井上靖の「天平の甍」を読んだ感想とあらすじ(面白い!)

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覚書/感想/コメント

★★★★★★★★★☆
昔は留学することはまさに命がけであった。まず、渡りきることができるか分からなかった。そして、渡りきっても帰ってくることができるかどうか分からなかった。

むしろ、帰ってこれないで、海の藻屑と消える確立の方が遥かに高かった。留学をして、勉強に励み、そしてせっかく得た知識を国に帰って役立てようと思っても、その志を遂げられなかった優秀な人物がどれくらいいたことか。

そういう時代の中で、本作品の主人公・普照と同僚の栄叡が成し遂げた偉業は、歴史に名を残すにふさわしいものであったろうと思う。

そして、仏教が伝来して日の浅い日本に、ちゃんとした仏教を広めるために、高僧を唐から招きたい。そんな当時の仏教界の強い意志というものが、この様な奇跡を後押ししたのだろうと思う。

鑑真の来日という事実は歴史上の一つの結果でしかない。しかし、そのことを実現するために、国としての日本は払ってきたのは国を担うはずの優秀な留学生と留学僧の頭脳であり、船を操っていた船員達である。

国はこの様な犠牲が生じるのが分かっていても遣唐使を派遣することは止めなかった。そこに国としての意思であり、覚悟が伺える。

そして、それらの重責を留学生も留学僧も分かっていたはずである。だから、留学生や留学僧は運良く帰国することができたら国を支える中枢にいることができたのだろうと思う。

国を支える人間は、こういう犠牲があるのを分かっていてこそ、はじめて国を支えることができるものであることを再認識させてくれる小説である。

歴史小説の周囲」の「天平の甍」に関する井上靖氏のエッセーも興味深い。

内容/あらすじ/ネタバレ

第九遣唐使派遣が決まったのは聖武天皇の天平四年(西暦七三二年)のことだった。この第九遣唐使に留学僧として普照、栄叡が選ばれた。

まだ日本には戒律が備わっておらず、適当な伝戒の師を請じて日本に戒律を施行したい。ついてはその伝戒の師を師を連れてくるようにというのが二人に課せられた仕事であった。船が出発するにあたり、二人の他に戒融、玄朗という二人の留学僧も加わった。

船は波浪にもてあそばれ、船酔で苦しむものが続出した。だが、難破することなく蘇州へと漂着することができた。

一行は、そこから洛陽へと向かった。当時の朝廷は長安ではなく洛陽にあったからである。時の皇帝は玄宗であった。留学僧の四人は洛陽の大福先寺に入れられた。ようやくにして留学の生活が始まった。

ある日普照は業行という先輩留学僧にあった。業行はまだ日本にない仏典を写経しており、その数は膨大なものに上った。それらの中には密教の仏典もあった。普照が業行とあってからの後のこと。戒融が出奔した。

都が再び長安に移るにつれ、三人も長安へと移った。長安に移ってから、日本の仏教界の話が洩れ聞こえてきた。その話を聞き、栄叡は留学にあたって、戒師を連れ帰るという仕事を早く進めなければならないと思い始めた。また、業行も自身の写経がほぼ終わり、日本に教典を持ち帰りたいと思っていた。

栄叡は戒師として、名高い鑑真の弟子を何人か連れ帰りたいと考えていた。その旨を鑑真にお願いしに行くと、あらんことか鑑真本人が日本へ行くというではないか。栄叡は感激してしまった。これより、栄叡は鑑真を日本へ連れて行くための準備に入る。そして普照も手伝うことになった。

だが、日本への渡航は困難を極めた。最初は出航することすらできずに失敗、そして次は船が難破してしまう。

本書について

井上靖
天平の甍
新潮文庫 約二〇〇頁
長編 奈良時代

目次

天平の甍

登場人物

普照…留学僧
栄叡…留学僧
戒融…留学僧
玄朗…留学僧
業行…留学僧
鑑真
祥彦…鑑真の弟子
思託…鑑真の弟子