浅田次郎の「壬生義士伝」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)(面白い!)

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覚書/感想/コメント

★★★★★★★★★☆

第十三回柴田錬三郎賞受賞作品

新選組というものにはあまり興味がなかった。倒幕派か佐幕派かといったら、倒幕派の志士の話の方が好きであった。

だが、本書で少し新選組が好きになった。興味が湧いた。

本書の主人公は吉村貫一郎。

諸士調役兼監察、席次からすれば局長、副長、参謀、一番隊から十番隊まであった隊長に次ぐ幹部。剣術はたいそうなものだが武張ったところがない。学問があっても鼻にかけるわけじゃない。

月々の給金が出れば、その足ですぐに鍵屋に持ち込み、国元に送ってしまうそのため、守銭奴、出稼ぎ浪人、恥知らずなどと罵られ嘲られてしまう。

この吉村貫一郎が大坂の盛岡南部藩蔵屋敷に転がり込んで、切腹するまでの心境の変化を綴りながら、話は進行していく。

このあいまあいまに、新聞記者とおぼしき人物が吉村貫一郎を知る人物を訪ね、その足跡を聞く筋立てになっている。

そのため、話は時として前後することになる。結果として、あらすじをまとめるのを諦めてしまった。

新聞記者とおぼしき人物が訪ねるのは、角屋の主人、桜庭弥之助、稗田利八(池田七三郎)、斎藤一、大野千秋、佐助、吉村貫一郎(次男)などである。

吉村貫一郎は、能力は認められ、藩校の助教や藩道場の指南役をすることになる。だが、内職する暇がない。妻は労がたたって病に伏し、子供らは飢える。

幕末の頃、毎年のように南部藩を襲った飢饉。藩の財政支出は切りつめに切りつめられ、微禄の加増などはもってのほか、だから働きに応じた御役料などはとうてい支払えない。

やむにやまれぬ選択は脱藩することであった。妻子を喰わせるために、銭の稼げるところに行かなければならない。

だから、吉村貫一郎が新選組に入り、新選組が旗本に取り立てられた時、棒きれみたいに突っ立ったまま、握りしめた拳がぶるぶる震えたのだ。

先だって、あらすじを諦めたと書いたが、それにはもう一つ理由がある。

文体がすべて一人称なのだ。だから、客観的な形で物語が進んでいかない。だが、逆に印象的な文言が数多くある。ここでいくつか抜粋してみたい。

吉村貫一郎の言葉:

「わしは死にたかね。死にたかねから、人を殺したのす。なれば、近藤先生や土方先生と一緒にもうひと戦して、あっぱれ侍など、わしは後免こうむりやんす。」

「わしが立ち向かったのは、人の踏むべき道を不実となす、大いなる不実に対してでござんした。
わしらを賊と決めたすべての方々に物申す。勤皇も佐幕も、士道も忠君も、そんたなつまらぬことはどうでもよい。
石をば割って咲かんとする花を、なにゆえ仇となさるるのか。北風に向かって咲かんとする花を、なにゆえ不実と申さるるのか。
それともおのれらは、貧と賤とを悪と呼ばわるか。富と貴とを、善なりと唱えなさるのか。
ならばわしは、矜り高き貧と賤とのために戦い申す。断じて、一歩も退き申さぬ。」

「わしの主は南部の御殿様ではねがった。御組頭様でもねがった。お前たぢこそが、わしの主君じゃ、とな。
何となれば、わしはお前たぢのためならば、いつ何どきでも命を捨つることができたゆえ。さしたる覚悟もいらず、士道も大義もいらず、お前たぢに死ねと言われれば、父は喜んで命ば捨つることができたゆえ。」

斎藤一の言葉:

「人の器を大小で評するならば、奴は小人じゃよ。侍の中では最もちっぽけな、それこそ足軽雑兵の権化のごとき小人じゃ。しかしそのちっぽけな器は、あまりに硬く、あまりに確かであった。おのれの分というものを徹頭徹尾わきまえた、あれはあまりに硬く美しい器の持ち主じゃった。」

「妻子を養うために主家を捨てる。しかし恩と矜りとは決して忘れぬ。
守銭奴と罵られ嘲られても、飢えた者に一握りの飯を施す。
一見して矛盾だらけのようでありながら、奴はどう考えても、能うかぎりの完全な侍じゃった。」

上記だけでも多少本書の雰囲気が伝わるだろうか?

