藤水名子の「王昭君」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

王昭君は紀元前一世紀ごろの人物で、楊貴妃・西施・貂蝉と並ぶ古代中国四大美人の一人に数えられる。

漢とは文化や風習の違いのある匈奴に嫁いだことにより、悲劇の美女のイメージが形作られた。

だが、本作では悲劇の女性像を打ち壊し、新たな王昭君像を提示している。それは力強い、英雄の瞳をたたえた女性像である。

本作で描かれる王昭君は、狭い籠の鳥のように生きる人生よりも、遥かに広大で自由な地でのびのびと生きる人生を選択したいと願っている女性である。

それは、当時の漢の道徳観などから考えると、規格外の女性ということになる。

そして、本作の王昭君は自ら進んで匈奴に嫁しているかのように書かれている。

匈奴に嫁いだことを決して後悔をしなかった王昭君。自由で伸び伸びとした匈奴の生活に満足をおぼえる王昭君。だが、弟の王健が訪ねてきたときに漏れる本音。

このシーンこそが、本作の描きたかったところではないだろうか。そして、このシーンはさまざまに解釈することができるように、印象的に描かれている。だから、このシーンには一つの解釈で読み解く必要はない。それぞれの読み手の異なる解釈があっていい場面である。

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内容/あらすじ/ネタバレ

少女は自分を生まれる場所を間違えた渡り鳥の子だと思っていた。やがて少女の夢がかなう時が来た。生まれた家を離れ、都に上った。

だが、目映いほどの王宮暮らしは、毎日が同じことの繰り返しだった。

悲運の名将・李陵が夷狄の地に生涯をとじたのは元平元年(前七四)のことだった。この李陵が一人の芸術家脂肪の少年に大きな影響を与えた…

張言礼はほぞをかんだ。肝心の画を台無しにしてしまったからだ。師の毛延寿は宮廷画家として毎日のように美女を描いている。だが、毛延寿は嘆息する。どれも似たり寄ったりの詰まらぬ女たちばかりだ。

皇帝は若き日の恋を忘れられず、他の女たちに興味が持てぬのだと言われている。その皇帝がある日突然一冊の画帳を作らせ、毎夜の相手を選ぶことにした。そこで毛延寿に宮女たちの似顔絵描きという仕事が与えられた。

王檣が現れた時、毛延寿は、おや、と思った。何かが違う。美しい。戦慄をおぼえたといっていい。

その目はまるで英雄の瞳ではないか。それはかつて少年時代に熱狂的にあこがれた胡地をひた走る一人の武将を思わせる激しい瞳の色だった。

王檣、字名を昭君という娘が後宮に入ったのは十五になった時だった。弟の王健をけしかけ、都に行くように仕向け、それにまんまとくっついて行ったのだ。

同じ年ごろの他の娘たちに比べると、昭君は奇妙な娘だった。昭君には元々皇帝の寵を得ようという気持ちが希薄だった。

毛延寿は一枚の下地を除いてすべてをうっちゃった。残した一枚は王檣の強い意志を感じさせるもので、それが最もふさわしく思えたのだ。

完成した画帳を皇帝に献上した日、毛延寿は倒れた。

十六年ぶりに匈奴王・呼韓邪単于が訪ねてきた。単于は主演のあいだじゅう一つの思案を重ねていた。

その単于に死後に元帝の諡される漢八代皇帝が姻戚関係を結ぼうではないかといった。まさに単于が考えていたことと一緒である。

皇帝は単于に嫁す宮女を選んでいた。画帳を見ていてふと手を止めたのが王檣の画だった。その挑むような瞳に、不敬ではないか、と思った。

その王檣を皇帝は呼んだ。そして匈奴行きを聞いた。昭君にしてみれば、行きたくない、と答える理由がない。はい、参ります、と答えた。皇帝は一瞬絶句した。

皇帝は昭君に惹かれるものを感じ始めていた。

王昭君の侍女として選ばれたのは、今年で十四になる羅敷であった。姓を秦、字を羅敷という。羅敷は、絶対に嫌だと、胸の中で絶叫していた。

一方、単于は一族の者たちが王昭君を喜んで閔氏として迎えるだろうと思っていた。なによりも美しすぎないところがいい。

長城を前に昭君は、その姿に圧倒されていた。これを越えると、はじめて見る戈壁(ゴビ)が現れる。

起伏の乏しい平地が続く。変化の欠如は昭君にとって牢獄に等しい。

やがて、単于と一族が住まう竜城についた。

包での暮らしに不満はない。祝い事があれば、王も庶民も車座になって楽しむ、なんと素敵な国なのだろう。

李陵の住んでいた包が近くにあるという。昭君は出かけて見ることにした。昭君は小間使いの阿嬖を連れて出かけたが、そこで砂嵐にあう。

それを助けてくれたのは八尺もあろうかという若い男だった。その男は、いずれ、また、と漢語を話して去って行った。

羅敷の機嫌がいい。匈奴の恋人ができたらしい。だが、その相手は単于の子であった。

ある年最後の大狩猟の日に、単于の長男である後継ぎの太子が昭君に神の使いといわれる狼を贈った。

嫁いで一年弱。昭君は身ごもり、無事男児を出産した。昭君は阿瞞と名づけた。

その一年後、呼韓邪単于が倒れた。単于には死期が近づいている。

漢から遣わされた弔問の使節団の中に王昭君の弟が加えられていた。三年ぶりの姉弟の再会だった。

呼韓邪単于の葬儀から数カ月後、長子の二十九歳の若鞮(じゃくてい)が単于になった。そして王昭君はこの新しい単于の閔氏となる。

昭君はかつて砂嵐に巻き込まれた時に助けてくれた男が、若き単于であることを知った。

その妻となって一年目。昭君は女児を産んだ。翌々年には二人目の女児を産んだ。

合戦になると単于は言った。相手は郅氏単于の残党である。単于は軍を率いて根気よくこれを根絶やしにするつもりでいる。

この単于が留守の間に、邑が襲われた。留守を守っている昭君の機転によって難を逃れることができた。

昭君の産んだ上の娘・淑が十五になった時、単于は淑を漢の後宮に遣わしてはどうかといった。だが、昭君はこれに反対した。

綏和二年(前七)。漢の成帝が死んだ。

漢の答礼使の一行を率いてきたのは、昭君の実弟・王健だった。二十四年ぶりのこととなる。

今、昭君の周りには子どもたちはいない。先年、二女の静を喪った。長女の淑は西域の烏孫王のもとに嫁いだ。阿瞞は北海の地に領土を賜り、移り住んでいる。

昭君は嫁いだときと同じく一人であった。

王健は二十七年前に毛延寿が描いた画の下絵を持ってきていた。それを見ている昭君の瞳に涙が宿った。

後悔したことはなかった。来てよかったとすら思っている。だが、帰りたい。あれほどいやだった故郷に帰りたい…。昭君は嗚咽した。

本書について

藤水名子
王昭君
講談社文庫 約三三五頁

目次

プロローグ
一 画工の恋
二 漢帝の憂鬱
三 長城の虹
四 戈壁の蜃気楼
五 秋風
六 単于の死
七 冬の流星
八 永遠の花

登場人物

王昭君(王檣)
阿瞞…王昭君の息子
淑…王昭君の長女
静…王昭君の二女
呼韓邪単于…匈奴王
若鞮
羅敷
阿嬖
王健…王昭君の弟
元帝…漢八代皇帝
毛延寿
張言礼

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