感想/コメント
「花」といえば「桜」です。
「桜」とはいっても、派手に咲き誇り、一気に散るというソメイヨシノではなく、そそと咲き、はらはらと散る山桜や八重桜です。
慎ましさのある咲き方と散り方が好まれてきたのでしょう。
また「花」というと、女性の青春を指すこともあります。女性の最も美しい年ごろを意味する「花盛り」という言葉もあります。
題名の「花のあと」には、桜の季節の後、そして、女性の青春を終えた後、の両方の意味を含んでいます。
映画の中では、散りゆく二つの「花」を「惜しいこと…」と主人公の以登に呟かせています。
「花」の中に含めた意味の他に、映画では、静と動、陰と陽、冬と春といった、対比しうるものを描き出そうとしているように見えました。
普段は武家の女子らしく慎ましいですが、剣を握らせれば城下に剣名をとどろかせる以登。
以登が恋した江口孫四郎は寡黙で一途な好漢ですが、許嫁の片桐才助は陽気な大飯ぐらいでパッと見は冴えない男です。
そして、東北の長い冬と、短い春。
ですが、残念なことに、こうした設定や情景を上手く表現できていません。
致命的なのは抑揚のない構成でしょう。途中で眠くなってしまいます。
俳優陣への演技指導も良くなかったような気がします。これは監督の責任です。
主役を務めた北川景子は、伏し目がちで大人しく振舞っている姿よりも、殺陣のシーンの方が生き生きとしていました。
つまりは、そういう女優であって、勝気な風に表現した方が良かったのかもしれません。女優の個性を完全に殺してしまったのは残念です。
唯一良かったのは、丁寧な殺陣でした。
脇を固める俳優はそれなりでした。
片桐才助役の甲本雅裕はよかったと思います。
茫洋として大飯ぐらいですが、実は外見とは裏腹の切れ者。そして、以登のことをとても大切に思っている男。上手く表現できていたと思います。
そして、ナレーションと狂言回しはまずまずでした。
この映画の場合、どうしても設定の説明を劇中でする必要があるのですが、これをナレーションと狂言回しを使ってクリアしたのは、良いアイデアです。
藤村志保のナレーションは上手かったですし、原作にない登場人物を演じた柄本明の狂言回しはよかったです。
あらすじは、ほぼ原作通り。ですので、「時代小説県歴史小説村」から、ほぼそのままを転記しました。
藤沢周平作品の映画化は「たそがれ清兵衛」からはじまり、「隠し剣鬼の爪」「蝉しぐれ」「武士の一分」「山桜」と良い映画が続いてきています。
映画化された藤沢周平作品
あらすじ/ストーリー/ネタバレ
「七十五歳まで生きた先々代の殿・雲覚院はさばけた方で、春の季節になると、家中の女子どもに城の二の丸に入ることを許してくれた。今は許されなくなった昔の話である。
うわさがあった。それは花見の女子どもの中から見目の良い娘を物色しては御城に召したというのだ。事実かうわさかは知らぬ。」
この話をしていたのは以登である。五十年前の以登は十八で、年相応の花やぎを身にまという娘だった。
花見も終え、帰り支度をした以登に声をかけた若者がいた。
若者は羽賀道場の江口孫四郎と名乗った。以登が先日の試合で見事に勝ったことを知っていた。
江口家は平藩士、以登の寺井家は組頭である。以登の心は浮き浮きしていた。それは羽賀道場の逸材として剣名の高い江口孫四郎に出会った喜びが含まれている。
江口は以登の剣をたかが女子の剣法とは侮ってもいなければ、組頭の娘であることもおもねってもいなかった。以登を好敵手として認めていたのだ。それが嬉しかった。
以登の父・甚左衛門は組頭から上には出世できなかったひとだったが、夕雲流の達人だった。その父から以登は剣の手ほどきを受けたのだ。
江口孫四郎と会う直前に以登は婚約がととのい、婿を迎える身となっていた。その前に、甚左衛門は丹精して育てた以登の剣を外で試したかったのだろう。羽賀道場で試合をさせたのだった。
以登は江口孫四郎と試合をさせてほしいと父に頼んだ。それは恋でもあった。父はこれを了承したが、場所は屋敷で行うことになった。
江口孫四郎がやってきた。以登の剣は江口の前では全く通用しなかった。そして父・甚左衛門は以登に気が済んだかと聞いた。以登には婿となる男が決まっている。二度と会うことはならなかった。それに、江口の方でも縁組の話が進んでいるらしい。以登は胸の中で終わった恋の行方を追っていた。
ひょんなことから江口の相手が分かった。勢津が教えてくれたのだ。以登とは御稽古仲間だ。
相手は加世だという。それは聞き過ごしできぬ名前であった。
加世の家は三百石の奏者の家柄で、才はじけた美人である。その加世にあるうわさがあった。妻子ある男と通じているというのだ。相手は藤井勘解由。若干三十歳で用人に挙げられた切れ者だ。
その噂から一年。江口との縁組を受け入れたということは、藤井と切れたということなのか…。
以登は、孫四郎に加世は似合わないと思った。それに奏者の役も似合わない。
それから一年近くたった四月の末。
城下から二里ほどのところに湯治場がある。以登がそこに行ったとき、加世と藤井勘解由が一緒にいる現場を見てしまった。白昼、ひともなげな…。
このままでは済むまい。以登は暗い気持ちでそう思った。いずれは孫四郎にも知れるだろう。知れれば血が流れ、孫四郎自身も無事ではいられまい。
不吉な予感は二年後に、裏書きされた。孫四郎が自裁したのだ…。
以登は許嫁の片桐才助を呼んだ。才助はいたって風采の上がらない人物だったが、江戸の高名な塾に学問に出て、再び戻ってきていた。
孫四郎は江戸で自裁していた。才助は調べることを受けあった。
孫四郎の自裁にはやはり藤井が絡んでいた。孫四郎は奏者としての藩の使者となったが、致命的な失態を犯したのだ。だが、このすべての指示を出していたのが藤井勘解由だった。
孫四郎は藤井と女房の密通をうすうす気づいていたらしい。後は才助の推測だが、藤井が先手を打ったということのようだ。
それに、藤井には何やら後ろ暗い気配があるともいう。どうも奸物の匂いがすると才助はいう。
以登が藤井勘解由を呼びだしたのは、夏の終わりごろだった。詰問をしても、薄ら笑っているだけだった。その姿に、さすがの以登も背筋が冷たくなった。それに藤井は無楽流の居合を遣うという。侮れない。
藤井は以登がここに来たことを知っているものがいないと知ると、するすると後ろに下がった。以登を亡きものにしようとしているのだ。
だが、逆に以登は間合いを詰め、勘解由の刀が鞘走る寸前に、懐剣で胸を一刺しした。
映画情報(題名・監督・俳優など)
花のあと
(2010年)
監督: 中西健二
原作: 藤沢周平
音楽: 武部聡志
主題歌: 一青窈『花のあと』
出演:
以登 / 北川景子
片桐才助 / 甲本雅裕
江口孫四郎 / 宮尾俊太郎
郁 / 相築あきこ
津勢 / 佐藤めぐみ
藤井勘解由 / 市川亀治郎
加世 / 伊藤歩
永井宗庵 / 柄本明
寺井甚左衛門 / 國村隼
語り: 藤村志保