると「馬鹿狼」とマヌケになってしまう。

なので、この順番にしたのだろうかと、どうでもいいことを考えてしまった。

「白日の鹿」では許婚の津田弥八を殺された勝子が仇討をするというのが粗筋であるが、この後日談が最後にくっついている。

「紅蓮の狼」で語られる浜田兄弟による忍城乗っ取り。これには異説もある。

長い籠城の末、忍城を明け渡した成田氏長は会津若松の蒲生氏郷の寄騎となり、支城の福井城一万石を賜る。浜田兄弟の謀叛はこの福井城時代に起きたとする説があるのだ。

だが、この福井城には短期間しかおらず、翌天正十九年には下野烏山へ三万七千石で転封となるので、ここでは忍城の時に乗っ取りが起きたとしている。

この後、甲斐姫は秀吉の側室となった。豊臣秀吉の子・秀頼には一男一女がいた。女子は秀頼の正室千姫を養母として鎌倉東慶寺に預けられ、天秀尼と号する。この女子は成田助直の娘が産んだとされるが、この娘を産んだのこそ甲斐姫という説もあるようである。

大坂城が落城した後の晩年はよくわかっていない。

忍城の攻防戦を描いた小説として下記がある。当然甲斐姫も登場する。

※小説の中に登場する東慶寺の紹介

東慶寺 江戸時代に縁切り寺として知られたお寺
多くの時代小説で登場する縁切り寺である。江戸時代には群馬県の満徳寺と共に幕府寺社奉行も承認する縁切寺として知られた。女性の離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていた。

内容/あらすじ/ネタバレ

白日の鹿

城を囲むのは五つ木瓜の旗。同族同士の争いだ。攻め手は織田上総介信長。ここは尾張愛智郡の末盛城。籠るのは織田勘十郎信行。信長の同腹の弟だ。

勘十郎が信長に叛旗を翻したのが一昨日。だがすぐに信長の軍勢に囲まれてしまった。

女達の部屋に津田八弥が入ってきた。白皙の美男だ。ここにいる勝子は八弥を軟弱ものと思っている。この頃、勘十郎と信長の生母である土田御前が和睦の使者として信長の陣に向かっている。

八弥は勝子をつかまえ、万が一の時は自分の介錯を頼むという。八弥は好いたおなごの手にかかりたいと叫ぶようにして告白した。

和睦から三ヶ月。勝子は美男の下に隠された士魂に触れて八弥への想いが募っていた。だが、あれ以来八弥からの連絡がない…。

勝子は佐久間七郎左衛門にしつこく言い寄られて迷惑していた。七郎左衛門は信長から派遣された監視役の一人だ。

八弥と勝子が夫婦の約束したことを土田御前と勘十郎は喜んでくれた。だが、八弥が殺された。殺された八弥が握りしめていたのは、信長が佐久間七郎左衛門に与えた短刀につけられていたものだった。その七郎左衛門は郎党ともども末盛城から消えている。

勝子は清洲城へと向かった。そして七郎左衛門は京へ向かったのではないかというので、京へ向かった。

京では七郎左衛門の郎党である大塚又三を見つけ、七郎左衛門が美濃に向かったことを知った。美濃では斎藤義竜に仕え、烏久七兵衛と名乗っているのがわかった。

勝子は斉藤家の奥向きに仕えるために策を練った。念願かなって城に召されることになった。名を奈美と変えた。

いよいよその時が来た。義竜の邸内の馬場で笠懸が催されることになったのだ…。

紅蓮の狼

武蔵国の忍城は水城を彷彿とさせる。

天正四年。赤子が生まれた。忍城主成田下総守氏長の正室北の方が女の子を産んだのだった。北の方の父は太田三楽斎資正である。

ここに現われたのは五歳の甲斐姫である。氏長と由羅成繁の娘との間にできた子だ。甲斐姫の両親は幼い頃に互いを罵りながら別れている。

以来甲斐姫は人に懐かない子になってしまった。それを北の方は不憫に思った。

生まれた子は甲斐姫が「まき」と名付けた。

同じ頃、側室の嶋根局も女児を産んだ。この子も「まき」と名付けられた。ややこしいので、北の方の子は巻、「おおまき姫」、嶋根局の子は牧、「こまき姫」と呼ばれるようになる。

