司馬遼太郎の「街道をゆく 沖縄・先島への道」第6巻を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント


★★★★★★★★☆☆

須田画伯に問われて、発作的に与那国島までいきましょうといってしまったことに端を発する今回の旅。

司馬遼太郎氏のエッセーなどには戦時体験、とくに軍隊体験がよく書かれている。今回取材地が沖縄ということもあり、こうした戦争体験が綴られている箇所がある。沖縄という土地を考えれば、これは当然という気がする。

那覇・糸満

南波照間島という伝説の島にちなんで、氏は中世の熊野の浜から、櫓のない小舟に身を横たえて海に乗り出した、普陀落渡海という宗教的自殺を思い起こしている。

戦前の首里はとても美しかったそうだ。もし首里の街が戦前のままそっくり残っていたら、沖縄は京都、奈良、日光と肩をならべるという陶匠の言葉も引用している。

守礼の門、首里の神霊の鎮まる園比屋武御岳、観会門、漏刻門といった城門、竜宮城をおもわせる百浦添御殿、庭園としての識名園、円覚寺の庭など。

それほどすばらしいのなら、戦前の街を完全に復興してみればいいのではないか?沖縄経済の発展に有効だと思うのだが。それとも、すでに復興されているのだろうか?

沖縄問題の中に、独立論というのがある。沖縄が、いわゆる返還された時にも、こうした声がごく少数ながら聞かれたそうだ。現在の米軍基地に絡む沖縄問題を考えると、こうした独立論というものが再燃しても不思議ではないと思う。

それとも、すでにこうした独立論というものがあって、あえて報道されていないだけなのだろうか?

日本国家は、明治四年の廃藩置県で誕生した。それまでは、二百数十個の藩にわかれたいわゆる公国体制のようなもので、東京にあった政府である太政官も諸藩の連絡機関という側面があったようで、決して強い政権ではなかった。

これが廃藩置県でわずか一日で藩が廃止され、県がおかれ、にわかに統一国家が誕生する。

琉球はこうした本土の諸藩の動きとはちがっていた。通常琉球処分とよばれ、本土の廃藩置県とは八年あとに体制に組み込まれることになる。

十五、六世紀の漢文文献での日本人の評判は極めて悪いらしい。対して、琉球の人々の評価は非常に高いという。

ヨーロッパ感覚でなく、アジア人の共通感覚からすると日本人は中世末期から異質でいやらしく、南蛮商人そこのけの狡猾さだったという。

日本がともかくすると農業国家だったというイメージがある。教育のせいだが、考えてみれば周囲は海に囲まれている国である。氏は古代では漁労を通じて中国、朝鮮、日本などの東アジアの沿岸地方で一つの文化を持っていたのではないかという。

小説でもこうした海を舞台にしたものが少ないのは今後の課題だろうと思う。

沖縄言葉には母音が二つ欠けているのだという。エとオがぬけているのだそうだ。

石垣・竹富島

石垣島をはじめとする八重山諸島の場合、最寄りの大都会は台湾の台北だという。戦前は、八重山諸島の人の多くが台湾に働きに出かけ、復帰前も台湾との人の行き来がさかんだった。

知っていた話ではあるが、改めて文章で読むと実感を伴う。

笑みを浮かべながらあいさつするというのは日本本土と沖縄だけで、中国になく、朝鮮ではまったくないそうだ。

朝鮮のことは知らないが、中国ではサービスという言葉もしくは概念というものが欠如しているのはよく知られている。最近では多少サービスというものを学んだようだが、依然として無愛想な、日本人から見れば客を客と思わない接客というものがまだ行われているように思う。

朝鮮でも似たような感じなのだろうか?

本書の書かれた頃からだいぶ時間がたっているが、当時と今とでどれくらい変化があったのだろう。

沖縄の復帰に際して、米国の軍政府の一部では琉球人と日本人では、たがいに歴史的に無関係の存在だったと言い張っていたそうだ。

恐らく、沖縄をアメリカに組み込み、米軍の直轄下において東アジアで睨みをきかせるための詭弁だろうが、ちょいと阿漕な気がする。

これに反論するために、持ち出したのが、倭寇の研究だったというから、なんとも…。倭寇遺跡は沖縄に多いのだそうだ。

この倭寇だが、南北朝の時代、後醍醐天皇の南朝が九州を制していた時期に、南朝が倭寇と大きく関わっていた可能性があるそうだ。懐良親王という後醍醐天皇の皇子がおり、倭寇の王のように祭り上げられていたのは想像に難くないと氏は述べている。いやはや、なんとも…。

日本の造船技術は中世を通じて中国におよばなかったそうだ。竜骨の構造を持たない船で倭寇が海戦をしていたようだ。つまり大船が作れず、小舟で大海を奔っていたというのだから、たくましい。

そして、琉球では中国船の技術を取り入れているので、琉球船の方が進んでいたそうだ。

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本書について

司馬遼太郎
街道をゆく6
沖縄・先島への道
朝日文庫
約二一〇頁

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目次

那覇・糸満
 那覇へ
 沖縄について
 那覇で
 ホテルの食堂
 空港の便所で
 糸満にて

石垣・竹富島
 石垣島
 宮良殿内
 竹富島へ
 竹富島のT君
 東シナ海の見張所
 森の中の鍛冶遺跡
 鉄と星砂
 蒐集官の館主
 波照間の娘

与那国島
 与那国島へ
 南国食堂
 小さな魚市
 商売と商人
 女酋長の世
 花酒
 村の劇場

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