チルアウトの聖地イビサ島

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チルアウトの聖地イビサ島

チルアウトの聖地と言えばスペイン領イビサ島。

そのイビサ島の中でも、サンアントニオにあるカフェ・デル・マーが聖地と言っても過言ではないでしょう。

この有名なカフェを模して、その後似たようなサンセット・カフェが出来ていますが、本家を超えるものは登場していません。DJは一度でもカフェ・デル・マーでプレイをしたことがあれば、そのことを謳い文句にするほどのカフェなのです。

イビサにはカフェ・デル・マー以外にも有名な音楽スポットがあります。

それは、クラブです。ごく小さな島に、世界規模で見ても大きなクラブが幾つか存在しています。そのため、イビサは別名「パーティ・アイランド」とも呼ばれています。

一方、イビサは世界遺産にも登録されている島でもあります。

現在のサブカルチャーを代表するようなクラブ・ミュージックと、世界遺産が同居するという不思議な島なのです。

さて、このカフェ・デル・マーがある場所、イビサとは一体どういう場所なのでしょうか?これから徐々に書き連ねたいと思います。

イビサ島の歴史

イビサ島のある西地中海に浮かぶバレアレス諸島には、約6,000年前の「タラヨツ」と呼ばれる巨石遺跡群が残されています。

その後、イビサ島は地中海貿易の拠点として、紀元前7世紀頃からフェニキア人、カルタゴ人によって開拓され、ローマ帝国の支配下に置かれました。当時を知る史料としては、プッチュ・デ・モリンスではフェニキア人の地下墓地が残されています。

そして、イビサ島は902年から1,234年までイスラム教徒に支配され、この時期に繁栄を極めました。そのため、多様性に富んだ独自の文化と遺跡を持つことになるのです。ダル・ビラと呼ばれる旧市街は国の指定文化財になっています。

複合遺産:イビサの生物多様性と文化

1,999年、地中海に浮かぶバレアレス諸島の島がユネスコの世界遺産に登録されました。これは、イビサ島の歴史性と、イビサ島周辺の海底に生息する生物・自然学的にも貴重な海洋性植物の固有種ポシドニアに覆われているためです。

地理的なもの

地中海の島々の中でもヨーロッパにおいて知名度の高いところの一つが、スペインのバレアレス諸島です。

主な島はマヨルカ島、メノルカ島、イビサ島、フォーメンテラ島、カブレラ島です。厳密には、マヨルカ島とメノルカ島がバレアレス諸島になり、イビサ島、フォーメンテラ島はピチウセス諸島となります。

一番大きな島がマジョルカ、その南に位置するのがイビサ、その北にあるのがメノルカです。

そのイビサ島はイベリア半島東岸沖に位置し、人口約10万人の島です。バレアレス諸島第三の島として、マヨルカ島、メノルカ島に次ぐ大きさの島です。この島の中心地はイビサであり、エイビサとも呼ばれています。

バレアレス諸島のそれぞれの島には独特の文化があり、マジョルカ島は陶器のマジョルカ焼、メノルカ島はマヨネーズの発祥地としても知られています。

イビサへはスペイン本土やヨーロッパの主要都市からの直行便がシーズンになると毎日出ています。イビサ島の玄関口エス・コドラル空港はイビサ市の郊外にあります。航路でもイビサ島とイベリア半島を結んでいます。

市街地を離れると、オリーブの木、サボテンなどの田園風景が広がっています。島内ではバスも走っていますが、本数が少ないため、観光のためにはレンタカーやレンタバイクを利用することが多いようです。

観光の島として

イビサは、ヨーロッパでは人気のリゾートアイランドとして有名な島です。観光シーズンは6月から9月で、この頃にはヨーロッパ各地からチャーター便が飛んでいます。島の人口もピークの夏シーズンには数倍に膨れ上がり、スペイン人よりもイギリス、ドイツ、フランス、北欧からの旅行者が多いようです。