子供の誕生に際して太田三楽斎から贈り物があった。三匹の狼の仔であった。甲斐姫が、おおまき姫のは劉邦、こまき姫のは張良と名付け、自らのは周公と名付けた。

十六歳。甲斐姫は絶世の美姫になっていた。

豊臣秀吉の小田原攻めに、北条は一大籠城作戦で挑むことにしていた。そうした中、甲斐姫を北条氏直の側室にするという話が出るが、北の方はじめ、甲斐姫もこれを拒絶した。

甲斐姫は龍淵寺に預けられることになった。しばらくして、藤野吉十郎がやってきて、北の方や肥前守泰季の下知により甲斐姫を逃すという。

藤野吉十郎が連れて行ったのは上泉信綱の所だった。甲斐姫は信綱のもとで厳しい修行を積んだ。

そして信綱の死により甲斐姫は城に戻ることにしたが、その城で異変が起きていた。浜田将監・十左衛門の兄弟によって忍城が乗っ取られたのだ。甲斐姫は一計を案じた。

天正十八年。七月一日の時点で北条方の籠城をつづける城は小田原城と忍城のみとなっていた。

青嵐の馬

関ヶ原の翌年、松平忠頼は伯父の徳川家康から保科久太郎を預かれと命ぜられた。兄弟の生母・多劫は家康の異父妹にあたる。忠頼は遠州浜松に五万石を与えられた。

保科久太郎は手のつけられぬ悪たれであり、悪戯の度が過ぎる。これを心配した多劫が有賀新助を久太郎の側に仕えさせるために送り込んできた。新助は久太郎の四歳年長であった。

久太郎と牙丸が大凧の糸切り合戦をした。この時に牙丸は久太郎の家来になる。

久太郎が十五歳の時に元服し、参府した。将軍秀忠への目通りを許されたのだ。多劫は将軍家は難しい人なので、決して侮ってはならないと注意を与えた。

目通りが済んだ帰り、一人の老人が帰途、駿府へ立ち寄れという。老人は本多正信だった。

兄・松平忠頼が殺された。松平家は改易となってしまう。久太郎は駿府へ向かった。ここで家康に願い出て、兄の家が復活した。

実は久太郎には出生の秘密があった…。

久太郎が下総岩富一万石の北条氏勝の養子に決まった。なにゆえ。久太郎は茫然とした。自分も松平性になるのだと思っているからなおさらだ。

このことは駿府の徳川家康も承知のことのようだった。久太郎は北条氏重と名を改めた。

二年後。久太郎は従五位下・出羽守に任ぜられ、下野の都賀郡富田一万石に転封となる。そして大坂冬の陣と大坂夏の陣を経験する。

夏の陣で有賀新助が死んだ。その直前に、新助は巨海新左衛門に小幡勘兵衛に聞けと言い残していた。そして新左衛門が小幡勘兵衛から聞いたのは衝撃的な内容のものだった…。

本書について

宮本昌孝
青嵐の馬
文春文庫 約三二五頁

目次

白日の鹿
紅蓮の狼
青嵐の馬

登場人物

白日の鹿
 勝子(奈美)
 嘉助
 壮吉
 津田八弥…勝子の許婚
 津々木蔵人
 佐久間七郎左衛門(烏久七兵衛)
 野木治郎助…佐久間の郎党
 大塚又三…佐久間の郎党
 織田勘十郎信行
 土田御前…信長と信行の生母
 織田上総介信長
 池田恒興
 斎藤義竜
 杉

紅蓮の狼
 甲斐姫
 周公…狼
 北の方…氏長の正室
 嶋根局…氏長の側室
 おおまき姫
 こまき姫
 劉邦…狼
 張良…狼
 成田下総守氏長
 成田長泰…氏長の父
 成田肥前守泰季…氏長の叔父
 浜田将監
 浜田十左衛門
 藤野吉十郎…兵法者
 太田三楽斎資正…北の方の父
 上泉信綱
 太夫…猿
 風魔小太郎…忍者
 豊臣秀吉

青嵐の馬
 保科久太郎(北条氏重)
 有賀新助
 巨海新左衛門(牙丸)
 松平忠頼…久太郎の兄
 多劫…久太郎の母
 ふさ…有賀新助の妹
 徳川家康…初代将軍
 村越茂助直吉
 徳川秀忠…二代将軍
 本多正信
 堀内靱負
 北条繁広
 小幡勘兵衛
 徳川家光…三代将軍