感想/コメント
不況にあえぐ現代日本を幕末の一家族の中に凝縮させたような映画です。その分、地味な映画です。
江戸時代後期から末期の幕末にかけ、諸藩はおろか中央政府たる幕府自身も困窮に喘ぎました。
幕府の困窮は度重なる貨幣の改鋳によって一時的にしのぐというありさまで、根本的に改善されたことは一度もありませんでした。
一方、諸藩は貨幣の鋳造は行えないため、さらに状況が厳しかったのです。
例えば、維新の立役者となる薩摩藩は、それこそ天文学的な借金を背負いこんでいました。この映画の始まる時期に当たります。
薩摩藩の経済の立て直しは現代では考えられないほど荒っぽかったです。借金を事実上踏み倒しました。
さて、薩摩のようなことができない諸藩や、一般庶民が借金に追われた時にできることは二つしかありません。
一つは稼ぎを増やして借金に充てることです。しかし、これはかなり難しいです。
二つ目は金を使わないようにして借金の返済に充てることです。つまり倹約でこの映画の一家が実践したことです。
人は一度味わった生活水準はなかなか落とせないといいます。
生活水準を維持するために借金を重ねる人間もいます。その点において、この映画の主人公がなしたことは、簡単なようでいで実に難しいです。
本作の続きが「武士の献立」(2013年)です。
あらすじ/ストーリー/ネタバレ
江戸時代後半。御算用者として、代々加賀藩の財政に関わってきた猪山家。八代目の直之は、幼い頃より算術を仕込まれ、そろばんの腕を磨いてきた。いつしかそろばんバカと揶揄されながらも生来の天才的な数学感覚もあって働きを認められ、めきめきと頭角をあらわす。
これといった野心も持たず、ただひたすらそろばんを弾き、数字の帳尻を合わせる毎日の直之にある日、町同心・西永与三八を父に持つお駒との縁談が持ち込まれる。
そろばんを手に「これしか生きる術がない、不器用で出世も出来そうもない。それでもいいか」と問う直之。「生きる術の中に、私も加えてください」というお駒。
自らの家庭を築いた直之は、御蔵米の勘定役に任命されるが、農民たちへのお救い米の量と、定められていた供出量との数字が合わないことを不審に思い、独自に調べ始める。
すると、城の役人たちが、私服を肥やしていることを知る。米の横流し、経理の不正を知った直之は左遷を言い渡されてしまう。
しかし、一派の悪事が白日の下にさらされ、人事が一新、左遷の取り止めに加え、異例の昇進を果たす。
身分が高くなるにつれ出費が増えるという武家社会特有の構造から、猪山家は出費がかさんでいく。
直之が猪山家の財政状況を調べ直してみると、借金総額六千匁。なんと年収の2倍にも膨れあがっていた。
直之は家計立て直し計画を宣言。それは家財一式を処分、質素倹約をし、借金の返済に充てるという苦渋の決断だった。
世間の目を気にする父、愛用の品を手放したくないと駄々をこねる母・お常。しかし、お家を潰す方が恥であるという直之の強い意志により、家族は一丸となって借金を返済することを約束。
こうして猪山家の家計簿が直之の手で細かく付けられることになった。
質素倹約の知恵はそのまま勤めに生かされ、藩主・前田斉泰も喜ばせた。
「貧乏と思うと暗くなりますが、工夫だと思えば」厳しい暮らしの中で、とりわけお駒は、直之の一番の理解者として、明るく献身的に家を切り盛りするのだった。
倹約生活が続く中、直之は息子・直吉にも御算用者としての道を歩ませるべく、4歳にして家計簿をつけるよう命じ、徹底的にそろばんを叩き込んでいった。
幕末。父よりも早く11歳で算用場に見習いとして入り、元服を済ませた直吉、改め成之は、時代に取り残されまいと自らの進むべき道を模索していた。
やがて京都へ向った成之は、新政府軍の大村益次郎にそろばんの腕を見込まれ、軍の会計職に就くが、大村が刺客の手により暗殺されてしまう。ともに殺された加賀者がいたという知らせが届き、猪山家は不安に包まれる。
映画情報(題名・監督・俳優など)
武士の家計簿
(2010年)
監督: 森田芳光
原作: 磯田道史『武士の家計簿「加賀藩御算用者」の幕末維新』(新潮新書)
音楽: 大島ミチル
出演:
猪山直之 / 堺雅人
猪山駒 / 仲間由紀恵
猪山信之 / 中村雅俊
猪山常 / 松坂慶子
西永与三八 / 西村雅彦
おばばさま / 草笛光子
猪山成之 / 伊藤祐輝
猪山政 / 藤井美菜
猪山直吉(後の成之) / 大八木凱斗
大村益次郎 / 嶋田久作
前田斉泰 / 山中崇
奥村丹後守栄実 / 宮川一朗太
安部忠継 / 小木茂光
重永 / 茂山千五郎