いやいや、やはりこれだけでは無理だろう…。

本書は、前半部分から後半に向かっていくにつれて、妙に切ない、なんともいえない悲しみに捕らわれる。その悲しみの種類は、同情とは違うものだと信じる。憐憫とも違う。だが、確実に心のどこかを揺り動かすような悲しみなのだ。

特に、息子の嘉一郎の独白部分などは涙なしには読めない方も多いだろうと思う。

最後に書かれている大野次郎右衛門の手紙。

漢文調で書かれているので読みづらい。が、ここは読み飛ばさずに踏ん張って、じっくりと、一文一文を噛みしめて読んでもらいたい箇所である。

この手紙に大野次郎右衛門の真の気持ちが書かれているのはもちろん、これに筆者の思いものせているのだろう。
良いエンディングである。

こうまで書いておいて、次のように書くのは心苦しい。

吉村貫一郎の人物像は、子母澤寛の創作によるところが大きいそうだ。実際には本書のような人物ではなかったということである。

だが、そんなことは抜きにして、本書は”小説”として十分に面白いのは間違いない。

面白さついでに。

本書では坂本龍馬の暗殺の謎解きもしている。

坂本龍馬の暗殺現場に、蝋色鞘が落ち、瓢亭の下駄が残されていた。鞘は原田左之助の差料といわれ、瓢亭には新選組がよく出入りしていたため、新選組が犯人との見方もある。

だが、あからさまに原田左之助を暗示する証拠品を、新選組の原田左之助が残すという方が不自然である。そのため、様々な犯人説が浮上しているのは有名な話である。

こうしたことに、さらに本書ではその斬り方も新選組ではないという見方をしている。

坂本龍馬は初太刀にて額を横一文字に割られ、二の太刀で肩から背を斬られている。新選組の仕業なら、初太刀はまず突きである。刺客は初太刀を居合で繰り出したにちがいない。

果たして、本書では誰を犯人としているのか?

最後に本書では、御旗本は禄高百石以上の直参と決まっているから、と書かれているが、必ずしもそうではなかったことを蛇足ながら付け加えておく。

詳しくは小川恭一著「江戸の旗本事典」などを読まれるとよいと思う。

2003年に映画化された。映画「壬生義士伝」

http://loungecafe2004.com/movie/2007/04/01-053409

内容/あらすじ/ネタバレ

慶応四年旧暦一月。大坂にある盛岡南部藩蔵屋敷に満身創痍の侍がひとりたどり着いた。鳥羽伏見の戦はすでに大勢が決していた。

侍は血と泥とで全身が真っ黒に見えた。だが、羽織の地色は浅葱色で、裾と袖に山形のだんだら紋様がある。新選組の者である。

南部はわしの主家、だという。侍は吉村貫一郎といった。吉村貫一郎はかつて脱藩した主家への帰参を願っていた。
折しも、蔵屋敷には吉村のかつての組頭・大野次郎左衛門がいた。大野は吉村を屋敷の中に入れさせたが、すぐさま腹を切れと命じる。

…吉村貫一郎はなぜ脱藩したのかを思い返していた。

文武両道を自他共に認めていた。だが、わしは銭が欲しかった。

藩校では先生と呼ばれ、道場では御指南役の代稽古を務める立場であるから、間違っても銭のために頭を下げることは出来なかった。

脱藩は罪だ。だが、剣と学問でもって江戸にあがれば銭が稼げると思った。

貧乏がたまらないから、銭を稼ぐために学問をし、剣術をした。飯を食えると思ったからこそ、人一倍の苦労をした。

…新選組の生き残りである角屋(かどや)主人をある人が訪ねてきた。そして、彼は吉村貫一郎について主の話を聞き始めた…

その後、様々な人に吉村貫一郎の足跡を訪ねて歩いた…

本書について

浅田次郎
壬生義士伝
文春文庫 計九一〇約頁

目次

壬生義士伝

登場人物

吉村貫一郎
しず…妻
嘉一郎…長男
みつ…長女
貫一郎…次男
大野次郎右衛門
大野千秋…息子
おばば
佐助…中間
近藤勇
土方歳三
永倉新八
斎藤一
沖田総司
原田左之助
伊東甲子太郎
篠原泰之進
酒井兵庫
谷三十郎
三浦休太郎
八木源之丞
みよ
鈴木文弥
角屋(かどや)の主人
桜庭弥之助
稗田利八(池田七三郎)