司馬遼太郎「坂の上の雲」第8巻を読んだ感想とあらすじ(最高に面白い!)

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覚書/感想/コメント

★★★★★★★★★★
文庫第八巻。

「皇国の興廃、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ。」

海戦が始まる直前に掲げられたZ旗(ゼットき)の信号文に書かれていた文言である。

ちなみに、Z旗とは、黄・青・赤・黒の四色で染められた信号旗で現在も使われている。Z旗は「タグボートがほしい」という意味だ。

だが、アルファベットの最後の文字がZであることから、あとがないという意味合いで、トラファルガー海戦の時にイギリスのネルソン提督がはじめて用いたといわれている。

単行本での第一巻目の「あとがき」にこう書かれている。

『たえずあたまにおいているばく然とした主題は日本人とは何かということであり、それも、この作品の登場人物たちがおかれている条件下で考えてみたかったのである。』

この『この作品の登場人物たちがおかれている条件下で考えてみたかった』という箇所が重要であろう。そういう姿勢で司馬遼太郎氏は「坂の上の雲」を書き続けたのである。

だからこそ、本書において次のように書かれることになる。

『-(略)-日本海を守ろうとするこの海戦において日本側がやぶれた場合の結果の想像ばかりは一種類しかない-(略)-日本のその後もこんにちもこのようには存在しなかったであろうということである。
そのまぎれもない蓋然性は-(略)-日本陸軍が、一挙に孤軍の運命におちいり、半年を経ずして全滅するであろうということである。
当然、日本国は降伏する。-(略)-最小限に考えて対馬島と艦隊基地の佐世保はロシアの租借地となり、そして北海道全土と千島列島はロシア領になるであろうということは、この当時の国際政治の慣例からみてもきわめて高い確率をもっていた。』

「あとがき」で書かれており、また、他の本でも書かれているが、「坂の上の雲」を書くにあたって使った資料である、参謀本部編纂の「明治卅七八年日露戦争史」の感想が興味深い。

『参謀本部編纂の「明治卅七八年日露戦争史」-(略)-時間的経過と算術的数量だけが書かれているのだけで、-(略)-この明治末年から大正初年にかけて刊行されたあらゆる書物の中で最大の活字量をもつ官修史書をいくら読んでも日露戦争というものの戦史的本質がすこしもわからないというふしぎな書物なのである。明治後日本で発行された最大の愚書であるかもしれない。
-(略)-古本屋で買った。目方で売る紙クズ同然の値段だった。-(略)-値段は正直に内容を表すものなのである。』

ちなみに「坂の上の雲」は単行本では六巻であり、そのそれぞれに、あとがきが付されている。だが、文庫版の場合、この第八巻にすべてのあとがきが収録されている。

さて、終戦後の秋山兄弟はそれぞれ次のように過ごした。

秋山好古は爵位をもらわず、陸軍大将で退役し、故郷の松山に戻って私立の北予中学という無名の中学の校長を六年間務めた。従二位勲一等功二級陸軍大将という人間が田舎の私立中学の校長を務めるというのは、当時としては考えられないことであった。好古は昭和五年(一九三〇)十一月四日。七十一歳で没した。

秋山真之は大正七年(一九一八)二月四日。四十九歳で没した。前年に中将に昇進したが、すでに健康を損なっており、その三ヶ月後に死んだ。

最後に、司馬遼太郎氏の大作ということでならべてみると、幕末を「竜馬がゆく」で描き、明治維新を「翔ぶが如く」、明治を本作「坂の上の雲」で描いている。

それぞれの時代を描くに当たり、それぞれの時代を象徴する人物としてピックアップされたのが、各作品の主人公たちである。

広義の意味においては、私はこの三作品を連作として捉えていいのではないかと思う。

小説(文庫全8巻)

NHKのスペシャル大河「坂の上の雲」(2009年~2011年)

内容/あらすじ/ネタバレ

東郷平八郎の連合艦隊は三つの艦隊に区分され、主力の第一艦隊は東郷が指揮し、第二艦隊は上村彦之丞、第三艦隊は片岡七郎が指揮をしていた。

東郷はロシアの運送船が上海に入ったという情報から、ほぼバルチック艦隊が対馬コースをやってくるという確信を得ていた。やがて敵艦隊が見えたとの電波が四方へ飛んだ。

そして、連合艦隊は敵艦隊の全てを敵に遭う前に手に取るように知り尽くすことができた。一方で、ロジェストウェンスキーは発見されたことに気づきながら無視していた。

東郷は決戦場に向かうにあたり、故国に向かってその決心をのべるための電報を打つことになる。電文は秋山真之が起草したものではなく、飯田久恒少佐や清河純一大尉らが起草したものだ。草稿には「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、聯合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス」とあった。これに真之は「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と加えた。

加藤参謀長が艦隊の出港を命ずる了解を東郷に得て、連合艦隊が出港した。そのころ、バルチック艦隊の詳細な電報が入り始め、敵の艦数、陣形、位置がことごとくわかった。そして、ロシアの艦は黒で、煙突は黄というのは全員の知識となっていた。

連合艦隊は南下をつづけている。第三艦隊からの入電があり、バルチック艦隊は壱岐沖にいることがわかった。海戦史上、片岡の第三艦隊ほど捜索部隊としての能力を高度に発揮した例はなかった。

