酒の井の碑 酒々井町 町名の由来

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酒々井町の由来

本佐倉城を見物に行った際に立ち寄れればよかったのだが、時間もなく、場所も今ひとつ分からず諦めていた。きちんと調べてみるものだ。場所はわかりにくくはない。

酒々井町(しすい)の由来となるのが、今回訪ねた場所。

「酒の井」の伝説というのがある。

昔むかし、印旛沼の近くの村に年老いた父親と孝行息子が住んでおった。父親はたいそう酒好きでな、親思いの息子は毎日一生懸命働いて父親に酒を買っていたんじゃ。ところがある日、どうしても酒を買う金がつくれずに、とぼとぼと歩いて家に帰ろうとしていた。その時、道端の井戸から何とも良い香りが「ぷうん」としてきた。井戸の水をくんでなめてみると、それは本物の酒だったんじゃ。さっそく帰って父親に飲ませると、「こりゃうまい酒だ。ありがたい、ありがたい」とたいそう喜んだ。息子はそれから毎日、毎日井戸から酒をくんで飲ませたんじゃ。ところがこの酒は、親子以外の人が飲むと、ただの水になってしまうんじゃな。「きっと、孝行息子の真心が天に通じたに違いない」とみんながほめたたえた。この酒の話しが広まり、村もいつか「酒々井」と呼ばれるようになったということじゃ。

井戸なので、てっきり低地にあるのだと思っていた。イメージとしては本佐倉城の近くだった。この辺りの地形は、丘と平地が点在している感じである。丘には田んぼがなく、畑だけなので、水の確保は難しいようだ。だからこそ、低地の方にあるのだろうと思っていたのだが…

酒の井の碑は丘の上にある。記念碑のようなものだからから伝説の井戸は別の場所なのかもしれない。

そういえば、二本松城の井戸は山中にあったので、水の通り道に井戸を掘れば、丘の上でもあり得るのかもしれない。

さて、酒の井の碑は、円福院神宮寺の境内にある。平成18から19年にかけ酒々井の有志により、井戸の復元、植栽、花壇、パーゴラ、門などの整備が行なわれたそうだ。

ところで、なぜ「酒」が重なったのだろう。井戸の伝説は一つなので、「酒井」なのではないか?重なるということは、井戸は複数あったのだろうか?

地図

所在地: 〒285-0927 千葉県印旛郡酒々井町酒々井136