観光の見所

イビサはサ・ペニャ、サ・マリナと呼ばれる、漁港として栄えた港と、高台にあるダルト・ビラと呼ばれる旧市街区の二つに分けられます。

16世紀の城塞に囲まれています。このダルト・ビラの玄関はフェリペ2世時代に造られたラス・タブラス門です。古城やカテドラル、古代カルタゴ関連の展示がある考古学博物館があります。現在の市庁舎は旧サント・ドミンゴ修道院です。この市庁舎前の広場からはイビサ港と街を一望出来ます。一方、イビサ港にはブティックやレストラン、バル、テラスが建ち並んでいます。

イビサ島第二の都市サン・アントニは空港から約25分、島の北側にある都市です。人気のリゾート地で数多くのバルやクラブが集中しています。殆どのクラブは6月中旬から9月中旬までのみの営業となりますが、この期間中は他に類を見ない程の夜の盛り上がりを楽しめます。

また、イビサの最大の魅力は美しい海岸です。特にイビサ島第2の都市サン・アントニオ・アバドという北の町の港から観光船が出ていて、海からしか行けない美しい海岸などがたくさんあります。有名なCafe del Marもこのサン・アントニオにあります。

料理・民芸品

イビサ島の料理は、ほとんどの料理に小麦・オリーブオイル・ワインがふんだんに使われた地中海料理です。

民芸品としては、陶器、皮革製品、楽器などがあります4月から10月の週水曜日、サンタ・エウラリアの北にあるエス・カナルではヒッピーマーケットが開かれます。多種の土産物、衣料品、皮革製品、銀製品などが並びます。

パーティアイランド

イビサは1960年代に「ヒッピーの島」として世界的に有名になりました。ヨーロッパ中から若者が集まり独特のヒッピー文化を作りあげた自由の島としての歴史があります。この頃のイビサをに描いた映画としてピンク・プロイドがBGMを担当した「MORE」が有名です。

現在でも開かれているヒッピーマーケットは、当時の名残りをとどめるものです。当時の影響はブティックやバーなどの小さなお店にも見受けられ、ボーダレスな雰囲気と古いローマ時代の町並みが調和して、独特の文化をつくりあげています。これが、いわゆる現在のイビサ・ファッションやイビサ・ミュージックといわれるものの一翼を担っています。

パーティアイランドの歴史

イビサがヨーロッパで注目を浴び始めたのは1980年代後半のことです。Paul OakenfoldらDJが休暇でイビサ島を訪れてからになります。

それまで、ヒッピーの多く集まる場所として名を馳せていたイビサでしたが、イビサにはヒッピーの快楽的な考え方が根付いており、それに触れる事で大いに感化され、イギリスにその考えを持ち帰り、セカンドサマー・オブ・ラブという一大ムーブメントを巻き起こす事に成功します。

この中で、突如としてシーンの中で注目される事となったイビサ島は、その後も、ダンスミュージックの聖地として変貌を遂げていくのです。

多くのメディアによって取り上げられ、毎年多くの観光客を迎え入れるようになったイビサは、Cream、Ministry of Sound、Gatecrasherと言ったイギリスに拠点を置くレーベルやオーガナイザーたちが独自のパーティーを展開する場所としてもクローズアップされていく事になります。結果イビサは、エレクトロニック・ミュージックを代弁していく場所へと成熟するのです。

今では、Cafe del Marの夕陽をバックにプレイされるチルアウト・ミュージックから、テクノに至るまで、様々なタイプの音楽が、日夜を問わず訪れたお客を魅了し続けています。

ナイトスポット

クラブミュージックの地として有名なイビサには数多くのナイトスポットがあります、他には類を見ない程のナイトライフを楽しみに世界各国から観光客が集まります。有名なクラブはPacha(パチャ)、El Divino(エル・ディビノ)、Privilege(プリビレッジ)、Amnesia(アムネシア)、Es Paradis(エス・パラディス)、Eden(エデン)、Space(スペース)です