旗艦三笠がロジェストウェンスキーの大艦隊を発見したのは、午後一時三十九分だった。

連合艦隊とバルチック艦隊の距離はざっと一万二千メートル。戦闘は七千メートルに入ってからでないと砲火の効果があがらないという東郷の方針は幕僚たちの覚悟となっている。

この時にZ旗が掲揚された。各艦とも信号書をもっている、この信号書にZ旗が掲げられた場合の信号文が記されていた。「皇国の興廃、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ。」

信号文を聴いた、戦艦富士の砲員だった西田捨市は、この海戦に負ければ日本は滅びるのだというぐあいに理解し、わけもなく涙が流れた。

距離が八千メートルになってから、東郷は世界の海戦戦術の常識を打ち破った異様な陣形を指示した。敵の射程内に入っているのに、敵に大きな横腹をみせ、左転するのだ。有名な敵前回頭がはじまった。

バルチック艦隊の主力艦という主力艦が、やたらに射ちまくってきた。旗艦の三笠は応射しない。他の艦も陣形運動をしずかにおこなっているのみで、陣形運動のために応射しようにもそれができなかったのだ。

この運動が完了するまでの十五分間は一方的にロジェストウェンスキーに微笑みつづけた。命中弾も多く、ほとんどを旗艦の三笠が吸いこんだ。

旗艦三笠がぐるりまわって、新正面に艦首をむけたとき、バルチック艦隊は右舷の海に広がっていた。距離はわずかに六千四百メートル。右舷の大小の砲がいっせいに火を吐いた。

目標は敵の旗艦スワロフである。敵の将船を破り、全力をもって敵の分力を撃つ。距離はほどなく五千メートル台になった。

東郷はかねてから、海戦というものは敵に与えている被害が分からず、味方の被害ばかりが分かるから、自分の方が負けているような感じを受けるが、敵は味方以上に辛がっているという、自らの経験を徹底させていた。古今東西の将師のなかで、東郷ほど修羅場の中で落ち着いていた男もなかったであろう。

連合艦隊のスワロフへの砲弾の集中ぶりはすごいものであった。命中した砲弾は数百発以上にのぼったであろう。

海戦は、砲弾を敵よりも多く命中させる以外にないという平凡な主題を徹底させた結果だった。

この時代の戦艦の装甲板の防御能力は高く、最大の砲弾である十二インチ砲弾さえ、戦艦を沈めることができないというのが世界の海軍の定説であった。だが、この海戦において、ロシアの戦艦がどんどん沈んでいった。

日本海海戦は二日間続いたが、秋山真之が終生語ったように、最初の三十分間で大局が決まった。

ロシアの戦艦オスラービアが沈み、旗艦スワロフも自由を失った。この中でロジェストウェンスキー自身も傷つき、戦線の離脱をよぎなくされる。

バルチック艦隊の一部はなすすべもなく、連合艦隊を突破して一気にウラジオストックへ逃げ込もうとした。だが、これも発見されてしまう。

この日の戦闘は終わりを告げた。海戦は真之のいう七段構えの第一段目を終了した。第二段目は夜襲である。

夜襲とその翌日にかけ、ロシア側の主将であるロジェストウェンスキーとその幕僚がすべて捕虜となった。海戦史上類のないことであった。この前に、バルチック艦隊の指揮権はネボガトフに移されていた。

ネボガトフが降伏をした。

日本海軍の被害はわずかに水雷艇三隻、一方のロシアは主力艦のことごとくは撃沈、自沈、捕獲され、まるで相手が消滅するかのような奇蹟が成立していた。

ロシア側ははじめて戦争を継続する意志をうしない、アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトがロシアに働きかけ講和した。会場はポーツマスであった。

連合艦隊が解散をした。解散式は東郷が「告別の辞」といい、「連合艦隊解散ノ辞」を読み始めた。秋山真之の文である。最後は以下の一句でむすんでいる。「神明はただ平素の鍛錬に力め戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者よりただちにこれをうばふ。古人曰く、勝つて兜の緒を締めよ、と」

本書について

司馬遼太郎
坂の上の雲8
文春文庫 約三九五頁
明治時代

目次

敵艦見ゆ
抜錨
沖ノ島
運命の海
砲火指揮
死闘
鬱陵島
ネボガトフ
雨の坂
あとがき集
解説 島田謹二
関連地図

登場人物

秋山信三郎好古…兄
秋山淳五郎真之…弟
東郷平八郎…中将、連合艦隊司令長官
加藤友三郎…少将、参謀長
飯田久恒…少佐
清河純一…大尉
伊地知彦次郎…大佐、旗艦三笠艦長
上村彦之丞…第二艦隊
佐藤鉄太郎…中佐
大山巌…参謀総長
児玉源太郎…参謀次長
松川敏胤…大佐→少将
黒木為楨…陸軍大将、第一軍
奥保鞏…第二軍
乃木希典…第三軍
ルーズヴェルト…アメリカ大統領
ニコライ二世…ロシア皇帝
ウィッテ…ロシアの重臣
ロジェストウェンスキー…中将、バルチック艦隊司令長官
セミョーノフ…中佐
ネボガトフ…少将

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